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浮世床 (二)

2009-10-18 16:46:48 | 落語
 ちょいと離れた場所では、こんな感じ……


 「おい、どうだい。ぼんやりしててもしょうがねえから、やるかい?」


 「何を?」


 「前へ将棋盤が出ていて、やるかいって聞いてるんじゃあねえか。将棋だよ」


 「将棋が…… やってもいいが、将棋の駒の並べ方だって分かっちゃいないんだろう?
 ……ええ、並べられるものなら、並べてみろいッ。一番、教えてやるから」


 「大きく出やがったね。将棋の駒の並べ方なんてものは、名人上手が並べたって、習いたての奴が並べても違いがあるかってんだ」


 「おいおい、みんなご覧よ。知らねえ証拠がこれだよ。飛車と角があべこべだ」


 「ほう、気がついたか。初めこうしておいて、後で直すのが、俺の流儀だ。そんなことを言ってねえで、てめいのほうを早く並べろい」


 「俺は早いよ。瞬きする間に並べちゃうから、よく見てろよ。いいかい、初めにこうやって、両手で盤を持ち上げるんだ。こうしておいて、こう、ぐるっと半回りさせちゃうんだ」


 「おいおい、何をするんだ? 俺の並べたのを…… ひどいや」


 「文句を言ってねえで、早くもう一度、並べちまえ。無精だなあ」


 「どっちが無精だ。一番で二度駒を並べたのは初めてだ。どうも呆れたもんだ」


 「まあ、いいやな。ぐずぐず言うなよ。さあ、やろう」


 「うん…… 先手、どっち?」


 「金、歩…… 金が出れば金が先手、歩が出れば歩が先手」


 「じゃあ、金と歩」


 「両方はだめだよ。どっちかだよ。金か歩かい?」


 「まあ、待ちなよ。そう、お前のようにせっかちに言われると、どうも迷う性分で…… 」


 「じれってえなあ。どっちでもいいじゃあねえか」


 「勝負事は最初(はな)が肝心だから…… うふふふふ、どっちが出る?」


 「分からねえよ。分からねえから、やってみんじゃねえか」


 「けれども、おめえが振るんだから、どっちか分かるだろう?」


 「分かりゃしねえよ。気の長い男だなあ。どっちでもいいじゃねえか、金かい?」


 「と言われると、歩にも未練があるし…… 」


 「じゃあ、歩にするの?」


 「おめえが歩だよって言うと、歩のような気もするし…… 」


 「何を言ってるんだ。引っ掻くよ。どっち? 金、歩?」


 「じゃあ、金だ」


 「金だな? いいんだな? じゃあ、俺は歩だよ」


 「ああ」


 「畜生め、手数ばかり掛けやがって…… さあ、駒を振るよ…… ほら、歩だ」


 「うーん、やっぱり歩か…… 歩にしておけばよかった…… はァ…… 」


 「何だ溜息(ためいき)なんかついて、指す前からがっかりして、この野郎は…… お前は愚痴が多くっていけねえな。 ……さて、まず角の腹へ銀あがりといくか」


 「ああ、どうも、弱ったな。角の腹へ銀があるのは、俺は嫌なんだ。そいつは、弱った。ところで、手に何がある」


 「殴るぞ、おい。手にも何にも、いま一つ動かしたばかりじゃあねえか」


 「ああ、そうか…… じゃ、しょうがないから、俺も角の腹へ銀があがらあ」


 「真似をしたね」


 「ああ、最初は真似のおどり(亀の踊り)なり…… 」


 「何だい、それは…… 洒落(しゃれ)かい? そうだ。ただ将棋を指すのはおもしろくねえ。洒落将棋といこう」


 「何だい、洒落将棋てえのは?」


 「駒を動かす度に、駒で洒落るんだよ。洒落が出なかったら、一手、飛び越し。いや、難しいことはないよ。 ……歩を突いて『ふづき(卯月・うづき)八日は吉日よ』ってえのは、どうだい」


