里の家ファーム

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自然の中に身を置いてみませんか?

北原みのり おんなの話はありがたい 性被害者の訴えはどこに フラワーデモで見つめ直す、性加害者の「常識」で確定された無罪判決

2022年04月15日 | 事件

AERAdot 2022/04/13

 2019年3月に連続して起きた性暴力無罪判決に抗議するために始まったフラワーデモが、4回目の春を迎えた。花をもって被害者に寄り添い、性加害を告発し、性暴力に抗議しつづけてきたデモは、今回、44都市31都道府県+ロンドンで行われた。フラワーデモの始まりの場となった東京駅の行幸通りには50人ほどが集まった。

 連続した4件の無罪判決のうち、一審で無罪が確定してしまった事件について語ってくれた人がいた(他の3件は全て逆転有罪が確定した)。フラワーデモを語るとき、「無罪判決が逆転有罪になった」と強調してしまうことがあるが、そう語るたびに、一審で無罪が確定してしまった事件への悔しさが募るような気分になる。私自身、フラワーデモを続けるなかで、この事件のことはずっと頭の片隅にあった。あまりにもひどい判決内容(それは他の一審判決全てに共通することだが)だったこと、そしてこの一件だけが、裁判員裁判で行われたからだ。

 無罪が確定した事件は静岡県でおきた。深夜、支払いを済ませるためにコンビニに行った20代の女性が初対面の男性に声をかけられ、帰宅途中で被害にあった。裁判では女性が同意をしていないことが認められていた。身長が男よりも20センチ低く、体重も半分に近いほど体格差があったことから、頭が真っ白になり抵抗を諦めたことも認められている。それでも無罪になってしまったのは、男側の言い分が全て認められたからだ。

 男が見ている世界はひたすら自己中心的なものだった。女性は大声を出したり暴れたりなど強く抵抗したわけでもなかった、口にキスを求めたら嫌がったが頬にキスを求めたらすぐにしてきたのは彼女のほうからだった、無理やり口をあけさせたときに痛がってはいたが求めには応じた……。判決は男側の言い分に優しく寄り添ったものだった。「いわゆるナンパをした女性に対し、相手の反応をうかがいながら、徐々に行動をエスカレートした」とし、男が彼女が同意していなかったことを理解するには「常識に照らして疑問が残る」としたのだった。

 2019年3月に連続した無罪判決のうち、この事件だけが、女性がけがを負ったこともあり傷害事件とされ、裁判員裁判だった。つまり無作為で選ばれた一般人の「常識」が、この判決を導いたのだ。

 フラワーデモでこの事件について話してくれた人は、「常識」とは何だろう、と怒りを込めた静かな口調で言った。深夜、初めて出会った女性に対し自分の都合の良いように解釈しながら性的なことを強いる「常識」とは何だろう。「今すぐに射精したいから俺のために何かしろ」と聞くこともなく(実際に彼がしたのはそういうことだ)、相手の同意を得るような努力も一切せずに(たずねたら断られるのが分かるからだろう)、ただ怖がらせ、相手をフリーズさせ、戸惑わせ、判断力を失っているなかで性的なことを一方的に相手に強いることが、「常識」なのだろうか。

 フラワーデモでは、多くの性被害者が声をあげてきた。性加害者のほとんどが成人男性であり、性被害者のほとんどが子どもと女性である。筋力ではかなわず、社会的な地位や信頼も加害者のほうがある。さらに男性の性に過剰に寛容な文化のなかで、被害者の声がまともに聞かれることは長い間なかった。#MeToo運動とは、そんな「加害者の常識」を、被害者側からみる世界を語ることによって、「被害者の常識」を、「常識」にしようという運動である。

 静岡の事件は、被害者の常識からすれば、まるで違う世界になる。

 深夜のコンビニでいきなり知らない男から声をかけられた。しつこく名前や電話番号を聞き、ついてこようとする。家が知られるのはイヤだから、適当に名前を言って、適当に電話番号を渡せばきっと帰れるだろう。ところが名前を言っても電話番号を教えてもつきまといは終わらない。話をしようと言われ、断ると怖いという思いから仕方ないと諦める。触られて気持ち悪いが、大きな声を出したりしたら何をされるか分からないから黙る。怖くて頭が真っ白になり、逃げ出したいが、自分よりも大きな男に抵抗したら何をされるか分からない。だから全て従い、その時間が過ぎるのを待つ。

「相手の反応をみながらエスカレートさせた」と裁判員たちは判断したが、女性は一度も同意などしていない。ずっと固まっていただけである。それは生きて家に帰るために、明日も生きていくために必要な行為だった。性暴行の末、殺される女性のニュースを私たちはいくつ知っているだろうか。「抵抗したから殺した」と言う犯人の言い分を、私たちはいくつ聞いてきたことだろうか。夜中に知らない男から声をかけられる恐怖、つきまとわれる恐怖を味わったことのない人の考える「常識」が、性暴力を再生産させ続けているのだ。

