9月9日 (土曜日) 晴
重陽の節句という日
2023年9月9日は重陽の節句です。
陰陽思想では奇数が陽でめでたい数字とされ、
陽の数字で最も大きい9が重なることから重陽(ちょうよう)と呼び、
古代中国では大変めでたい日として菊の花を飾り、菊酒を飲んでいました。
日本では平安時代から菊酒を飲み長寿を祈る「観菊会」が行われ、
また、「お九日」(おくんち)と呼び、各地で秋祭りが行われました。
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★今日は気温が上がるという。
上陸前に台風13号は熱帯低気圧に変わったが・・
茨城・千葉、台風の水害傷跡がTV で放映される結構な量の雨が降ったんだ。
ここ熊谷は少々強く降ったが、それほどの降りではなかったので良かったが
水害にあった場所は気の毒だ。道路と川の区別がつかない。車が浮いて流れる。
もし、自分の車であったらと思うと・・ぞっとする。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
★コストコで買ってきたというプルコギ入りのパンとヨーグルトをいただいた。
これはうまい!と感じた、マダガスカルバニラとある。タンパク質10gとある。
体によさそうだ!


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上毛新聞のコラム記事三山春秋
★年齢を重ねると、夏はどこかノスタル…
題目に、おんなじ感覚も覚える・・・・。
~~~~~~~~~~~~~
▼年齢を重ねると、夏はどこかノスタルジックな気分になる。
幼い頃に歌った童謡を耳にするとつい口ずさんでしまうし、
甲子園のテレビ中継で校歌を聴けば、
歌詞に込められた願いにも感じ入ってしまう
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
▼南北海道代表として出場した北海高校の校歌を聴き、おやっと思った。

厳冬に耐える雪国の若者を鼓舞し、
甲子園でりんと響く校歌を作曲したのは、
「赤い靴」や「青い目の人形」で知られる本居長世(1885~1945年)である。
作曲家としての「守備範囲」の広さに敬服した
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
▼本居といえば江戸時代の国学者・本居宣長のことが思い浮かぶ。
長世は子孫で、本居家で和歌の腕を磨き、
東京音楽学校(現東京芸術大)でピアノを学んだ。
邦楽と西洋の音楽を融合し、童謡の基礎を築いた一人だ
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
▼長世は本県ゆかりの竹久夢二が作詞した「居眠り地蔵」や、
富岡市出身の童謡詩人・橋本暮村の「土筆を摘んで」にも曲を付けた
▼土筆を筆代わりに字を練習する子どもが主人公の「土筆を―」は、
けなげな姿に寄り添うような曲調だ。
同市のもみじ平総合公園にあるメロディーボックスで聴くことができる。
25歳で病没した暮村は富岡小野小の教師だった。
一生懸命に学ぶ教え子がいたのかもしれない
▼子どもたちへのエールを乗せ、校歌や童謡が世代を超えて歌い継がれる。
ほろりと来てしまうのは、やはり年を取ったせいだろうか。
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メモ
童謡を作曲した人と聞いて思い浮かぶ人といえば、『赤とんぼ』や『待ちぼうけ』、
『この道』で知られる山田耕筰(やまだこうさく)ではないだろうか。
音楽の教科書では常連の顔ぶれとなっており、西洋音楽の基礎を作るなど、
日本の音楽界に輝かしい功績を残している。
また、童謡においては詩に日本語のアクセントを付けるという寄与を果たしている。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
が、童謡を広めた先駆者にふさわしいのは、
江戸時代に国学で大成した本居宣長の子孫こと、本居長世かもしれない。
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●意外と知られていない童謡の歴史
童謡のルーツは古代日本の「わざうた」だ!
