やっと桜の花が咲いた。
いよいよ春だ!
と、思ったら、明日は雨、そして気温も低いらしい。
どうしたんだ、今年の天気。
ということで、近頃は「忙しい」ということでブログの更新を怠っていたりする。
本を読んでいないということはないのだが、小説新潮やオール読物の連載ものを読んでいるので、なかなか感想をかけないでいるのである。
そんななか、寝る前にこの「酒のほそ道」を読み返している。
このマンガ、先ずは短いところが良い。
主人公の岩間宗達君が「酒」と「肴」のことしか頭にないようで、徹底しているのが良い。
出てくる酒も肴もとてもうまそうである。
この主人公の宗達君は、兎も角なんでもおいしそうに呑み食べてくれる。
そして呑み食べているときが「幸せ」という顔をしてくれる。
私の「一緒に飲みたくない人」は次のような人である。
・何を呑んでも食べても感動をしない人
・何を呑んでも食べても感動ばかりしている人
・やたら「薀蓄」らしきことを述べるが、いわゆる「知ったかぶり」の人
では、どういう人と呑み食べたいか?
適当に好き嫌いがあって、適当に好奇心のある人である。
そして何より、あまりこだわりのない人である。
「なに?これ食べられないの?こんなにおいしいものを」
とか
「ちょっと、冒険してこれ食べてみようか?」
とか
「さあ呑め!」
なんて会話を交わしながら、呑んで食べるのがいいじゃない。
酒と食の道を究める、といったような、或いは酒はこれでなければ、ビールはこれだ、焼酎は芋でなければならないというような「ならない人」はいやだ。
子母澤寛の「勝海舟」という小説の中で、勝海舟が薩摩の益満休之助に
「今まで食べたもので一番まずかったのはなんだい?」
と聞いたら
「裃(かみしも)をつけていただいた料理」
と答え
「では、一番おいしかったのは?」
と聞いたら
「嬶(かかあ)と二人っきりで食べたお茶漬け」
という部分があり、心に強く残っているのである。
つまり食べるというのは、こういうことだと思うのだ。
私も『お美味んぼ』や『バー・レモンハート』など読み、飲食に関する話は大好きで、そこに出てくるとびっきりのご馳走や高い酒は素晴らしいなあと思うのだけれど、やっぱり『嬶と二人っきりで食べた茶漬け』にはかなわないと思っている。
本書の岩間宗達君も、気の置けない友人たちと一緒に食べたり呑んだりするとき、そして彼女と思わしき「かすみちゃん」と一緒のときが一番いい顔をしているではないか。
ところで、本書は「酒と肴の歳時記」とあるように、物語の最後に「俳句」が登場する。
吉田類の酒場放浪記と同じである。
で、私なのであるが、どうも「俳句」がよくわからないのである。
情景が目に浮かぶ、なんてことはないのである。
どうもクドクドしい説明がないとだめな人、になってしまったようである。
だから、本書を読んでも俳句には全然興味がないため全然読んでいないのである。
というようなことから私、岩間宗達君と酒を呑んでもつまらないのではないかと思っている。
でも、少しはなれたところから彼を見るのは大丈夫。
なので、このマンガにであったら買ってしまうと思う。
だから、読書はやめられない。
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いよいよ春だ!
と、思ったら、明日は雨、そして気温も低いらしい。
どうしたんだ、今年の天気。
ということで、近頃は「忙しい」ということでブログの更新を怠っていたりする。
本を読んでいないということはないのだが、小説新潮やオール読物の連載ものを読んでいるので、なかなか感想をかけないでいるのである。
そんななか、寝る前にこの「酒のほそ道」を読み返している。
このマンガ、先ずは短いところが良い。
主人公の岩間宗達君が「酒」と「肴」のことしか頭にないようで、徹底しているのが良い。
出てくる酒も肴もとてもうまそうである。
この主人公の宗達君は、兎も角なんでもおいしそうに呑み食べてくれる。
そして呑み食べているときが「幸せ」という顔をしてくれる。
私の「一緒に飲みたくない人」は次のような人である。
・何を呑んでも食べても感動をしない人
・何を呑んでも食べても感動ばかりしている人
・やたら「薀蓄」らしきことを述べるが、いわゆる「知ったかぶり」の人
では、どういう人と呑み食べたいか?
適当に好き嫌いがあって、適当に好奇心のある人である。
そして何より、あまりこだわりのない人である。
「なに?これ食べられないの?こんなにおいしいものを」
とか
「ちょっと、冒険してこれ食べてみようか?」
とか
「さあ呑め!」
なんて会話を交わしながら、呑んで食べるのがいいじゃない。
酒と食の道を究める、といったような、或いは酒はこれでなければ、ビールはこれだ、焼酎は芋でなければならないというような「ならない人」はいやだ。
子母澤寛の「勝海舟」という小説の中で、勝海舟が薩摩の益満休之助に
「今まで食べたもので一番まずかったのはなんだい?」
と聞いたら
「裃(かみしも)をつけていただいた料理」
と答え
「では、一番おいしかったのは?」
と聞いたら
「嬶(かかあ)と二人っきりで食べたお茶漬け」
という部分があり、心に強く残っているのである。
つまり食べるというのは、こういうことだと思うのだ。
私も『お美味んぼ』や『バー・レモンハート』など読み、飲食に関する話は大好きで、そこに出てくるとびっきりのご馳走や高い酒は素晴らしいなあと思うのだけれど、やっぱり『嬶と二人っきりで食べた茶漬け』にはかなわないと思っている。
本書の岩間宗達君も、気の置けない友人たちと一緒に食べたり呑んだりするとき、そして彼女と思わしき「かすみちゃん」と一緒のときが一番いい顔をしているではないか。
ところで、本書は「酒と肴の歳時記」とあるように、物語の最後に「俳句」が登場する。
吉田類の酒場放浪記と同じである。
で、私なのであるが、どうも「俳句」がよくわからないのである。
情景が目に浮かぶ、なんてことはないのである。
どうもクドクドしい説明がないとだめな人、になってしまったようである。
だから、本書を読んでも俳句には全然興味がないため全然読んでいないのである。
というようなことから私、岩間宗達君と酒を呑んでもつまらないのではないかと思っている。
でも、少しはなれたところから彼を見るのは大丈夫。
なので、このマンガにであったら買ってしまうと思う。
だから、読書はやめられない。
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