 「あ、なるほど、旨いね。じゃあ…… あたしも歩を突いて、『ふづき八日は…… 』今やったね。『九日十日は、金比羅さまのご縁日』と…… 」


 「何だい、それは?」


 「洒落」


 「どうです、角道を開けて『角道(百日)の説法屁をひとつ』」


 「じゃあ、あたしも角道を開けて『角道の説法屁ふたつ』」


 「馬鹿だね。屁を増やしてやがら…… 角の鼻に金が上がって『金角(金閣)寺の和尚』」


 「じゃあ、俺のほうも金が上がって『金角寺…… 』」


 「おっと、真似はだめだよ」


 「真似じゃない。和尚ではなくて『金角寺の味噌擂(す)り坊主』」


 「だめだよ。そんなのは…… 歩を指して『ふさし(庇・ひさし)の下の雨宿り」」


 「旨いッ。悔しいねえ。じゃあ、あたしも歩を指して、ふさしの下の…… 」


 「お前は真似ばかりしているね。雨宿りはいけないよ」


 「じゃあ、『ふさしの下の首くくり』と…… 」


 「ろくなことを言わないな。じゃあ、もう洒落はなしだ。さあ、これを取って王手飛車取り」


 「どっこい、そうはいくものか」


 「そこを逃げたら、こいつを取って、こうやったらどうする?」


 「ああ、馬鹿に寂しくなっちまった。手に何がある?」


 「今頃になって聞いてやがる。両手に持ちきれねえほどあらあ。貸してやろうか」


 「何がある?」


 「金、銀、桂、香、歩に王」


 「王?」


 「さっき、俺が王手飛車取りとやったら、『どっこい、そうはいくものか』って、お前の飛車が逃げたじゃねえか。だから、その時、王さまを取ったんだけど、お前の王さまが見えねえじゃねえか」


 「俺のほうは、最初(はな)から取られるといけねえから、実は、懐(ふところ)へ隠しておいたんだ」


 「こんな将棋を指したって、今まで勝負のつくわけがねえや。もう止めだ」


*こちらにGyaoで放映中
[古今亭志ん弥 「浮世床」 http://gyao.yahoo.co.jp/player/00291/v01038/v0103800000000525181/ ]



浮世床 (一)

2009-10-18 11:11:14 | 落語
 江戸時代、ちょん髷(まげ)という、海苔巻きのようなものを頭につけていた時分には、町内の若い衆が、髪結床(かみゆいどこ・今でいえば、床屋のこと)へ集まって、一日中、遊んでいた。


 床屋で遊ぶというのはおかしいが、ここは、四畳半とか六畳ぐらいの小間(こま・小部屋のこと)があって、将棋盤に碁盤、貸本のようなものが備えてある。


 看板も今と違っていて、油障子に奴(やっこ)の絵を描いたのが奴床、天狗の下に床の字が書いてあると、これが天狗床、おかめの絵の下に床の字がついていると、おかめ床という具合に……


 「おいおい、ご覧よ」


 「あの海老床の看板、よく描けたじゃねえか。海老がまるで生きてるようだな」


 「え?」


 「あの海老、生きてるな?」


 「いや、生きちゃあいねえや」


 「生きてるよ」


 「生きてるもんか。どだい、絵に描いた海老だよ。生きてるわけがねえだろ」


 「いや、生きてるよ。見てごらんよ。髭(ひげ)を、こう、ぴーんとはねて…… 確かに生きているよ」


 「嘘を言え。死んでらい」


 「生きてるってのに…… こん畜生! 殴るぞ!」


 「何をっ!」


 「おいおい、お待ち、お待ち。お前たちは、何だって喧嘩してるんだ?」


 「へえ、ご隠居さん。今ね、この髪結床の障子に描いてある海老が、実に良くできてるんで、まるで生きてるようだと言いますとね、この野郎が『死んでいる』と、こうぬかしやがる。
 ねえ、ご隠居さんがご覧になって、あの海老は、どう見えます? 生きてるでしょう?」


