gooブログはじめました!

写真付きで日記や趣味を書くならgooブログ

たらちね (二)

2009-10-13 23:07:06 | 落語
 八っつぁん、ひとっ風呂浴びて、家に帰ってきます。
 「あー、いい気持ちだなあー、嫁さんが来るとなりゃあ、いいもんだろうなー。
だいいち家へ帰って飯を食うにしても、独りパクパク食ったんじゃ旨くもとも何ともありゃしねえや。
 『おや、お帰りかい、さっきから待っていたんだよ』 何だいこれっきりか。『今月はこれで我慢おしよ』 冗談言うねえ、百姓じゃあるめえし、人参(にんじん)に牛蒡(ごぼう)で飯が食えるけえ、刺身でもそう言ってきねえ。
 『八っつぁんはおかみさんが来てから、付き合いもしないで家で贅沢(ぜいたく)ばっかりしていると言われるのが辛いからさ』 いいからそう言ってきねえってことよ。『たまには女房の言うことを聞くもんですよ。これで食べておしまいッ』なんてな……」


 「おや、八っつぁん。どうしたんだい? 嬉しそうな顔してさ」


 「おっ、糊屋(のりや)の婆さんかい。なーに、今晩、この長屋に婚礼があるんだ」


 「この長屋で独り者は、羅宇屋(らおや・煙管を手入れする商売)の多助さんとお前さんだけじゃないか。
 羅宇屋の多助さんは、たしか七十八になったんだから、まさかお嫁さんも来やあしまいがね。
後はお前さんのところだけだよ」


 「そうだ、そのお前さんのところへ来るんだ」


 「へえー、そりゃ、ちっとも知らなかったよ。よかったね。おめでとう。そうだったのかえ、 ……いま酒屋から酒が来て、魚屋から肴(さかな)が届いたので預かってあるよ」


 「どうも、すいません。 ……しめしめ、ありがてえ、先ず灯りをつけて、うん…… 酒屋は来たし、魚屋は来たし、後はこれで嫁さえ来りゃあいいんだ。
 ……ああ、ありがてえ。足音がする。ちゃらこん、ちゃらこん、ちゃらこんと来やがら、ああァ、家主が雪駄(せった)を履(は)いて嫁さんが駒下駄を履いて来やがった。
 ……何だい、ありゃ選択屋のかかあじゃねえか。草履(ぞうり)と駒下駄と履いていやがる。
どうもあのかかあてえのは、いけぞんざいなもんだね、ええ? おや、また足音がする」


 「ごめんなさい」


 「へえ、おいでなさい」


 「長々、亭主に患われまして、難渋のものでございます。どうぞ一文めぐんでやってください」


 「殴るよ、冗談じゃない。婚礼の晩に女乞食に飛び込まれてたまるもんか。銭はやるから、さっさと帰れッ」


 「おっおっ、八っつぁん、えらい勢いだね。 ……さあ、こっちへお入り。待たせたね。時に八っつぁん、この女だよ」


 「あ、家主さん、どうも…… 」


 「まあ、かしこまらなくたっていいよ。 ……さあさあ、こっちへお入り。
他に誰もいやあしないから、遠慮なんかしないださ。今日からお前さんの家なんだから…… 
 おい、八っつぁん、どうして後ろを向いてるんだ」


 「へえ」


 「さあさあ、二人ともこっちへ並んで、何もじもじしてるんだ。
 この男は職人だから口のききようが荒っぽいが、決して悪気のある男ではない。
そこは勘弁して…… お互いに仲よくしておくれ。決して、二人して争いをしてはならん。
 ……いいか、万事略式だ。 ……杯を早くしなくっちゃいけねえ。
 じゃあ、俺がこれで納めにする。 ……いや、おめでとう。後は、ゆっくりと二人で飯にするんだ。
長屋の近づきは、明日、うちの婆さんに連れて歩かせるからな。媒酌人(なこうど)は宵の口、これでお開きにするよ。はい、ごめん」