 被害を受けた女性が取った行為は全て立派だった。自分を守り抜き、きっとすごく怖かったと思うが警察に行き相談し、裁判を最後までがんばった。そういう被害者の訴えを「加害者の常識」に照らして判断することの過ちは繰り返すべきではないのだと思う。

 フラワーデモは4年目になる。デモを終えた行幸通りで、帰りがたい気持ちで残った人たちと話した。「がんばったよね」「私たちえらいよね」、そんなふうに言い合いながら、社会の「常識の壁」に、被害者が怯えない夜を諦めたくないと強く思う。


今日も天氣は良いのだが、空気が冷たい。今朝も氷点下。

サクランボの木が倒れ折れてしまった。

カタクリは明日咲くかな?


札幌五輪まさかの「反対多数」に“ぼったくり”IOCバッハ会長真っ青!地元メディア調査の衝撃結果

2022年04月14日 | 社会・経済

日刊ゲンダイデジタル 2022/04/14

 衝撃の調査結果だった。北海道新聞が13日、札幌市が目指す2030年冬季五輪・パラリンピック招致について、市民を対象に実施した世論調査の結果を報じた。「賛成」と答えた人は1年前の前回調査比6ポイント減の42%で、「反対」は同7ポイント増の57%。市が3月2日から約2週間、行った意向調査では、賛成が過半数で反対は半数未満だったのに、真逆の結果が出たのだ。

■市のアンケートは「賛成過半数」に誘導?

 実は、市の意向調査は「賛成多数」に誘導したいからなのか、いささかズルいやり方だった。

「市は『調査票の郵送』『インターネット』『街頭』の3パターンで調査したのですが、街頭で答えた人には、1972年札幌五輪から50周年を記念したオリジナルバッジやステッカーを贈呈していました。対面の意向調査でグッズまでもらって『反対』とキッパリ答える人はそう多くないでしょう。また、郵送調査では〈100年後も世界に誇れるSAPPOROであり続けるために〉など“キレイゴト”が書かれたパンフレットを同封。少しでもいい結果が出るように市職員は頭をひねっていました」(地元関係者)

IOCは“札幌一択”

 つまり、市への“忖度”が不要な分、北海道新聞の調査の方がより正確に民意が反映されている可能性があるわけだ。本当の市民の関心事は、五輪より「雪害」だという。

「今冬の大雪は災害級で、電車やバスが度々ストップ。市役所には『五輪より除雪を何とかしろ!』と怒りの電話が連日かかってきたといいます。30年冬が、もし今年並みの大雪なら開催自体も危ういのではないか。選手や関係者の移動手段が確保できない恐れがあります」(地元関係者)

 主催者のIOC(国際オリンピック委員会)は、開催地選考で「住民の支持の高さ」を重視している。世論調査がこんな結果では札幌開催は諦めるしかないのではないか。

「招致レースにはカナダのバンクーバーや米国のソルトレークシティーなどが参加していますが、札幌以外の都市は財政不足や、会場が市街地から遠いといった問題を抱えている。だから、IOCは“札幌一択”状態。ただでさえ手を挙げる都市が少なくなっている中、札幌を諦めるなどとても無理です。今ごろ、大慌てでしょう。来年5~6月のIOC総会で正式決定されるまでの間に、札幌市に機運醸成に向けた手を打つよう働きかけるのではないか」(大会関係者)

 コロナ禍で世界中が苦しんだ昨年夏、東京五輪を強行したことでIOCのバッハ会長は「ぼったくり男爵」とまで呼ばれた。北海道新聞の世論調査では反対理由として「IOCが信用できない」という意見もあった。「もうぼったくられるのはイヤ」と考えている札幌市民が多いに違いない。


まさに!他にやるべきこと山積み!そんなことしてる場合か!パンデミック・戦争をおわらせよ!温暖化対策は!

園地のようす。

今日の散歩道。


菜の花畑

 

 


雨宮処凛がゆく!コロナ禍、3年目 困窮者支援の現場の声。

2022年04月13日 | 生活

2022年4月13日 マガジン9 (maga9.jp)

 

 4月9日、耳を疑うニュースが飛び込んできた。

 2020年11月、渋谷のバス停にいた女性に暴行して死亡させた48歳の男性が、遺体で発見されたというのだ。

 男性は自宅近くの路上で発見され、飛び降り自殺とみられているという。

 保釈中だったという男性が、なぜ……。しばし言葉を失った。裁判は5月17日から始まる予定だったという。これで真相が解明される機会は永遠に失われてしまったと思うと、ただただ無念さに襲われる。

 そんなニュースを知った翌日の4月10日、「反貧困ネットワーク」(私は同団体の世話人)の全国集会が開催された。

 今年のテーマは「コロナ禍、3年目 生きさせろ」。

    反貧困ネットワークが呼びかけて2020年3月に結成された「新型コロナ災害緊急アクション」には、この2年間、連日「所持金ゼロ円」「何日も食べてない」「アパートを追い出されてホームレスになった」などのSOSが届き続けている。

