小島慶子
「五輪で強調すべきは、民族の美点ではなくて国際都市の豊かさではないの?」
2018/09/08
タレントでエッセイストの小島慶子さんが「AERA」で連載する「幸複のススメ!」をお届けします。多くの原稿を抱え、夫と息子たちが住むオーストラリアと、仕事のある日本とを往復する小島さん。日々の暮らしの中から生まれる思いを綴ります。
小島慶子(こじま・けいこ)/タレント、エッセイスト。1972年生まれ。家族のいるオーストラリアと日本との往復の日々。近著に小説『ホライズン』(文藝春秋)。最新刊は『るるらいらい 日豪往復出稼ぎ日記』(講談社)
前号では、東京オリンピックのボランティアがネットで言われているような日本独自の国家総動員体制なのか調べてみたら、ロンドンでもリオでも平昌でも大量に募集していたことがわかりました。だけど、オリパラ組織委員会のボランティア戦略(サイトで公開)を読んでいると、どうもモヤモヤします。
東京五輪の大会ビジョンは「全員が自己ベスト・多様性と調和・未来への継承」なんだとか。で「都民・国民一人ひとりに大会成功の担い手になってもらうことが必要不可欠であり、その中でも『ボランティア』活動への参加は(中略)、他では決して得られない感動を体験する貴重な機会となる」とあります。そして「ボランティア一人ひとりが『おもてなしの心』や『責任感』など、日本人の強みを活かした活動を行うことが大会の成功の重要な要素となる」のだと。
日本人の強みを生かした活動? ボランティアは「年齢、性別、国籍、障がいの有無等にかかわらず様々な人々が」活躍できるようにすると謳っているのに。応募するのは何も日本人とは決まってないぞ。外国から参加する人もいるし(リオでは2割が国外から)、日本在住の外国人でボランティアをしたい人もいるはず。世界有数の大都市で開くオリンピックで強調するべきは、民族の美点ではなくて国際都市の豊かさではないの? 訪日外国人へのおもてなしばかりが強調されているけど日本には、すでにたくさんの外国人が暮らしています。日本人らしさに酔うよりも、いろんな仲間がいることを大事にしたほうがいいのでは。それが多様性と調和、ってことではないんでしょうか。
オリンピックを機にボランティア休暇を取りやすくしたりして、日本にボランティア活動を根付かせようというのはいい試みだと思います。だけど、日本人らしさとかボランティア美談みたいなもので動員しようとしないでほしい。無理せず、ボランタリー(自発的)に、楽しんでやればいい。感動的でなくたって、助け合いはできますから。
※AERA 2018年9月10日号
「組織的」・「強制的」な動員では「ボランティア」とは呼べないだろう。自ら参加したくなるような企画こそである。「日本人の強みを生かした活動」=「根性論」にならないように願いたい。さらに、こんなに「災害」に見舞われている中で、まず「国民の生命と財産を守る」立場を鮮明にしてほしいものだ。
宅急便も災害の被害が大きかったところを除いてほぼ正常に戻ったようです。
ミニトマト
生食カボチャ―コリンキー・ズッキーニ
春菊とスベリヒユ、アイコ
オカワカメ