 「家主さん、ちょっと待ってくださいよ」


 「俺がいつまで居たってしょうがない。また、明日来るからな」


 「ああ、行っちまった。弱ったなあ。 ……へへへ、こんばんわ。おいでなさい。
ま、家主さんから、あなたさまの事も承りまして…… へへへ、お前さんも縁あって来たんだが、あたしのところは借金もないが、金もないよ。ま、何分よろしく末永くお頼み申します」


 「せんにくせんだんあってこれを学ばざれば金たらんと欲す」
 (賤妾浅短にあって是れ学ばざれば勤たらんと欲す・『ふつつかで無学ではありますが、勤勉にお仕え申し上げたく存じます』という意味)


 「金太郎なんぞ欲さなくてもいいがね。ところで弱ったな。
家主さんにお前さんの名を聞くの忘れちゃった…… お前さんの名をひとつ聞かせてくださいよ」


 「自らことの姓名を問い給うや?」


 「へえ、家主は清兵衛ってんですが…… どうかあなたさまのお名前を…… 」


 「父はもと京都の産にして、姓は安藤、名は敬蔵、字(あざな)は五光。
母は千代女と申せしが、三十三歳の折、ある夜、丹頂の夢見て孕めるが故に、垂乳根(たらちね)の胎内を出でし時は、鶴女と申せしが、成長の後にこれを改め、清女と申し侍るなり」


 「へえー、それが名前ですかい? どうも驚いたなあ。京都の者は気が長えというが、名も長え。
こいつは一度や二度じゃとても覚えられそうにもねえ。すいませんが、これにひとつ書いておくんなせえ。
 あっしは職人のことで難しい字が読めねえから、仮名で頼みます…… 
えー、みずから、あー、ことの姓名は…… 父はもと京都の産にして、えー、姓は安藤、名は敬蔵、
あざなは五光。 ……何しろこりゃ長えや、俺が早出居残りで、遅く帰って来て、ひとつ風呂へ入ってこようという時に、おお、ちょっとその手拭を取ってくんな、父はもと京都の産にして、姓は安藤、名は敬蔵、字(あざな)は五光。母は千代女と申せしが、三十三歳の折、ある夜、丹頂の夢見て孕めるが故に、垂乳根(たらちね)の胎内を出でし時は、鶴女と申せしが、成長の後にこれを改め、清女と申し侍るなり、おやおやお湯がおわっちまわあ。
 それに近所に火事でもあったときに困るな、ジャンジャンジャン、おっ、火事だ、火事はどこだ。
何、隣町だ、そりゃ大変だ。おい、みずからことの姓名は父はもと京都の産にして姓は安藤、名は敬蔵、あざなは五光、母は千代女と申せしが三十三歳の折…… 何てやっていた日にゃあ焼け死んじまわあ。
 明日、家主に、もう少し短い名と取り替えてもらうとして、寝ることにしよう」


 そのまま枕についたが、夜中になると、お嫁さん、かたち改め、八っつぁんの枕もとに手をついて、
 「あーら、わが君、あーら、わが君」


 「えー、改まって何です?」


 「一旦、偕老同穴(かおろうどうけつ・共に暮らして老い、死んだ後は同じ墓穴に葬られること)の契りを結ぶ上は、百年千歳(ももとせちとせ)を経るとも君こころを変ずること勿(なか)れ」


 「へえ、何だか知らねえが、蛙(かえる)の尻(けつ)を結べって…… お気に触ることがあったら、どうかご勘弁を…… 」


 烏(からす)がカァーと夜が明ける。そこは女のたしなみで、夫に寝顔を見せるのは女の恥というので、早く起きて、台所に出たが、ちっとも勝手が分からない。そこで八っつぁんの寝ている枕もとに両手をついて、
 「あーら、わが君、あーら、わが君」


