6日目の夕食は民族舞踊ディナーショーでした。
翌日昼食後、ジャイプールからバスで6時間バスに乗って移動し、デーリに戻りました。
到着後、午後は世界遺産クトゥプ・ミナール、世界遺産フマユーン、世界遺産レッドフォート観光です。
世界遺産レッドフォート観光は夕方近くなり、外から城郭のみの見学でした。
23時15分発のエアインディアでデリ―を出発し、香港経由で関空に着いたのは、翌日の昼近く!
最後の日はバスや飛行機が遅れず、添乗員曰く、「遅れないのは奇跡です!」
1週間北インドを旅して、まさに「感動!驚き!発見!カルチャーショック」の連続の旅でした!
北インドの世界遺産を10か所を見て回る旅でしたが、インド旅行はアクシデントの連続とか?
エアインディア飛行機が無事定刻に出発したのですが、添乗員の方が説明するには、バスが濃霧やラッシュで飛行場に着かなくて
飛行機に乗れないこともあり、また飛行機が出発しないこともあるとか!
添乗員はベテランで教養あり、インドに関するいろんなことを教えていただきました!
インド旅行でいろんなこと数多く経験しているので、安心して旅行ができて、感謝しています。
17人の参加者と毎日行動している間に、親しくなり、世界を旅行している方が多いので、いろんな話が聞けて
楽しく、刺激になり、もっと世界を回りたいという思いになりました。
今回ほど疲れた旅行はありませんでしたが、これほど印象に残った旅は初めてで、インドという世界を
旅人として少し覗いただけですが、世界は広くいろんな人達が過酷な生活の中で懸命に生きている!と感じ
インドの旅は印象深い旅でした!
新年明けましておめでとうございます
今回で北インドの旅は最終日7日目です
ディナーショーの夕食はインド料理
壺を頭にのせて踊る
人形劇
最後はツアー客も参加して踊る! 皆ノリノリでした!
インドの首都ニューデリーの郊外に、インドで最も高い72.5mの塔がそびえ立っています。
クトゥブ・ミナールと呼ばれ、12世紀末にインドに進出したトルコ系軍人アイバクが建造したものです。
今もなお、インドで最も高い石造の塔とのことです。
どうやってこの巨大な塔を建てたのでしょうか?
その塔の下には、インドで最初のイスラム教モスクの跡が残っています。
デリーに侵攻したアイバクは、インドで初のイスラム王朝を築きました。
モスクの回廊に残る列柱はデザインがバラバラで、イスラム建築とは程遠いもので、
イスラム教で禁じられている偶像の彫刻まであります。
これは、アイバクが、デリーにあったヒンドゥー教寺院の数々を壊して、その建材をそのまま使用したからです。
アイバクは、新しい支配者である事をインドの人々に示すために、急いでモスクを建造したので、
イスラムらしくないモスクになり、征服者の証しには征服された者の証しまでが残ったのです。
塔には、コーランの章句が見事なアラビア文字で刻まれています。
本来は礼拝の呼びかけをするための塔を「勝利の塔」として勝記念塔として建て、イスラムの力を誇示しました。
途中まで建設されあと放棄された塔
クトゥブ・ミナール
世界遺産フマユーン近く 太陽が低く日が落ちていきます
クジャクがいました
放し飼いなのです
世界遺産フマユーン廟の門
インドの首都デリーには、歴史上イスラーム王朝の支配が長く続いたこともあり、たくさんの素晴らしいイスラーム建築物が残っています。
世界遺産フマユーン廟
ムガル帝国第2代皇帝フマユーンの霊廟であるフマユーン廟は、フマユーン帝の死後、王妃ハージ・ベーガムが夫の、
壮タージ・マハルは、後にこのフマユーン廟の影響を受けて建築されたそうです。麗な廟を建築させました。
ヤムナー河のほとりに静かにたたずむフマユーン廟は1993年に世界遺産になりました
それ以後もこの廟はムガル帝国の代々の廟となり、沢山の棺がおさめられています。
タージ・マハルは、後にこのフマユーン廟の影響を受けて建築されたそうです。
タージマハルと同じように4面が同じ作りです
タージ・マハルは、後にこのフマユーン廟の影響を受けて建築されたとのことなので、タージマハルは
フマユーン廟はよく似た作りです!
中は霊廟になっています。お墓
世界遺産フマユーン廟みた参道
世界遺産フマユーン廟の外を1周してみます
世界遺産フマユーン廟
夕暮れの世界遺産レッドフォートを外から見学
飛行場に行く前に中華料理の夕食
インドの中華料理はインド風のピリ辛のものです
関空のエアインディア飛行機
関空に着いた! これほど疲れた旅行はなかった! 帰ってから2日間はなにもする気になれませんでした!
