14年ぶり資金流出
2017/5/7 8:36 日経朝刊
個人の代表的な資産運用商品である投資信託がパッタリと売れなくなった。2016年度は14年ぶりに解約と償還額が購入額を上回る資金流出を記録した。主因は圧倒的な人気を誇った「毎月分配型」の急ブレーキだ。長期で資産を形成する投信を増やしたい金融庁と売れる商品を提案できない金融機関のはざまで、行き場を失った個人マネーがさまよっている。
「消費者の真の利益を顧みない生産者の論理が横行している。そんなビジネスを続ける社会的な価値があるのか」。先月、日本証券アナリスト協会が都内で開いた資産運用のセミナーで、金融庁の森信親長官は強い口調で投信業界への批判を展開した。多くの証券関係者が集まった会場は水を打ったように静まり返った。
金融庁が目指すのは投信市場の正常化だ。長期で資産を増やす投信本来の役割を期待している。
批判の矢面に立つのが運用益の一部を投資家に月々支払う毎月分配型の投信だ。森長官は「顧客本位ではない商品」と断じた。
■6000本乱立し選べず
投信は株や債券などに投資して得られた利益を再び投資に回して資産を増やしていく。この「複利効果」は長期運用の最大の利点だ。利回り5%で運用した場合、資産を2倍に増やすのに単利なら20年かかるが複利なら15年だ。
運用益を払い戻せば複利効果が得られにくくなる。しかも世界的な低金利で運用難に直面し、分配金に投資家が払い込んだ元本を充てるファンドは多い。分配金が全て元本の投信さえある。投資家が毎月得る分配金の一部は運用益ではなく自分たちが払ったお金だ。
投信販売の現場には自粛ムードが広がる。「お上の方針には逆らえない」。ある証券会社の営業幹部は、昨年から毎月分配型の販売を控えていると打ち明ける。
問題は毎月分配型が最大の売れ筋商品だったことにある。QUICK資産運用研究所の調べでは10年度は新規設定ファンドの購入額の37%を毎月分配型が占めた。16年度に2%まで減ると投信市場は失速した。公募投信(ETF、MRF、MMFを除く)の購入額は22.6兆円と前の年度より38%も減り0.8兆円が投信市場から流出した。行き場のない資金は証券会社や銀行の口座で眠っている。
投信全体の販売額すら左右する毎月分配型。なぜこれほど個人に人気があるのか。
神奈川県の40代の主婦は「分配金は精神安定剤。毎月ちゃんと出ていれば安心できる」という。京都市の60代の主婦も「投信は基準価額の変動が大きすぎて心配。元本割れしたとしても毎月分配型以外は買わない」と話す。個人は長期運用に不安を抱いている。
アベノミクス相場に沸いた日本株だが今の日経平均株価は1万9000円台半ばだ。過去最高値圏にある米国株と異なりバブル期の最高値3万8915円に遠く及ばない。長期運用に自信が持てなければ投資の果実をこまめに現金化するのが合理的に映ってもおかしくない。毎月分配型はデフレ経済に慣れきった日本人の不安心理に見事に合致した商品だった。
都内在住の20代の男性会社員は投資に興味を持ち様々な種類の投信を試していたが、ある日購入をやめた。「数が多すぎて選ぶのが面倒くさくなった」からだ。
日本で売られている公募投信は今や約6000本に上る。10年前の2倍だ。上場企業は4000社弱なので投信は個別株の1.5倍の選択肢がある。フィンテック、AI(人工知能)、トランプ氏。投信業界は旬の投資テーマを探しては新商品を投入してきた。
■金融知識は必須に
国内の大手運用会社は大半が金融グループに属する。販売を担う証券会社や銀行の声を無視できず売りやすい商品を優先してきた。三井住友アセットマネジメントの長尾誠取締役は「他の業界は消費者の嗜好に合わせようと必死で考えているのに」と自戒する。
日本の投信といえども海外の株や債券、不動産投資信託(REIT)などに幅広く投資している。日本株への不信感があるなら海外資産の投信を選べばいいが、乱立する投信は複雑で分かりにくい金融商品の代表格になってしまった。欲しい商品を探すには一定の金融知識を得る努力が不可欠だ。
米国ではバンガード・グループの長期運用に適した低コスト投信が400兆円を超える投資マネーを集める。個人の金融資産に投信が占める比率は米国が約11%、欧州が約9%なのに対し日本は5%だ。資産を増やすツールとして十分に機能しているとは言い難い。
毎月分配型の販売自粛があぶり出したのは根深い投信不信だった。投信業界は新たなマネーの受け皿を見つけられていない。個人が手軽に資産形成に取り組める「正常な市場」はいつ実現するのだろうか。
(嶋田有、野村優子)