 「へい、へい、あーあ。眠いなあ。もう起きちまったんですかい…… 。
 え?おい、わが君ってえのは、俺のことかい? うわぁ、驚いたな、何か用ですかい?」


 「白米(しらげ)の在り処、何れなるや?」


 「さあ困ったな。あっしはいままで独り者でも、虱なんどにたかられた事はない」


 「人食む虫にあらず、米(よね)の事」


 「へー、米を知ってるのかい? 左官屋の米を?」


 「人名にあらず。自らが尋ねる白米とは、世に申す米(こめ)の事」


 「ああ、米なら米と早く言っておくれ。そこのみかん箱が米びつだから、そこに入っている」


 八っつぁんは、また寝てしまった。お嫁さんは台所でコトコトやってご飯を炊き、味噌汁をこしらえようとしたが、あいにく汁の実がない。そこへ八百屋が葱(ねぎ)を担いで通りかかった。
 「葱や葱、岩槻葱(いわつきねぎ)…… 」


 「のう、これこれ、門前に市をなす賤(しず)の男」


 「へい、呼んだのは、そちらで?」


 「其の方が携えたる鮮荷(せんか)のうち一文字草(いちもんぐさ・長ネギのこと)、値何銭文なりや」


 「へえ、大変なかみさんだな。へえ、こりゃ、葱ってもんですが、一把(いちわ)三十二文なんで……」


 「三十二文とや。召すや召さぬや、わが君に伺う間、門の外に控えていや」


 「へへー、芝居だね、こりゃ。門の外は犬の糞だらけだ」


 「あーら、わが君、あーら、わが君」


 「ああ、また起こすのかい。 ……おい、冗談じゃないよ。朝から八百屋なんか冷かしちゃしょうがねえや。腹掛けのどんぶりにこまかい銭があるから、出して使ってくんねえ」


 これで、すっかりお膳立てをして、また枕もとへ来て、両手をつき、
 「あーら、わが君」


 「あーら、わが君ってのは、止めてくれねえか。俺の友だちは、みんな口が悪いから、『あーら、わが君の八公』なんか、ろくなことは言わないから、何だい?」


 「最早、日も東天に出現ましまさば、御衣(ぎょい・服を着ること)になって、嗽(うがい)手水(ちょうず)に身を清め、神前仏前に御灯明(みあかし)を供え、看経(かんきん・お経を黙読すること)の後、御飯召し上がられて然(しか)るべく存じたてまつる。恐惶謹言(きょうこうきんげん・おそれつつしんで申しあげるという意味)」


 「おやおや、飯を食うのが恐惶謹言なら、酒を飲んだら、依(酔)って件(くだん)の如しか(そこで前記記載の通りであるという意味)」


 お後が宜しいようで……


*こちらにGyaoで放映中
[ 春風亭朝也 「たらちね」 http://gyao.yahoo.co.jp/player/00291/v01038/v0103800000000514663/ ]



Nodens

2009-10-13 19:11:36 | クトゥルフ神話

イメージ 1


「全てのNight Gaunts(夜鬼)が傅く大いなる深淵の大帝。
三叉の矛を手に戦車に跨ってGreat Old One(旧支配者)の手下どもを狩り立てる偉大なる狩人」


・「Lord of the Great Abyss(偉大なる深淵の主)」と称される「Nodens(ノーデンス)」は、白髪をいただいて灰色の髭をたくわえた老人の姿をとる「Elder Gods(旧神)」である。


・その声は深淵から轟き渡るような響きを持ち、その怒りは恐ろしい雷光となって敵対者を滅ぼし去る。


・銀の腕を持つとされることから、ケルト神話のフォモールの王バロールと戦うダーナ神族の王「銀の手のナウダ」との関わりがあると、イギリスの言語学者にして妖精物語の大家J・R・R・トールキンによって指摘されているが、むしろ「Dream Land(夢の国)」において、その存在を知られている神である。


・「Moutain Ngranek(ングラネク山)」を守護する顔のない「Night Gaunts(夜鬼)」たちが「Nodens(ノーデンス)」を崇拝していることは良く知られており、彼が常に騎乗している戦車を牽引してる獣は、「Night Gaunts(夜鬼)」が姿を変えたものなのだという。


・人類に対して比較的友好である「Nodens(ノーデンス)」は、一説によれば「Great Old One(旧支配者)」でも「Outer Gods(外なる神)」でもなく、むしろ敵対することの多い「Elder Gods(旧神)」と呼ばれる謎めいた神性の最高神であるといわれている。