童謡の歴史は、『日本書紀』の時代に遡る。古くは「わざうた」と訓ぜられ、
『日本書紀』の皇極紀(こうぎょくき)、斉明紀(さいめいき)、
天智紀(てんじき)などに記された古代歌謡を指す。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「童」といえば、現代では「子供」と結びついた言葉として浸透している。
しかしながら、古代は「子供」ではなく、「庶民」を表す言葉であった。
そして、「わざうた」は政治的に風刺したり、事件を予言したり、
あるいは神様の気持ちをほのめかしたりする時に歌われた。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
近代の童謡と「わざうた」は、直接的には何ら関係性を持たないものと思われる。
しかし、「童謡」は「わざうた」とも読める。
この点を踏まえ、童謡の研究者である周東美材(しとよしき)氏は、
古代の「わざうた」こそが童謡のルーツであると考えている。
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重陽の節句という日
2023年9月9日は重陽の節句です。
陰陽思想では奇数が陽でめでたい数字とされ、
陽の数字で最も大きい9が重なることから重陽(ちょうよう)と呼び、
古代中国では大変めでたい日として菊の花を飾り、菊酒を飲んでいました。
日本では平安時代から菊酒を飲み長寿を祈る「観菊会」が行われ、
また、「お九日」(おくんち)と呼び、各地で秋祭りが行われました。
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★今日は気温が上がるという。

上陸前に台風13号は熱帯低気圧に変わったが・・
茨城・千葉、台風の水害傷跡がTV で放映される結構な量の雨が降ったんだ。
ここ熊谷は少々強く降ったが、それほどの降りではなかったので良かったが
水害にあった場所は気の毒だ。道路と川の区別がつかない。車が浮いて流れる。
もし、自分の車であったらと思うと・・ぞっとする。
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★コストコで買ってきたというプルコギ入りのパンとヨーグルトをいただいた。
これはうまい!と感じた、マダガスカルバニラとある。タンパク質10gとある。
体によさそうだ!


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上毛新聞のコラム記事三山春秋

★年齢を重ねると、夏はどこかノスタル…
題目に、おんなじ感覚も覚える・・・・。
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▼年齢を重ねると、夏はどこかノスタルジックな気分になる。
幼い頃に歌った童謡を耳にするとつい口ずさんでしまうし、
甲子園のテレビ中継で校歌を聴けば、
歌詞に込められた願いにも感じ入ってしまう
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
▼南北海道代表として出場した北海高校の校歌を聴き、おやっと思った。

厳冬に耐える雪国の若者を鼓舞し、
甲子園でりんと響く校歌を作曲したのは、
「赤い靴」や「青い目の人形」で知られる本居長世(1885~1945年)である。
作曲家としての「守備範囲」の広さに敬服した
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
▼本居といえば江戸時代の国学者・本居宣長のことが思い浮かぶ。
長世は子孫で、本居家で和歌の腕を磨き、
東京音楽学校(現東京芸術大)でピアノを学んだ。
邦楽と西洋の音楽を融合し、童謡の基礎を築いた一人だ
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▼長世は本県ゆかりの竹久夢二が作詞した「居眠り地蔵」や、
富岡市出身の童謡詩人・橋本暮村の「土筆を摘んで」にも曲を付けた
▼土筆を筆代わりに字を練習する子どもが主人公の「土筆を―」は、
けなげな姿に寄り添うような曲調だ。
同市のもみじ平総合公園にあるメロディーボックスで聴くことができる。
25歳で病没した暮村は富岡小野小の教師だった。
一生懸命に学ぶ教え子がいたのかもしれない
▼子どもたちへのエールを乗せ、校歌や童謡が世代を超えて歌い継がれる。
ほろりと来てしまうのは、やはり年を取ったせいだろうか。
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メモ

童謡を作曲した人と聞いて思い浮かぶ人といえば、『赤とんぼ』や『待ちぼうけ』、
『この道』で知られる山田耕筰(やまだこうさく)ではないだろうか。
音楽の教科書では常連の顔ぶれとなっており、西洋音楽の基礎を作るなど、
日本の音楽界に輝かしい功績を残している。
また、童謡においては詩に日本語のアクセントを付けるという寄与を果たしている。
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が、童謡を広めた先駆者にふさわしいのは、
江戸時代に国学で大成した本居宣長の子孫こと、本居長世かもしれない。
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●意外と知られていない童謡の歴史
童謡のルーツは古代日本の「わざうた」だ!
童謡の歴史は、『日本書紀』の時代に遡る。古くは「わざうた」と訓ぜられ、
『日本書紀』の皇極紀(こうぎょくき)、斉明紀(さいめいき)、
天智紀(てんじき)などに記された古代歌謡を指す。
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「童」といえば、現代では「子供」と結びついた言葉として浸透している。
しかしながら、古代は「子供」ではなく、「庶民」を表す言葉であった。
そして、「わざうた」は政治的に風刺したり、事件を予言したり、
あるいは神様の気持ちをほのめかしたりする時に歌われた。
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近代の童謡と「わざうた」は、直接的には何ら関係性を持たないものと思われる。
しかし、「童謡」は「わざうた」とも読める。
この点を踏まえ、童謡の研究者である周東美材(しとよしき)氏は、
古代の「わざうた」こそが童謡のルーツであると考えている。
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