 この日、最初に報告したのは反貧困ネットワーク事務局長の瀬戸大作さん。2年間、連日駆けつけ支援とその後の生活保護申請などに奔走している瀬戸さんによると、これまでのべ2900人に対し、緊急宿泊費などとして8000万円以上を給付してきたという。住まいがない人が多いので、とにかくその晩の宿代や食費だ。多くの人が後日、生活保護申請をする。この給付の原資は「緊急ささえあい基金」に寄せられたカンパ。これまで約1億6000万円が集まり、多くの命を支えてきた。

 SOSを求める人たちについてのデータも紹介された。2年間の相談メールを分析すると、60%以上が10〜30代。83%はすでに住まいを失っていて、50%が野宿。33%がネットカフェ。携帯が止まっている人の比率は50%。そんな中、コンビニなどのフリーWiFiが命綱となっているのだが、この年度末にはセブンイレブンの無料WiFiサービスが終了したそうだ。

 一方、最近では女性からのSOSが増えているという。

 コロナ禍から2年以上経っても状況がちっとも改善しない中、「行政に相談しても追い返された」という相談も変わらず多い。追い返すだけでなく、生活保護を申請しても、決定まで時間がかかりすぎるケースも散見される。瀬戸さんは、昨年クリスマスに寄せられた悲鳴のようなSOSを紹介した。

 「2人の子どもがいる母子家庭です。8円しかなくてもう何もできず、もう生活できません。灯油がなくなってしまいます…トイレットペーパーも買えません。…電話が止められてしまいます。…ちゃんと身分証を見せますので、どうか現金を貸していただけませんでしょうか」

 この女性は12月初旬に生活保護を申請していたものの、福祉事務所は「保護決定まで1ヶ月かかるかもしれない」と答えていたそうだ。本来であれば、生活保護は申請から2週間以内に決定されることになっている。が、彼女はそれを知らず(ほとんどの人が知らない)、じっと耐えて待っていたのだろう。しかし、そのうちにも残金はどんどん減っていく。そのまま役所の返事を待ち続けていたら、親子ともども年を越せたかもわからない。

 そんな生活保護を利用する人は、コロナ禍だというのにそれほど増えてはいない。例えば2020年の申請件数は前年比2.3%増。21年の申請件数は前年比5.1%増にまでなったが、それでも、国の特例貸付を借りる人が何十倍にも増えていることを思えば微増である。

 ではなぜ増えないのかと言えば、忌避感を持つ人が多い一方で、役所に行っても「若いから働ける」と追い返された、「決定まで1ヶ月かかる」などと言われて申請を諦めさせられた、なんて話もよく耳にする。このような水際作戦が未だに横行しているからこそ、新規申請件数が伸びないのだろう。本当は、コロナ前の2倍3倍になっていてもおかしくないくらいなのに。

 さて、コロナ禍で困窮を極めている層として忘れてはいけないのが外国人だ。

 先ほど、これまでに寄付金から8000万円以上を給付していることに触れたが、その7割を占めるのが外国人。特に仮放免の人たちが厳しい。

 仮放免の状態だと、入管の収容施設の外で生活できるものの、日本での在留資格が認められていない。よって働くことができず、健康保険にも入れず、また都道府県を超えた移動をするには「旅行許可」が必要となるという状態だ。

 この日は、北関東医療相談会の長澤正隆さんが登壇。仮放免者の生活実態を調査した結果を報告してくれた。

 そこから見えてくるのは、とても生きていけないような実態だ。

 例えば生活状況。「苦しい」「とても苦しい」を合わせると89%。また、16%の人が1日1食の生活をしており、40%が家賃滞納あり。35%がガス光熱水費の滞納あり。経済的理由によって医療機関を受診できない人は84%にものぼり、実に70%が「年収ゼロ円」だ。

 しかし、それでも日本の福祉の対象にはならず、生活保護を利用することもできない。

 そんな実態が紹介されたあと、現在、まさに仮放免の状態にある男性が登壇した。

 名前はミョーチョーチョーさん。85年生まれの彼は、「世界でもっとも迫害された民族」と言われるロヒンギャ。2006年にミャンマーから来日し、これまで3度、難民申請してきたもののいまだ認められておらず、9年間にわたって仮放免の状態だ。

 働けず、よって収入を得られず、保険証もなく、住んでいる埼玉から出る時にはいちいち旅行許可をとらなければならない。定期的に入管に行き、そのたびに「今日収容されるのでは」という恐怖に怯える。