・「Outer Gods(外なる神)」の使者である「Nyarlathotep(ニャルラトテップ)」と「Nodens(ノーデンス)」とは、対立関係にあるようで、時に、その対立は人間を介した代理戦争にまで発展してしまうことが少なくない。


・「Nodens(ノーデンス)」が、その一柱であるとされる「Elder Gods(旧神)」は、クトゥルフ神話の中でも特に謎めいた存在であり、「Necronmicon(死霊秘法)」などの魔道書の中にも殆ど言及がなく、「Elder Gods(旧神)」の存在そのものを否定し、「Nodens(ノーデンス)」を穏健な「大地の神」の一柱であると考える学者もいる。


・ただ、「Nodens(ノーデンス)」が人間に示す好意は、ただの気まぐれでしかないのかも知れない。



「オセロー」 舞台内容 五幕二場 (1)

2009-10-13 13:53:17 | 「オセロー」

イメージ 1


 一方、城内の寝室。
デズデモーナは、眠っている。オセローは彼女の殺害の決意を固めている。


 しかし、オセローは、デズデモーナに対する愛情は消えていない。もし、この世に二人だけで生きているのだったら、まだ彼は彼女を許したであろう。
 'Yet she must die, else she'll betray more men.'
 (だが、生かしてはおけない、生かしておけば、もっと多くの男を裏切るだろう)


 オセローは、彼女の死は、世の中に対して捧げなければならない犠牲だと思っている。
 これは、オセローの身勝手な言い訳に他ならない。




 デズデモーナが眼を覚ます。
オセローは、デズデモーナが懺悔を済ますまで殺すまいと思う。しかし、当然のごとく彼女には、懺悔することなど何一つないのだ。


 ここで初めてオセローは、デズデモーナがキャシオーと犯した罪のことを咎めると、彼女は完全にそれを否定する。


 しかし、もはや手遅れであり、オセローを激怒させただけである。
 Othello:      By heaven, I saw my handkerchief in's hand.
         O perjured woman ! thou dost stone my heart,
         ……
         I saw the handkerchief.
 Desdemona:                     He found it, then;
         I never gave it him: send for him hither;
         Let him confess a truth.
 Othello:                      He has confessed.
 Desdemona: What, my lord ?
 Othello:   That he has used thee.
 (オセロー:  あの男がハンカチーフを持っているのを、現にこの目で見ている。
     おお、この嘘つきめ! お前のために、私の心臓は石に変わり、
     ……
     私は、あのハンカチーフを見たのだ。
 デズデモーナ:          では、拾ったのです。
     あげたりはいたしません。ここにご本人を呼んで、
     真実の話をしていただきましょう。
 オセロー:            もう白状したよ。
 デズデモーナ:何をですの?
 オセロー:お前と寝たということを)


 デズデモーナは、それを聞くとびっくりする。そんなことが本当だとはありえない。
彼女は「そんなことを言うはずがありません」というが、キャシオーは死んでいる。(死んではいないが、オセローは死んだと思っている)
 Othello: No, his mouth is stopp'd;
         Honest Iago hath ta'en order for it.
         ……
 Desdemona: Alas ! he is betray'd and I undone.
 Othello: Out, strumpet ! weep'st thou for him to him to my face ?
 (オセロー:そうさ、もう口が利けんからな。
     忠義者のイアーゴーが始末をつけてくれた。
     ……
 デズデモーナ:ああ! あの人は謀られたのです。それではこの身も終わり。
 オセロー:くたばれ売女! 私の前であいつのために泣いてみせるのか?!)


 この不幸な言葉をオセローは告白と受け取り、デズデモーナは運命を閉じることになる。
彼女のすべての言葉も無駄だった。


 オセローは、一夜も一時間も猶予しない。祈りを捧げる時間も与えない。
デズデモーナを罪の最中に殺されなくてはならないと思い詰めているのだ。


 そして怒り狂って、彼女を絞め殺す。


 デズデモーナの喘ぎが終わるか終わらないかのうちに、オセローは自身の行為の恐ろしさに心が怯むが、もはや後戻りは出来ないのだ。
 とうとうやってしまった! ついにデズデモーナを殺してしまった!!





