読書日記 嘉壽家堂 アネックス

読んだ本の感想を中心に、ひごろ思っていることをあれこれと綴っています。

この腕がつきるまで 打撃投手、もう一人のエースたちの物語 澤宮優 角川文庫

2011-11-09 23:26:53 | 読んだ
角川文庫 スポーツ部 シリーズ第3弾!
ということである
第3弾にして、やっと「野球」がでてきた。

プロ野球の「打撃投手」にスポットをあてて描いたもの。
2003年に単行本、2011年に文庫本となっている。
だから、基本的には2003年以前の取材が基礎となっている。

構成は、

第1章 打撃投手誕生
第2章 王、長嶋の恋人と呼ばれた男達
第3章 甲子園の怪物だった男たち(現代に生きる打撃投手①)
第4章 ドラフト1位だった男たち(現代に生きる打撃投手②)

となっている。

で、初めて知ったのであるが、「打撃投手」という職業は日本だけのものなのだそうだ。
アメリカも韓国も台湾にもなく、日本のプロ野球だけにあるもの。

最初は、控えの投手とか2軍の投手が打撃投手を務めていた。
稲尾和久や小山正明といって大投手は、打撃投手をしてコントロールや打者の状態を見抜く力を養い、大投手となった。

このあたりは知っていたので、打撃投手をすることは投手としてはいいことだと思っていた。
引退して打撃投手となるのは、コントロールが良くて素直なボールが投げられる人なんだろうと思っていた。

しかし、打撃投手をすることはプロ野球の投手としてはあまりいいことではないらしい。

そのあたりは次の二つの文でよくわかる。

 扇原は投げるコツについてこう語る。
「打撃投手は打者のタイミングに合わせますから、ボールを放す位置、リリースポイントが早くなってしまうのです。でもこれはふつうの投手とはまったく正反対です。試合では打者を打ちづらくするために、ボールをいつまでも深く持って、手放す瞬間を遅くするするんです」
 打撃投手として合格点のボールは、現役の投手としては、もはや通用しないボールを投げることを意味した。
(中略)
「関本は頭が良かったんだ。打撃投手をやれば投手として駄目になることを知っていたから、わざと荒れたボールを投げていた。いい球ばかり投げていると、打撃投手をさせられるからね。僕も気がついたんだけど、もう遅かった」

「打撃投手ばかりやっていると、球は素直になってコントロールもつくけど、ボールに伸びがなくなってしまうんだね。言ってみれば死んだボールということだから。僕も一軍で投げていたからその違いが分かるんだ」


基本的に投手とは、打者に打たせないようにどうするかを考え練習し投げているわけだから、打撃投手としていかに気持ちよく打たせるか、なんてのは180度違う発想なわけである。

いい球だけを投げていると、の「いい球」というのは生きた球である。
だけど打撃投手は「死んだ球」を投げなければいけない。

そのあたりの心の葛藤が、多くの打撃投手に取材することによってわかってくる。

打撃投手には、甲子園で活躍したりプロで活躍した投手もいる。
その人たちの心の葛藤はなお大きい。

たとえば、南海ホークスでエースと言われた「藤本修二」(愛称にゃんこ)こう言う。

「現役通じて言えることやけど、ピッチャーで一番難しいのは、ストライクを投げることなんですわ。その同じ苦しみを引きずっている感じやね」

いいコトバだなあと思う。

著者は藤本を現役時代から知っており、打撃投手として仕事をしている藤本を見て思う。

 器用に投げようとするほど、左手が我慢できずに突き出され、懸命に伸びようとしていた。幾度も出ようとする左手、それを意識の力で懸命に押し戻している。打撃投手として生きるという「理性」と投手としての藤本の根底にある「本能」が葛藤し、戦っていた。
 彼は打撃投手として生きるべく過去の栄光のフォームを完全に捨てた。
 そこに長い年月を掛けた苦悶があったことは、毎回投げる際に、中途半端に突き出した左腕が証明していた。そこにのみ、栄光のフォームの残滓が見られたからである。


投手としての本能と打撃投手としての理性。
いいところを見ていると思う。

打撃投手の一番の喜びは、打撃投手を務めた相手が試合で打つことだ。
そして、打撃投手は、バッティングもよく分かるようになる。

「時代が時代やから、僕らのやり方を当てはめても仕方ないけど、皆が皆友だちになりすぎているという感じがするな。今の子は、ちょっとボールが当たってもすぐ休むしね」
 彼は口にこそ出さないが、常時一軍で活躍する選手と二軍暮らしの続く選手との違いを、長年の打撃投手としての経験から見分けることができた。打撃練習で水谷がボールなのかストライクなのかきわどいコースに投げても、一軍の選手は意に介することなく平然とバットを出してうまくミートし、鋭い当たりを飛ばす。逆に、二軍の選手は手を出そうとせずに見送るか、バットを出したとしても、空振りか当たりそこないのファウルチップを続けてしまう。ストライクの球ばかり打ちたがるのが二軍選手の特徴だが、それはボール気味のコースを上手く打てる能力がないことを示している。そこに、一軍と二軍の技術的な大きな差があると彼は指摘する。
「本人としては見逃したつもりなんやろうけど、実際は手が出ないというのが本音やろうね。一軍の選手はクソボールでもきれいに打てる。やっぱりちがうなと思うね。練習ではどんな球でも打たんと進歩はないからね」


打撃投手という、いわば日のあたらないところの人にスポットを当てるだけでなく、こういう言葉を引き出せたのはすごい。

やっぱり野球って面白いなあと思った一冊であった。

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