 ミャンマーに戻ることは、命の危険を意味する。しかし、日本政府は難民と認めない。

 そんな彼は、嗚咽まじりに言った。

 「平和な国で、平和でない人生になっています。本当に人生が、将来が見えないです」

 彼の父親は今年2月、亡くなったという。

 「ショックでした。こんなにいい国にいるのに、何もできない。働けたらお父さんの治療費を送れたのに、仮放免だからできない」

 そうして彼は、日本政府のウクライナ避難民受け入れについても触れた。

 「ウクライナの避難民だけでなく、日本にすでにいる同じ状況の人への在留資格も認めてほしい。平和な国で、頑張って生きていきたい。まじめに仕事をし、税金をおさめてこの国に役に立つ人になりたい」

 彼が望むのは、シンプルだ。そして本当に最低限のことだ。働きたい。医療を受けたい。人間らしい生活がしたい。

 それなのに、ずっと人権ゼロのような状況に置かれている。

 コロナ以前、外国人の間では、同郷の人々のコミュニティでの助け合いがあったという。在留資格があって働ける人が働けない人々を支えるという構図だ。しかし、コロナでそれも厳しくなった。

    コロナ禍、3年目。

 止まないどころか深刻度を増すSOSの声。そんな中、始まった戦争。ウクライナでもロシアでも、戦争によって膨大に貧困層が生み出されるという予想がある。一方、値上がりラッシュに加えての戦争で、私たちの生活への影響もどんどん大きくなっていくだろう。

 そんな集会直前、知人から、犬連れの人が住まいを失いそう、なんとかしてほしいという相談が寄せられた。

 国の対策の大元がザルだから、こうして常にSOSがあちこちから上がる。働く人が守られていないからすぐに切られ、そうなった時に迅速に機能するはずのセーフティネットが機能不全だから、次から次にホームレス化に晒される人が生み出されてしまう。先ほど、8000万円以上給付していることを書いたが、この異常さを、為政者たちに本気で受け止めてほしい。

 まさか2年以上も「野戦病院」のような状態が続くなんて、一体誰が予想しただろう。

 当事者も支援者も疲弊している。私自身、政治の無策に腹を立てることにも疲れ始めている。

 このまま民間が支援をやめてしまったら、いったいどんなことになるのだろう? 最近、そんなことをふと考える。


ハウスにビニールを掛けました。


沼の氷も全て融けました。小さなカモもいます。コハクチョウ来ないかなぁ。

大きなふきのとう。


昨年出たユキノシタ?

 


東大祝辞が反響を呼んだ上野千鶴子「なぜ日本の女性は今も労働市場の底辺に置かれているのか。コロナ禍で<家族ケア>に起きた『見える化』と変わらない『労働観』」

2022年04月12日 | 社会・経済

 その上野さんが2021年3月、「人生最後の日に何を語るか」というテーマで著名人が特別講義をするNHKの『最後の講義』に出演。番組内ではコロナ禍で社会に起きたポジティブな変化と、ネガティブなまま変わらないことに触れ、視聴者へ強いメッセージを伝えました。

* * * * * * *

なぜ日本国民は「痛税感が強い」のか

 すでに示したように、生産労働と再生産労働、いい換えれば支払い労働と不払い労働の配分とそのコストについては、いくつかの選択肢がありますが、無限にあるわけじゃありません。有限個の選択肢があります。

 ケアの公共化オプションを採用した社会は、わたしたちが福祉先進国と呼んでいる社会です。このオプションのコストは高い国民負担率です。税金と保険料を含めて、所得の50%以上を取られると思ってください。

 「国民負担率」の「負担」とはネガティブな表現ですから、大熊由紀子さんという福祉ジャーナリストが、「国民負担率」を「国民連帯率」と呼び替えようと提案なさいました。日本国民の皆さんがそのくらい負担をしてもいいと同意されたら、日本も福祉先進国並みの社会がつくれるでしょう。

 ですが、日本国民は、消費税を上げることにも抵抗する、痛税感の強い国民です。その理由もわかっています。各種の世論調査によると、日本国民は「暮らしの安心のためなら今より負担を増やしてもいい」という答えに6割以上が同意しているのですが、おカネを出してもいいが、あの政府には預けたくない、と思っているようです。

つまり政府不信のせいですね。

    『最後の講義完全版 上野千鶴子 これからの時代を生きるあなたへ 安心して弱者になれる社会を作りたい』(著:上野千鶴子、NHKグローバルメディアサービス 、テレビマンユニオン/主婦の友社)
© 婦人公論.jp 『最後の講義完全版 上野千鶴子 これからの時代を生きるあなたへ 安心して弱者になれる社会を作りたい』(著:上野千鶴子、NHKグローバルメディアサービス 、テレビマンユニオン/主婦の友社)

労働市場の底辺に置かれた日本の女性

 もうひとつのケアの市場化オプション、つまりあなたの稼いだおカネで、市場から有償のケアサービスを買いなさいという選択肢のコストは何でしょうか。

 そういう場合には、自分が稼ぐおカネのほうが市場で買う家事・介護サービスより高くなければなりません。そのための条件が、家事サービスを安い値段で提供してくれる低賃金労働者の存在です。