たらちね (一)

2009-10-13 00:24:36 | 落語
 「おお、八っつぁんかい。さあ、ここへお上がり、いま仕事から帰ったのかい」


 「へえ、家主(おおや)さん。今日の仕事のほうは早じまいで…… 。
家へ帰ると、隣の糊屋(のりや)ばばあが家主さんから呼びに来てるから行ったほうがいいってんですが…… これから、ひと風呂、湯へ行こうと思うで…… ひとつ手っ取り早く片付けてもらいたいもんで…… 」


 「片付けろとは…… 何ということだ。他でもないが、今日はおまえ耳寄りな話を聞かせようと思ってな」


 「へえ、何で」


 「おまえ、どうだ、身を固めないか?」


 「何です、身を固めるってえのは」


 「女房を持ったらどうだ。この長屋じゅうに、独り者も何人かおるが、どうも独りでいる奴はろくな行いをしねえ。
 おまえは、言うとおかしいが、人に満足に挨拶(あいさつ)も出来ないような人間だが、仕事はよくやるし、若い者に似合わず堅え。
 ところが若い者の堅えは当てにならねえ。家をやりくりする女房がなくてはならぬ。昔から言うように、ひとり口は食えないが、ふたり口は食えるという譬(たと)えもある。おまえ、女房を持つ気はねえか」


 「ええ、そりゃまあ、持てえのは持てえんだが、あっしのような貧乏なところへ来るのがありますかねえ」


 「おまえにその気あれば、無いことはない。あたしが世話をしよう。どうだ?」


 「どうもありがとうございます。やっぱり女でしょうな?」


 「馬鹿を言いちゃいけない。むろん女に決まってるさ」


 「どんな女なんで?」


 「二十…… たしか二だったな、婆さん。……生まれは京都で、両親はとうの昔に亡くなって、屋敷奉公をしていたんだが、縁がなくって、嫁にいけないでいるんだ…… 横町に長役(ちょうえき)さんてえ医者があるだろう?」


 「へえ」


 「あそこが叔父さんなんだ。あそこへ先月、屋敷奉公の暇をもらって、身を寄せているんだが、それ、この間、家の使いに来た女を覚えてないかい?」


 「いいえ」


 「もっともあの時は薄暗かったが、向こうはおまえのことを知っていて、先方の言うには、長い間、窮屈(きゅうくつ)なところへ奉公していたから、嫁に行く先は、舅(しゅうと)や小舅(こじゅうと)のない、気楽なところへ行きたい、と当人の望みで、おまえなら気心も知れているからいいと思うんだ」


 「へえー、結構ですねえ」


 「どうだい? おまえさえよければ、世話する。八っつぁんには過ぎものだよ。針仕事も出来るし、読み書きも出来る。それにおとなしくって、器量も十人並みだ。どうだ、もらう気はないか?」


 「へえ、けれども、まあ、食うだけがやっとで、着せることも出来ませんからね」


 「その心配はない。まあ、たいしたことはないが、夏冬の道具一揃(ひとそろ)いぐらいは持ってくる」


 「夏冬のもの一揃いっていうと、行火(あんか)に渋団扇(しぶうちわ)?」


 「馬鹿なことを言うな。茶番の狂言じゃあるまいし、ただ、ついては八っつぁん、ちょいと疵がある」


 「そうでしょう。どうも話がうますぎると思った。そんないいことずくめの女が、あっしのような者のところへ来るはずげねえ。疵っていうと、横っ腹にひびが入って、水が漏るとか何とかいうんですかい?」


 「壊れた水瓶じゃあるまいし。 ……つまり疵というのは…… 」


 「じゃ、寝小便?」


 「馬鹿を言いなさい。そんなんじゃない。疵というのは、言葉だ。
 長い屋敷奉公とおとっつぁんが漢学者で、どうもたいへん厳格な育て方をしたんで、言葉が丁寧すぎる、それが疵だ」


