オーディションの日だけが、迫り来る中、幡山 日光(はたやま にっこう)は、課題曲の修練に追われては居ても、お約束の如く、最初から最後まで、ノーミスでたどり着く確率は、上がりはしても、不完全、であった。もし、完全であったなら、俺は、どんな場所でも、求められ、良い成果を積み上げて、行き続けるんだろうな…と、歌詞カードが載ったキーボードの譜面台を、見つめて、あーあ、と、深く息を吐いた。
――もって生まれし天分なし、もって生まれし、向上力なし…今に始まった話じゃない――
こんな時、泣き言言ってる場合じゃねえ、やれよ…と言う声が、幡山 日光(はたやま にっこう)の心のどこかでして、やってはみるものの、それで、どうにかはなることはあっても、求められる所まで、行き着けたためしは、どれくらい?である。回数少ないなら、印象に残る筈なのに、それを凌駕するくらい、うまくいかなかった記憶のが、強く刻まれ、自己肯定感が、下がるばかり――その時点で、人並み、か、良い意味で、人並みを外れた力は、自分にはない。それを解った上で、駄目を、許容範囲で収めてもらったり、或いは、何とか収まったり…と言う綱渡りは、転倒の連続である。しかし、ここは、幸いにして、物語と言う世界なので、作者の気分次第で、この物語の主人公、幡山 日光(はたやま にっこう)とその廻りを、操る事が出来るから、物語なのである。
オーディションの当日がやって来た。
――個別に、現地でやると…選りすぐりを、発掘するじゃないから、これでも良いのか?――
一ヶ所で、複数人でやろうものなら、通らない可能性がより上がりそうな予感を、幡山 日光(はたやま にっこう)はしていた。
一般的な流なら、「我こそが」が、基本の筈で。けれど、そう言う競争はちょっとなぁ…と、幡山 日光(はたやま にっこう)は、思っていた。だが、それでも、やってみたいと思った訳は、あり得る確証もない、万が一の夢、が現実のものに、なったなら――と言う、言葉にしない方が、良いんじゃないの?と言う物。それを、あえて、言葉にしたのは、文字数稼ぎだろ?と言う正論を、この物語の語り手では、否定することはない。
指定された場所に、幡山 日光(はたやま にっこう)は、行った。審査員3名の前で、キーボードで弾き語りを、披露し、結果は後日と言う運びになったが、顔色が良い意味でも、変わらなかった審査員の反応に、幡山 日光(はたやま にっこう)は、現実は甘くないか…と思った。だが、それでは、物語としては、それでは、成立しないので、ここは、御約束の王道を行く結果が、幡山 日光(はたやま にっこう)の元に、届くのであった。
オーディション合格の通知が、幡山 日光(はたやま にっこう)の基に届き、CDも何も出ぬままに、とりあえずデビュー、と言う、パッと見、有り難い切符が手に入った。だが、この企画は、売れない歌手1人をデビューさせると言うものではなく、幡山 日光(はたやま にっこう)の他に5名、計6名が、今回のオーディションに通った事を、後日、所属先のプロダクションから、幡山 日光(はたやま にっこう)は、知らされた。
――それで、いきなり、デビューライブ。しかも、商業ビルの屋上でって、いつの時代の話?――
幡山 日光(はたやま にっこう)は、自宅で、デビューライブの企画書を見ながら思った。
――しかも、フリーライブ。まあ、そんなもんか――
観客が見込めないからなんだろうが、来たら来たで、どんな人が?と幡山 日光(はたやま にっこう)は思った。
――2曲演奏と自己紹介がてらのMCで、12分か。ほぼ、歌って終わりって感じか――
よく出来てるな、と、幡山 日光(はたやま にっこう)は、思いながら、渡された楽曲の資料に、目を向けた。
――売れない歌手、なので、特別な指導はなし。とりあえず、形になるように、構成を…ねえ――
事前に1回、ちゃんと準備したかの確認の意味で、曲のリハーサルと流れだけは、確認すると言う話だった。
――先ずは、貰った楽曲出来るようにならないとな――
誰か用につくって、ハネられた曲を活用すると言う企画も、織り込まれていた。無論、歌い手側は、それを選べないので、自分の色が巧く、それにノルと良いな、と幡山 日光(はたやま にっこう)は思いながら、デビューライブ用で行う楽曲の修練に入った。
(終)