 市場にあるチープレイバーとは、海外の場合、しばしば移民労働力や農村女性が担います。そういう社会は、高い賃金を稼ぐ女性とそうじゃない女性とのあいだの格差が大きい社会です。

 日本はどうでしょうか。出入国管理法を改正して、これまで日本人に代替できない高度人材に限定して就労ビザを発行してきましたが、これからは育児・介護労働者のような非熟練労働者を入れるといいだしました。

ですが、規模はまだまだ小さいままです。日本の外国人政策は、ドアのすきまをちょっとずつ開けて、様子見をするというようなやり方です。

これから将来、日本は移民国家になるのか。もし日本が移民国家になったら、あなたたちは自分の子どもをナニーやベビーシッターに預けて働きに出るのか。それとも、こういう選択肢を選ばないのかが日本の女性にも問われるでしょう。

 もうひとつ、アジア型解決という選択肢があります。つまり祖母力頼みです。

 それも世帯分離によって、しだいに困難になってきました。このような国際比較からわかることは、現在の日本には、ケアの公共化オプションも市場化オプションも、どちらの選択肢もないことです。その結果、ケアの負担をすべて背負っているのが、女です。したがって、ケアの負担を背負った女性が、労働市場の底辺に置かれる結果になります。

海外で「日本の女の地位はなぜこんなに低いのか」を説明する際に、こういう表現をするとよく理解してもらえます。

「日本では、ジェンダーが、ほかの社会における人種や階級の機能的等価物(同一機能を果たすもの)として作用しています」と。この構造が変わらないかぎり、日本の女性が男性と対等に働く条件は実現されそうもありません。このように、誰がケアを担うのかというのは、大きな問題です。

コロナ禍でのケアの見える化

『Who cares?』というタイトルの本が出ました。

Who cares? とは、反語的に「それがいったい何の問題なの?(つまり問題じゃない)」という意味ですが、この問題はこれまでないがしろにされてきました。

ケアはただじゃない、子どもを産み育てるのはこんなに大変だ、この問題を解決しないと、もう女は子どもを産んでくれないよ、ということが、「見える化」してきました。コロナ禍のもとで、ケアの「見える化」が起きました。

    「つまり、家でケアをするのはタダではない、というケアの見える化が、コロナのもとで起きました」。(写真提供:写真AC)
© 婦人公論.jp 「つまり、家でケアをするのはタダではない、というケアの見える化が、コロナのもとで起きました」。(写真提供:写真AC)

 今日、ほとんどの家庭が共働きですから、全国一斉休校要請で子どもが家にいるようになると、誰かが家にいなければなりません。では、誰が子どもをケアするのか、といえば、ほとんどの場合、女性が仕事を休むことになります。

仕事を休めばその分、家計の収入が減りますから、休業補償金が登場しました。つまり、家でケアをするのはタダではない、という「ケアの見える化」が、コロナのもとで起きました。

 社会学者の落合恵美子さんが、WAN(認定特定非営利活動法人ウィメンズアクションネットワーク)のサイトに「新型コロナウィルスとジェンダー」というエッセイを書きました。副題は「家にいるのはタダじゃない。家族や身近な人々が担うケアの可視化と支援」というものです。

こういうことがようやく「見える化」してきたのも、コロナ禍のおかげです。

戦後家族体制の変化のとき

 コロナ禍のもとで、ポジティブな変化も起きました。

 たとえば、通勤って、なぜやらなきゃならなかったのかといえば、職住分離があるからです。職住が分離しているからこそ、そのふたつをつなぐための通勤が必要だったわけで、職住が一致すれば、通勤なんかしなくてすむようになります。

コロナ禍が永遠に続くわけではないでしょうが、コロナ禍が収束したあとにも、コロナ禍以前に戻ってほしいことと、戻ってほしくないことがあります。戻ってほしくないことのなかに、通勤地獄があります。

職住が一致すれば、通勤しなくてすむように(写真提供:写真AC)
© 婦人公論.jp 職住が一致すれば、通勤しなくてすむように(写真提供:写真AC)

 在宅勤務をするひとたちが増えてきて、家庭にいる夫婦の関係にも再調整が起きました。これまでは、対価を伴うモノの生産は男が独占し、人間の生命を産み育て、そして看取るというイノチの再生産という不払い労働が、女に配当されました。

 その意味で、夫が100%の生産者、妻が100%の再生産者でした。これを、サラリーマン・専業主婦体制と呼ぶことは『最後の講義 完全版 これからの時代を生きるあなたへ』の中でお話ししました。

 日本では戦後、これが定着したので、家族の戦後体制ともいいます。日本ではこういう家族の歴史は半世紀もありません。

今日再び、それが変化の時期を迎えているといえるかもしれません。ポスト近代という時代を迎え、男も女も共にいくばくかの生産者であり、いくばくかの再生産者であるという、そういう時代に入りつつあるのでしょう。

