Imidas連載コラム 2020/12/01
ハリウッドの映画プロデューサー、ハーヴェイ・ワインスタインのセクハラ問題が大きく報じられたのは2017年。その直後、「#MeToo」のうねりが爆発的に世界に広まり、これまで沈黙を強いられてきた女性たちが被害を語り始めた。同年、伊藤詩織さんが元TBS記者の山口敬之氏による性暴力を告発。翌18年は財務省事務次官の女性記者へのセクハラが注目を集め、写真家のアラーキーこと荒木経惟氏がモデルの女性に告発された。
18年8月には東京医科大学で女子受験者が一律減点されていたことが明らかになり、年末、著名なジャーナリストである広河隆一氏が続けてきた性暴力が大きく報道された。その翌年の19年は『SPA!』(扶桑社)の「ヤレる女子大生ランキング」が批判を受け、4月、性暴力への無罪判決が続いたことに対して初の「フラワーデモ」が開催される。
最近では幻冬舎社員、箕輪厚介氏のセクハラ報道が記憶に新しい。
これらは氷山の一角だと思う。実際、私の周りでは「次はあの人では」なんて話がゴロゴロある。出版やメディアの世界でもセクハラは当然はびこり、複数の知人が同じ男性から全く同じ被害に遭っていたりする。その男性は今も普通にテレビに出ているが、内心ヒヤヒヤしているだろう。
さて、そんなことを書いたのは、2020年11月13日、2人の女性が裁判を起こしたことを知ったからだ。裁判を起こしたのは鈴木朝子さんと木村倫さん(両者とも仮名)。報道などによると、2人は同じ男性に被害に遭っていた。その男性は社会福祉法人の理事であり、内閣府の障害者政策委員をつとめ、18年には障害者自立更生等厚生労働大臣表彰を受賞した北岡賢剛氏(62歳)。鈴木さんは北岡氏が理事長をつとめる社会福祉法人「グロー」で働いており(現在は退職)、木村さんは北岡氏が9月まで理事をつとめていた福祉法人「愛成会」の女性幹部。どちらの法人も、障害者アートの振興に取り組んでいた。一体、何があったのか。
「仕事の関係者との懇親会で北岡氏に頻繁にお酒を勧められ、ひどく酔いました。目が覚めるとベッドの上に寝かされていて、上半身は服を脱がされていました。その日は生理で生理用のショーツをはいていたため、北岡氏は性行為に及ぶことを諦めたのだと思い、同時に下半身を覗かれたのだと思いました。目が覚めた時には北岡氏は下着姿でイビキをかいて寝ていました。あまりのことに動揺し、すぐにその場から逃げました」
「それから半年以上、北岡氏は仕事関係の人に『木村さんはいい胸をしている』と言いふらしました」
この言葉は提訴から3日後、オンライン記者会見で被害女性の一人、木村さんが述べたものだ。ここで「『愛成会』と『グロー』の性暴力とパワハラ被害者を支える会」の記者会見資料も参照しながら、それぞれの被害について触れたい。
木村さんは07年から愛成会で働き始め、10年以上にわたって被害に遭ってきたという。
移動の際、タクシーに同乗するとお尻を触ってくる。「やめてください」と手を払いのけるとその手を握ってくる。12年には、前述した「酔わされて上半身裸にされる」事件が起きる。その後も北岡氏は下ネタ発言をしたり、女性職員にマッサージを強要するなどさまざまなハラスメントを繰り返す。幹部に再三相談したが、「北岡氏が絶対だから」などと言われるばかり。北岡氏自身、「真面目なことをしたら不真面目な言動をしないと気持ちを真ん中に戻せない」とよく口にしており、男性幹部もその言い分に同調していたという。それだけではない。北岡氏に逆らうと、仕事上必要な打ち合わせから外されるなどのパワハラがあったという。
鈴木さんは12年からグローで働き始め、19年8月に退社。北岡氏からのセクハラは働き始めて半年後には始まっていた。「ホテルに来ないか」と誘われたり、ショートメールで「好きだ」と言われたり。嫌だったが、仕事を続けるために「慣れなければ」という思いがあったという。
そうして14年、「事件」は起きる。東京出張の際、北岡氏のホテルの部屋で他の職員も参加する「部屋飲み」が開催された。この部屋飲み、出張の定番だったようで、参加しないと何度も連絡が来るなど断れない雰囲気のものだという。そんな部屋飲みが終わり、それぞれが部屋に戻る時、北岡氏は鈴木さんに仕事の話があるから残るように声をかけた。最初は「職業人としてどう生きるか」など話していたものの、突然抱きつき、押し倒されたという。その後、ブラジャーを下げられて胸を舐められ、性器に指を入れられた。慌てて布団でガードすると、上から抱きついてきたという。必死で堪えていると、イビキが聞こえてきて、なんとか逃れたという。
その後、北岡氏は鈴木さんに「合意の上だよね」「墓場まで持って行ってね」と口止めのようなことを要求する。しかし、翌年の東京出張の際、北岡氏はまたしても部屋飲みの後に鈴木さんを「仕事の話がある」と引き止める。
「私も帰ります」と言ったものの、「仕事の話をするんだよ」と理事長に言われれば従うしかない。が、北岡氏は鈴木さんにキス。怒った鈴木さんが部屋に戻ろうとすると、追いかけてきた北岡氏が鈴木さんの部屋に飛び込んでベッドにダイブ。廊下に出て無視し続けると、やっと部屋に戻ったという。
あまりの下劣さに、ただただ言葉を失う。