 「何だ、そんなことなんですか。結構じゃありませんか。それに引き換えて、あっしなんか、ぞんざい過ぎていつもお店の旦那に叱言(こごと)を言われるんで、丁寧結構、ちょっとその丁寧を教わろうじゃありませんか」


 「なるほどな、おまえのところへ行けば、直に悪くはなろうが、何しろ時々難しいことを言い出すんで困るよ。
 この間もな、表で逢うと、いきなり、『今朝(こんちょう)は土風(どふう)激しゅうて、小砂(しょうしゃ)眼入(がんにゅう)す』と言ったな」


 「へえ、たいしたことを言うもんですねえ」


 「おまえに分かるか?」


 「分かりゃしませんが、そんなえらいことを言うなあ。感心だ」


 「分からないで感心する奴があるもんか。よくよく後で考えてみたら、今朝はひどい風で砂が眼に入る、と言う意味なんだ」


 「なるほど」


 「俺も即答に困った」


 「へえ、石塔に困ったんで? 墓場へ行きましたか?」


 「石塔じゃないよ。即答、俺も何にも言わないのは悔しいから、スタンブビョーでございと言ったね」


 「何のことで…… 」


 「ひょいと前の道具屋をみたら、箪笥(たんす)と屏風(びょうぶ)があったから、それを逆さにして言ったんだ」


 「家主さんまずいことを言ったね。あっしなら、リンシチリトクと言いますね」


 「何のことだい? それは…… 」


 「七輪と徳利(とっくり)を逆さにしたんで」


 「馬鹿なことを言うな。そんなことはどうでも、嫁の一件はどうするんだってえことよ」


 「どうか、ひとつ、よろしくお願い申します」


 「そうか、それなら、いま呼びにやるからここで見合いをしちまいな。
むろん、向こうはおまえを知ってるんだから、おまえさえ見合いをすりゃいいんだ」


 「何です。見合いってえのは? 見合わなくたってようがしょ。
いま直ぐ連れて来ておくんなさい。あっしはもらうことに決めましたから」


 「そうか、そうと決まりりゃ、吉日を選んで婚礼ということになるが、 ……婆さん、暦を出しなさい。ひとつ、いい日を見てやろう。 ……これは困ったな、当分いい日がないな」


 「ようがす、家の暦がいけねえのなら、隣へ行って、別のやつを借りてきましょう」


 「馬鹿なことを言うな、暦はどこへ行っても同じだ」


 「へえー、不都合なもんですね」


 「何が不都合なものか…… おっと、あった、今日がいい日だ」


 「そいつはありがてえ、じゃ今夜に決めちゃいましょう」


 「今夜はちっと短兵急過ぎるが、善は急げだ、おまえがいいって言うんなら、今晩輿入れということにするか」


 「え? 腰…… 入れ? そんなけちけちして、腰だけもらってもしょうがありませんよ。体ごとそっくり、おくんなさい」


 「そうか、それじゃ、これから向こうへ話をして、相手は女だ。いろいろ支度があるだろうから、おまえはこれから湯へでも行って身ぎれいにしておけ。
 隣の糊屋の婆さんに万事頼むといいや、あれでなかなか親切なんだから。お頭つきに蛤(はまぐり)の吸物でも用意しておきな。それに酒を少し、たくさんはいらないよ。俺は下戸、おまえが下戸、嫁さんは飲まないからそのつもりで…… 。
 それから、長屋へは月番へだけ届ければいい、おっと、これは、少ないけど、あたしのほんの心祝いだ。取っておくれ」


 「へえー、あっしに? すみません。やっぱり家主さんは、どこか見どころがあると思ってました」


 「おだてるんじゃないよ。おまえも早く帰って、支度でもしな。晩方には連れ込むからな」


*こちらにGyaoで放映中
[ 春風亭朝也 「たらちね」 http://gyao.yahoo.co.jp/player/00291/v01038/v0103800000000514663/ ]