浮かび上がったケアに対する「労働観」

 コロナ禍のもとで、怒り心頭に発したことがあります。

 医療現場と介護現場で人手不足がいわれました。医療現場での人手不足は、退職した看護師さんや保健師さんで補充しなさい、看護師資格を持った大学院生を使いなさいと政府はいいました。

ところが介護現場の人手不足に対して、2020年に厚労省が出した通達では、「無資格者を使ってよい」としました。医療現場で無資格者を使ってよいとは、決していいません。ですが介護現場なら無資格者でもいい、といったのです。

唖然(あぜん)としました。

 介護保険ができて20年たって、いまだに政策決定者たちは、介護というものは、女なら誰でもできる非熟練労働だと思っているのか、と。

介護保険20年目にして、こういうケアに対する労働観が、これほど変わらないのかと、再び痛感せざるをえませんでした。

※本稿は、『最後の講義完全版 上野千鶴子 これからの時代を生きるあなたへ 安心して弱者になれる社会を作りたい』(主婦の友社)の一部を再編集したものです。


3番手、クロッカス。

雪が多かったせいで多くの木がやられてしまいました。豊後梅、ひどい状態です。


こどもとコロナワクチン~接種の効果と副反応(小島勢二さん)【ニッポンの崖っぷち】220402

2022年04月11日 | 健康・病気

  ブロ友さんの中に最近「帯状疱疹」になった方を数人確認した。更に体調不良などを訴える方もいる。今、10代の子どもたちに急速に広がり、不安を持つ親も多い。情報が少ないのである。下に紹介したビデオも一つの参考に見ていただければと思います。

こどもとコロナワクチン~接種の効果と副反応(小島勢二さん)【ニッポンの崖っぷち】220402

 

「イベルメクチン」が今になっても何故出回らないのか疑問だが、1年前に当ブログで紹介したMuse細胞による麻痺治療薬CL2020の実用化が進んでいない。

当ブログー脳梗塞患者への驚くべき可能性

2021年05月22日 | 健康・病気

 

Change.orgより。
キャンペーン · 脳梗塞患者の希望の光、Muse細胞による麻痺治療薬CL2020の一刻も早い実用化を! · Change.org(こちらから賛同署名)

発信者:雨宮 時生 宛先:三菱ケミカルホールディングス 、1人の別の宛先

脳梗塞の治療薬として2022年度中の承認取得を目指していた

Muse細胞ですが、その承認申請自体を取りやめることが

2021年12月1日、三菱ケミカルホールディングスの

経営方針説明会で発表されました。

ミクスOnlineより→https://www.mixonline.jp/tabid55.html?artid=72211

その理由としてはMuse細胞およびCL2020(製薬名)を日本で

期限付きで承認を取得しても「10年以内にMuse細胞が当社の

収益に貢献することは期待できないだろう」ということでした。

しかしながら脳梗塞に対するこのMuse細胞の効果は絶大であり、

この治療薬の実用化に賭けている患者さんも多いものと思います。

 

下記はテレビや雑誌でも報道されておりご存知の方も多いと

思いますが、あらためて治療薬の有用性を記載します。

 

治験では脳梗塞発症から14日から28日以内の患者に

同細胞を使用した治療薬CL2020を投与したところ、1回の

投与で身体麻痺等で寝たきりや介助が必要だった患者のうち7割が

介助なしになり、さらにその中の3割が職場復帰できるまでに

麻痺が改善しました。

 

ANNnewsCH→https://youtu.be/kwQzpREDV84 (テレビ)


積雪0。


ふきのとうに次ぐ花、福寿草。

「象の額」庭園で手が回らず。
カモさんたちも戻ってきました。今朝、20羽ほど着水。

おまけ、うさぎの○○○。


週のはじめに考える 「橋渡し役」と言うならば

2022年04月10日 | 社会・経済

「東京新聞」社説 2022年4月10日 

 悲願の「核なき世界」へと、ヒロシマ、ナガサキの被爆者たちが心血を注いだ核兵器禁止条約の発効から一年余。あの門出に垣間見えた希望の光も、この戦禍でまた風前の灯(ともしび)でしょうか。

 核保有大国がよもや現実の戦線で「核使用」の恐怖を振りかざすとは。世界を凍らすロシアの蛮行が止まりません。結局、その裏に浮かび出たのは冷戦後、保有国の主導に任せた核軍縮がいかに「幻想」だったか、ということです。互いに角突き合わす抑止力の一角が一国の勝手で崩れたとたん、世界は核危機の崖っぷちです。

 その一方、新たな光も見えました。デジタル社会に乗り、一瞬で世界中に拡散する非核反戦の盛り上がりです。国家や政治の枠を超え、ネット上などで戦争の目撃者となった地球市民が声を上げ、その非道を責め立てる。かつてなかった機運でしょう。