翌日昼食後、ジャイプールからバスで6時間バスに乗って移動し、デーリに戻りました。
到着後、午後は世界遺産クトゥプ・ミナール、世界遺産フマユーン、世界遺産レッドフォート観光です。
世界遺産レッドフォート観光は夕方近くなり、外から城郭のみの見学でした。
23時15分発のエアインディアでデリ―を出発し、香港経由で関空に着いたのは、翌日の昼近く!
最後の日はバスや飛行機が遅れず、添乗員曰く、「遅れないのは奇跡です!」
1週間北インドを旅して、まさに「感動!驚き!発見!カルチャーショック」の連続の旅でした!
北インドの世界遺産を10か所を見て回る旅でしたが、インド旅行はアクシデントの連続とか?
エアインディア飛行機が無事定刻に出発したのですが、添乗員の方が説明するには、バスが濃霧やラッシュで飛行場に着かなくて
飛行機に乗れないこともあり、また飛行機が出発しないこともあるとか!
添乗員はベテランで教養あり、インドに関するいろんなことを教えていただきました!
インド旅行でいろんなこと数多く経験しているので、安心して旅行ができて、感謝しています。
17人の参加者と毎日行動している間に、親しくなり、世界を旅行している方が多いので、いろんな話が聞けて
楽しく、刺激になり、もっと世界を回りたいという思いになりました。
今回ほど疲れた旅行はありませんでしたが、これほど印象に残った旅は初めてで、インドという世界を
旅人として少し覗いただけですが、世界は広くいろんな人達が過酷な生活の中で懸命に生きている!と感じ
インドの旅は印象深い旅でした!
新年明けましておめでとうございます
今回で北インドの旅は最終日7日目です
ディナーショーの夕食はインド料理
壺を頭にのせて踊る
人形劇
最後はツアー客も参加して踊る! 皆ノリノリでした!
インドの首都ニューデリーの郊外に、インドで最も高い72.5mの塔がそびえ立っています。
クトゥブ・ミナールと呼ばれ、12世紀末にインドに進出したトルコ系軍人アイバクが建造したものです。
今もなお、インドで最も高い石造の塔とのことです。
どうやってこの巨大な塔を建てたのでしょうか?
その塔の下には、インドで最初のイスラム教モスクの跡が残っています。
デリーに侵攻したアイバクは、インドで初のイスラム王朝を築きました。
モスクの回廊に残る列柱はデザインがバラバラで、イスラム建築とは程遠いもので、
イスラム教で禁じられている偶像の彫刻まであります。
これは、アイバクが、デリーにあったヒンドゥー教寺院の数々を壊して、その建材をそのまま使用したからです。
アイバクは、新しい支配者である事をインドの人々に示すために、急いでモスクを建造したので、
イスラムらしくないモスクになり、征服者の証しには征服された者の証しまでが残ったのです。
塔には、コーランの章句が見事なアラビア文字で刻まれています。
本来は礼拝の呼びかけをするための塔を「勝利の塔」として勝記念塔として建て、イスラムの力を誇示しました。
途中まで建設されあと放棄された塔
クトゥブ・ミナール
世界遺産フマユーン近く 太陽が低く日が落ちていきます
クジャクがいました
放し飼いなのです
世界遺産フマユーン廟の門
インドの首都デリーには、歴史上イスラーム王朝の支配が長く続いたこともあり、たくさんの素晴らしいイスラーム建築物が残っています。
世界遺産フマユーン廟
ムガル帝国第2代皇帝フマユーンの霊廟であるフマユーン廟は、フマユーン帝の死後、王妃ハージ・ベーガムが夫の、
壮タージ・マハルは、後にこのフマユーン廟の影響を受けて建築されたそうです。麗な廟を建築させました。
ヤムナー河のほとりに静かにたたずむフマユーン廟は1993年に世界遺産になりました
それ以後もこの廟はムガル帝国の代々の廟となり、沢山の棺がおさめられています。
タージ・マハルは、後にこのフマユーン廟の影響を受けて建築されたそうです。
タージマハルと同じように4面が同じ作りです
タージ・マハルは、後にこのフマユーン廟の影響を受けて建築されたとのことなので、タージマハルは
フマユーン廟はよく似た作りです!
中は霊廟になっています。お墓
世界遺産フマユーン廟みた参道
世界遺産フマユーン廟の外を1周してみます
世界遺産フマユーン廟
夕暮れの世界遺産レッドフォートを外から見学
飛行場に行く前に中華料理の夕食
インドの中華料理はインド風のピリ辛のものです
関空のエアインディア飛行機
関空に着いた! これほど疲れた旅行はなかった! 帰ってから2日間はなにもする気になれませんでした!