2人はこんな上司のハラスメントに晒され、不眠になったりPTSDと診断されたりしている。鈴木さんは退職を余儀なくされ、木村さんも法人内での立場を脅かされている。
会見の最後に「なぜ訴えたか」と話した2人は、ともに仕事への情熱を語った。
鈴木さんは、福祉と障害者の芸術文化をつなぐ仕事が大好きだったという。だからこそ、「自分が我慢すればここで働ける」と耐えてきた。
「ただ、普通に働きたかっただけなのに、なぜそれができなかったのか」
そう悔しそうに話した彼女は「絶対王政」の中、10年以上被害者をつくってきた北岡氏の性暴力とハラスメントを批判するため提訴したという。
木村さんは、「なぜ10年も耐えたのか」についても触れた。10年前はハラスメントに対する社会の目も緩く、多少は仕方ないという空気もあった。周りの友人たちも同じような環境におり、転職しても逃げ場がないと思っていたという。しかし、MeToo運動が始まり、性暴力は尊厳を傷付けるものと受け止められるようになってきた。力関係が生み出す構造的な暴力をなくし、誰もが安心して働くことができるようになるため提訴したという。
まずは声を上げてくれた2人の勇気に拍手を送りたい。
同時に思うのは、被害者は他にもいるのではないかということだ。
2人とも、出張先のホテルで決定的な被害を受けているわけだが、おそらく北岡氏にはこの手口での「成功体験」があったのだろう。
部下を泥酔させ、あるいは部屋に無理やり残して襲い、口止めをして「なかったこと」にする。この分野で働き続けたい人間であれば、自分に逆らうことは「社会的な死」を意味することまで熟知していただろう。
被害後のことについて、鈴木さんは「激しく動揺した」が、出張中だったのでその後は必死で「いつも通り振る舞った」という。木村さんは「その日は一日中、部屋で呆然とした」と語った。弁護士はホテルでの行為について「準強制わいせつ」と指摘した。どう考えても、逮捕されて当然のことだと思う。しかし、彼はその後も障害福祉の分野で「活躍」し続けた。
作家のアルテイシアさんは、『仕事の話じゃないのかよ「君は才能があるから…」を素直に受け取れない理由 』という原稿で、立場が上の男性からの誘いについて、以下のように書いている。
〈そもそも、まともな上司であれば「断りづらいだろう」と配慮して、異性の部下を部屋に誘ったりはしない。上下関係を利用して誘ってくること自体がセクハラなのだ。女友達は大学生の時、40代のゼミの教授から口説かれて、旅行に誘われたりしたという。「信頼して尊敬していた先生だったから、すごくショックだった」「当時はそれがセクハラだと気づかなかった」と振り返る彼女。若い女子は「お父さんみたいな年齢のおじさんが、自分を恋愛対象や性対象として見ないだろう」と思う。一方、仕事や学問上の信頼や尊敬を「恋愛感情」と錯覚するおじさんは案外多い。自己評価が高すぎて眩暈がするが、世の女性たちは注意してほしい〉
本当にまったくもってその通りで、障害者アートの世界の第一人者であり、厚生労働省や政治家たちとも太いパイプを持っていたという北岡氏を尊敬する従業員は多かったはずだ。しかし、それは恋愛感情ではない。なのに、一部のおじさんは「あなたの仕事を尊敬しています」を、なぜか「抱いて」に変換してしまう。完全に認知が歪みまくっているのだが、本人だけは気付かない。
私が初めて「尊敬」を捻じ曲げて受け取られた時の衝撃は、今も覚えている。それは18歳の時。当時の私は人形作家を目指し、教室に通いながらいろんな展覧会に足を運んでいた。そんな中、何かの展覧会で出会った画家だというお爺さん(別に有名ではない)が「今度個展をする」とハガキをくれた。「展覧会」などなく、展と名のつく催しなど文化センター前のトラクター展示会くらいしかない北海道の田舎から出てきた私はその個展に足を運んだ。個展とかする人ってすごい、という素朴な尊敬があった。
画家は「来てくれたんですか!」とひどく感激し、私を会場にいた爺友たちに紹介した。普通に楽しい時間だったのだが、後日、画家から届いたお礼状には、「あなたのような若い女性が来てくれて、あの後、仲を勘ぐられ、友人たちに散々冷やかされました」と書いてあった。
「はああああ?」
顎が外れる勢いで言った。尊敬は一気に吹き飛び、画家は「薄汚い勘違いジジイ」に一瞬で変わった。
ここで男性の方々に問いたい。
もしあなたが画家とかを目指していて、たまたま知り合った自分の祖母くらいの画家の女性の個展に行ったら後日、「友人たちから冷やかされちゃった」なんて浮かれた手紙が届いたら。「何言ってんだこのババア」って思うでしょ? そういうことなのだ。それなのに、勘違いしたまま暴走する人が一部いる。私の場合は手紙だけで終わったが、もし職場にこんな勘違い男がいたらと思うとゾッとする。しかも、それがどうしても続けたい仕事で、相手がその世界で莫大な力を持つ人間だったら。
障害者福祉という、「弱者」を守るはずの現場で続いてきた性暴力。提訴された本人はどの報道を見ても取材に応じず、窓口となっている人間は「係争中のため答えられない」の一点張りだ。
これから始まる裁判を、注目していきたい。
今朝、住まいの方には除雪車が入りましたが、江部乙の方には来ませんでした。以下、江部乙のようすです。
(菜の花)春に咲くはずなのに