◆夏の条約会議で行動を

 絶望と希望が交わる中、それでは誰が非核の歯車を回すか。世界の視線がこの国に注がれます。

 唯一の戦争被爆国にして、米国傘下の抑止力に頼るため核禁止条約には参加しない。でも核の国際社会で「橋渡し役」は自任する。その日本政府に問いかけたい。

 「橋渡し役」と言うならば、ほぼ絶望の保有国に渡す橋よりも、自国の被爆者に希望をつなぐ橋づくりが使命ではないか、と。それも口先ではなく行動で。

 さしずめ六月にウィーンで開かれる条約の第一回締約国会議に、日本政府のオブザーバー参加を提起します。被爆国の気概を示す行動が、デジタル社会でつながる地球市民を勇気づけ、やがては保有国の政治をも動かす「近道」になりうるからです。

 今より半世紀前の冷戦さなか。まさにその近道を体現した先達がいました。メキシコの外相も務めた外交官、ガルシア・ロブレス氏(一九一一〜九一年)です。六二年、米国とソ連が核戦争寸前までいったキューバ危機の後。近隣の中南米全域に湧き上がる非核機運を史上初の非核地帯条約に束ねた功績などで、八二年ノーベル平和賞に輝きました。

 この条約の要は、中南米各国のみならず、域外の核保有国にも条約の一員として核兵器の域内全面禁止を確約させたことでした。

 当時まだ開発途上の小国メキシコを支点に、米ソ英仏中の五大国を説得して回るような離れ業がなぜできたか。氏の外交人生を綴(つづ)る『賢者ガルシアロブレス伝』(木下郁夫著、社会評論社)には四〇年代半ば、国際連合の創設に向けた下交渉で、若き外交官が見せた気骨の逸話が出てきます。

 安全保障など大国主導の国連憲章案づくりに歯向かい、メキシコ政府の一担当官として米当局に意見書を送ったことです。人類普遍の人権の重さに「大国も小国もないはず」。書簡で国連の公平な仕組みを求めた根拠は、ごく正当な国際法の基本精神でした。堂々たる主張ぶりには早くから、米当局者も一目置いていたようです。

 いつの世も大国の身勝手に振り回される小国の悲哀は、小国にしか体感できないものでしょう。小国も等しく持つ主権と人権を、大国の身勝手から守り抜いてこそ真の世界平和は実現できる。いわば「小国ならではの正義」に立った訴えが、五大国をも説得できた橋渡しの極意でした。

◆被爆国の正義に立って

 先達の教えを今、被爆国日本に置き換えるなら、果たすべき役割は明白です。自国で被爆者たちが体感した核兵器の非人道性を広く次代へ語り継ぎ、地上に核廃絶の理想を実現する。「被爆国ならではの正義」に立脚した、過去から未来への橋渡し役です。

 けれど、その被爆者たちも今や平均八十代半ば。昨今募る不安は自分たちが一線を去った後、被爆国の正義を次代に継ぐ主役が途絶えかねないことです。途絶えぬよう、その主役を担うのは無論、日本政府でしかありえません。

 もはや無用な核抑止力の駆け引きも米国への忖度(そんたく)も論外。政府がここで決断すべきは、被爆者たちの悲願が息づく核禁止条約に参加し核廃絶へとたどる一本道です。

 その一歩となる六月の会議で、被爆者たちに同席する日本政府の姿は、この危機に世界が待望する真の橋渡し役の登場を印象づけることでしょう。非核の新たな歯車を回す原動力への期待です。

 そして時は今−。この機を逃せば核禁止条約の次の締約国会議は多分二年後、検討会議は四年後か。高齢の被爆者たちには、いよいよ後がなくなります。


 日本は「大国」だと思っているのでしょう。いっとき、そんな事もあったようですが・・・
 防衛費を増額し、「思いやり予算」も増額、なんてすごくない?

 昼過ぎから雨になってしまいました。気温も15℃近くまで上がり、雪融けが進みました。タイヤ交換始まっているようですが、週間天気予報を見るとまだ氷点下となる日が3日程ありました。夜中の運転もあるのでもう少しあとにします。


「力が正義」の時代に戻してはならない ――ロシアのウクライナ侵攻で日本がやるべきこと

2022年04月09日 | 社会・経済

布施祐仁(ジャーナリスト)

Imidasオピニオン 2022/04/07

 建物という建物が黒焦げとなり、街全体が廃墟と化したマリウポリの空撮映像を観て、胸をえぐられる思いがした。ウクライナのゼレンスキー大統領は「(ロシア軍は)街から何もかもを消し、灰で覆われた死の土地にしようとしている」と語ったが、まさにその言葉通りの光景だった。私の眼には、原爆投下直後の広島や長崎の光景と重なって見えた。

