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まち歩き向日1141 向日市文化資料館

2020年01月07日 05時55分35秒 | まち歩き

 

 

 

長岡京は、延暦3年(784)に平城京から遷都され、延暦13年(794)に平安京へ移るまでの10年間、乙訓の地に営まれた都です。

長岡京は、政治や儀式を行う大極殿や朝堂院などの官庁街と天皇の住まいである内裏からなる宮域(東西約1.0㎞、南北約1.6㎞)と貴族や都市住民の居住域である京域(東西4.3㎞、南北5.3㎞)に分けられます。都の中心部である宮域は、すべて現在の向日市域にあり、周囲を築地大垣で囲まれていました

向日市文化資料館は、この古代の都・長岡京の宮跡の一角に、遷都1200年を記念して昭和59年(1984)に建設されました。60年以上にわたって続けられてきた発掘調査によって、そのベールをぬぎつつあります。

 

 

元稲荷古墳石室の天井石

向日市向町北山にある、乙訓最古の古墳 元稲荷古墳の後方部石室の天井石として使われていた11枚のうちの1枚です。

元稲荷古墳は、3世紀後半に築造された、乙訓最古の古墳です。前方後円墳で、向日丘陵の先端に位置しています。1960年(昭和35)、後方部に町営上水道の配水池が建設されることになり、発掘調査が行われて、後方部のほぼ中央部から竪穴式石室が発見されました。

当時、古墳東側の竹林を所有されてた故井上源右衛門さんは、古いものにたいへん深い関心をおもちのかたでした。配水池建設によって解体され、処分されようとしていた天井板の1枚をもらい受けられ、京都市右京区西京極河原町にあるご自宅の前に、場所を設けて置かれました。

その後、東側の竹林の場所は、源右衛門さんのご子息である故井上皎二さんの住居となりました。

皎二さんは資料館の講演会などにもよく参加してくださる方で、2004年(平成16)11月、資料館が会館20周年特別展として『向日丘陵の前期古墳』を開催することをお知りになり、ちょうどよい機会と、寄贈を申し出られました。

こうして、元稲荷古墳の天井石は、44年ぶりに向日丘陵に帰ってきて、同じ丘陵地の東斜面に建つ向日市文化資料館の前に展示されることになったのでした。

 

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