もう三日目だからこれで外国物は一旦切上げ、ということでペルーの陶器玩具のお土産を二つばかり。といっても一つは今はカフェになっている松本の民芸店で見つけて女房がカワイイと買ったもの。 . . . 本文を読む
昨日は暑いなか横浜家裁に用事があって出かけ、中華街にも近いからと昼は北門通にある中華街新興勢力と新聞でも紹介されていた福満園のランチを食べた。 (外国製焼物の続きその3と北信濃旅行記1、2、3はこのあとアップ予定である) . . . 本文を読む
我家では義母がクリスチャンということもあり、一家でアメリカ暮らしをしたこともありでアチラモノ洋食器類はいくつかあるのだが、壺や花瓶などの飾り物などはあくまでもお遊び程度に持ち合わせているだけ。 (信州から帰ってきましたが旅日記はこれから書きます) . . . 本文を読む
北信濃への行き帰りに立寄った軽井沢山荘周辺の植物写真を少しばかりアップする。散策すれば、この時期は梅雨時で山荘周辺は訪れる人は少ないが、建設中の別荘は夏休みに間に合わせるためにラストスパートかけて業者は忙しい様子。また道路沿いの雑草刈りはこの時期ここかしこで。 (本日夕刻には横浜に帰るが、旅日記は後日アップします) . . . 本文を読む
二科会時代には東郷青児に次ぐ存在だったという大沢昌助のリトグラフ、S.O.のイニシャルがあって110/110となっている女性の絵は笠間匠の祭りで買ったもの。 (明日から4日間の予定で軽井沢経由で北信濃木島平方面への旅行にいきますので数日お休みするかもしれません) . . . 本文を読む
備前焼のカップは焼〆と火襷の2種を持っているのだが、なにかシックリしないものを感じる。それに比べると土味が引き立てる酒器や花瓶、皿類などは和風の極となっていて、そういう評価があまりにも高いところに原因があるのかも。 . . . 本文を読む
これも富岡八幡宮骨董市で買ったもの、あまりに流れるようにサラッと描かれているのに線が活きていて、バックに加えられた一色だけで奥行きを出して立派な絵になっていると気に入ってすぐ言い値で購入してしまった。 . . . 本文を読む
第二次大戦に敗戦し進駐軍のもと占領下にあった1947~1952年の間、日本から輸出するものにはオキュパイドジャパンのマークを入れなければならなかった。その時代のコーヒーカップセットが何故か我家にあったのだが、割れたり取っ手がとれたりして今はこれだけが残っている。
(なるべく毎日なにかをブログにとやり始めたのが今年正月過ぎから、もう半年続いて本日は7月1日、年末までは頑張りましょう) . . . 本文を読む