 「生きちゃいないなあ」


 「ざまあみやがれ! 生きてるわけがねえじゃねえか。ねえ、ご隠居さん、死んでますよね?」


 「いや、死んでもないな」


 「へえー、生きてなくて、死んでもねえっていうと、どうなってるんです?」


 「ありゃ、患(わずら)っているな」


 「患ってる?」


 「ああ、よくご覧よ。床についている」



 「誰だい。向こうでの隅で、壁に頭をおっつけて本を読んでいるのは。銀さんかい…… 銀さん、何をしてんだい?」


 「うん、今、本を読んでいるんだ」


 「いったい、何の本?」


 「戦(いく)さの本」


 「ほーう、何の戦さだ?」


 「姉さまの合戦」


 「え? 変な戦さだなあ。姉さま?」


 「あの、本多と真柄(まがら)の一騎討ち」


 「ああ、それなら姉川の合戦じゃないか?」


 「ああ、それ…… 」


 「そりゃ、面白そうだな。本を読むなら声に出して、読んで聞かせておくれよ」


 「だめ」


 「どうして?」


 「本てえもんは、黙って読むところが面白い」


 「そんな意地のわりいこと言わねえでさ。みんなここにいる奴は退屈しているんだからさ、ひとつ読んで聞かせておくれよ」


 「じゃあ、読んでやってもいいが、そのかわり、読みにかかると止まらなくなる」


 「そんなに早えのかい?」


 「立て板に水だ」


 「へえー」


 「さーってやっちまうよ。途中で聞き逃してもおんなしとこは、二度と聞かれねえからな」


 「そうかい、じゃあ、そのつもりで聞くよ」


 「静かにしろ」


 「うん」


 「動くな」


 「うん」


 「息を止めろ」


 「冗談言うない。息を止めりゃ死んじまわな」


 「よし、始めるぞ。 ……えー、えーえーッ」


 「ずいぶん『え』が長いね」


 「柄が長いほうが汲みいいや。 ……ううゥ ……ん」


 「何だい、うなされているようだな」


 「いま調子を調べているところだ…… ひと…… ひとつ…… ひとつ…… ひとつ…… 」


 「何だい、いつまでたっても、一つだね。二つになんねえかい?」


 「黙って聞きなよ…… ひとつ、あね、あね、あね川かつ かつせん、のことなり」


 「何だか、あやまり証文(詫び状のこと)みてえだな。『一、姉川合戦のことわりなり』から、始められちゃかなわねえ。本多と真柄の一騎討ちのところから読んでくれよ」


 「じゃあ、真ん中から読むよ。 ……えへん、このとき真柄ッ」


 「調子が上がったね」


 「ここんとこから二上がりになる」


 「お後は?」


 「このとき、真柄じゅふろふさへへ…… さへへ…… さへへ…… 」


 「おいっ、どこか破れてるんじゃねえのか。お前のは『立て板に水』じゃねえ、『横板にモチ』だよ。 ……そりゃ真柄十郎左衛門だろ?」


 「ああ、そうだ、そうだ。 ……で、どうなるんだい?」


 「お前が読んでいるじゃあねえか」


 「ああ、そうそう。 ……真柄十郎左衛門が、敵にむかつ…… むかつ…… むかついて…… むかついて…… 」


 「おい、誰か金だらいを持ってこいよ。むかついてえから…… 」


 「何を余計なことをするんだよ。ここに書いてあるからよ…… 敵にむか…… ああ、むかって…… だ」


 「ああ、心配したぜ。向かってなら分かるが、むかついてって言うからよ」


 「戦さなんてものは、両方の大将がむかついて始まるもんだ。 ……敵に向かって、一尺二寸(約37.8cm)の大太刀を…… まつこうッ」


 「おい、松公、呼んでるぜ」


 「まつこうッ」


 「何だい?」


 「何で、そこで返事をするんだ?」


 「今、お前、松公ッて呼んだろう?」


 「違うんだ。本に書いてある。 ……敵に向かって。真ッこう…… だ。真ッこう、あ、あ、じょうだん、に、ふり、ふりかぶり…… 」


 「何だい、だらしがねえなあ。ところでお前。 ……一尺二寸の大太刀を真っ向、大上段に振りかぶり…… って言ったけど、一尺二寸といえば、こんなもんじゃあないか、真柄十郎左衛門といえば、北国随一の豪傑だぜ。長えから大太刀だろう? 一尺二寸の大太刀ってえのはないだろう?」


 「横に断わり書きがしてあらあ」


 「何としてあるんだ」


 「もっとも一尺二寸は刀の横幅なり」


 「え? 横幅かい? しかし、そんなに横幅があったんじゃあ、振り回した時に向こうが見えなくなるだろう?」


 「ああ、それだから、また、断り書きがしてある」


 「また、断り書きかい?」


 「うん、 ……もっとも、振り回した時に、向こうが見えないといけないから、所々に窓をあけ…… 」


 「へーえ、こりゃ驚いた。刀に窓が開いてんのかい?」


 「ああ、この窓から覗いては敵を斬り、窓から首を出しては、本多さんちょいと寄ってらっしゃい…… 」


 何を言ってやがるんだ。もうお止しよ。そんなばかばかしいものを聞いていられるかい」


 「どうしたい、みんなで銀さんをからかったりして…… 」


 「からかってるんじゃない。逆にからかわれちまった」


*こちらにGyaoで放映中
[古今亭志ん弥 「浮世床」 http://gyao.yahoo.co.jp/player/00291/v01038/v0103800000000525181/ ]