 ロシア軍は人口40万のこの街を包囲し、連日激しい空爆や砲撃を加えた。マリウポリの市長の報道官は、ロシア軍に包囲されて以降、子ども約210人を含む約5000人が死亡したと明らかにした(「ロイター通信」、3月28日)。これが事実ならば、文字通りの「ジェノサイド(大量虐殺)」である。

「領土的野心」に基づく侵略戦争

 ロシアのプーチン大統領は侵攻を開始するにあたり、隣国ウクライナのNATO(北大西洋条約機構)への加盟は「ロシアの生死にかかわる脅威」だと語った(2月24日の国民向けテレビ演説で)。

 確かに、ウクライナがNATOに加盟した場合、米軍をはじめとするNATOの部隊やミサイルなどが配備される可能性があり、ロシアにとって看過できない脅威になるというのは理解できる。

 しかし、現実には、その「脅威」は差し迫ったものではなかった。NATOには加盟の要件があり、隣国と領土問題などで紛争を抱えている国は加盟できない。ウクライナは2014年以降、クリミア半島の領有権をめぐってロシアと対立しているため、すぐに加盟できる状況ではなかった。だから、アメリカのバイデン大統領も、ウクライナのNATO加盟は「近い将来はないだろう」と語っていたのだ。

 こうしたことからも、プーチンが語った「ウクライナのNATO加盟の脅威」は、侵攻の真の目的を隠すための「煙幕」であったと私は見ている。

 以前から「ロシア人とウクライナ人の歴史的一体性」を強調してきたプーチンには、欧州への接近を強めるウクライナのゼレンスキー政権を倒し、同国をロシアの勢力圏に取り戻したいという強い願望があったのだと思う。

 さらには、ウクライナ東部のドンバス地方にロシアの傀儡国家を樹立し、2014年に一方的に併合したクリミア半島にかけての一帯をロシアの支配下に置こうという「領土的野心」もあったと推察される。

 その証拠に、プーチン大統領は、クリミア半島におけるロシアの主権を認め、ドンバス地方の分離独立(侵攻直前にロシアが一方的に国家承認をした「ドネツク人民共和国」と「ルガンスク人民共和国」)を承認するようウクライナに要求している。

 これは、かつて日本が朝鮮半島を併合し、中国東北部に「満州国」という傀儡国家を建設してアジアを侵略していったのとよく似ている。当時の日本も、南下するソ連の脅威や緩衝地帯の必要性を唱えながら、「自国防衛」を口実に侵略を進めた。この点も、今のロシアと共通している。

国連憲章に基づく国際秩序への挑戦

 第二次世界大戦では、他国を侵略し領土と勢力圏の拡大をもくろむ枢軸国(ドイツ、イタリア、日本)に対して、連合国は「領土不拡大」の原則を掲げて戦った。そして、この原則は第二次世界大戦後、連合国を中心に創設された国際連合の原則となった。

 国連憲章は、「すべての加盟国は、その国際紛争を平和的手段によって国際の平和及び安全並びに正義を危くしないように解決しなければならない」(第2条3)とした上で、「武力による威嚇又は武力の行使を、いかなる国の領土保全又は政治的独立に対するものも、また、国際連合の目的と両立しない他のいかなる方法によるものも慎まなければならない」(第2条4)と定めている。他国との紛争を解決するための武力行使も、領土拡張や内政干渉のための武力行使も、明確に禁止しているのだ。

 今回のロシアによるウクライナ侵攻は、これらに違反する侵略戦争であり、第二次世界大戦後の国連憲章に基づく国際秩序を根底から破壊する暴挙と言わざるを得ない。

 この侵略を許せば、国連憲章の規範は崩壊し、世界は再び19世紀的な「力の支配」の時代に戻ってしまいかねない。力の弱い国は力の強い国に服従するしかない、弱肉強食の世界だ。そんな野蛮な世界に戻さないためにも、この侵略は絶対に許してはならないのだ。

 逆に、この侵略を失敗に終わらせることができれば、侵略戦争を禁止する国連憲章の規範力は強化され、将来の侵略戦争の発生を抑止する大きな力になる。その意味で、世界は今、歴史的な分水嶺に立たされていると言えるだろう。

小国にとっては死活的な問題

 だからこそ、かつてないほど多くの国が、ロシアの侵略に反対の意思表示をしている。2月28日から3月2日にかけてニューヨークの国連本部で開催された国連総会の緊急特別会合では、国連加盟国の約7割にあたる141カ国の賛成で、ロシアによるウクライナ侵攻を非難する決議が採択された。

 過去にも国連総会で侵略や侵攻を非難する決議が採択されたことがあるが、これほど多くの国が賛成したことはない。1979年にソ連がアフガニスタンに侵攻した時は、非難決議への賛成は104カ国であった。1983年にアメリカがグレナダに侵攻した時は108カ国、1989年にアメリカがパナマに侵攻した時は75カ国が非難決議に賛成した。2014年にロシアがクリミア半島を一方的に併合した時も、非難決議への賛成は100カ国にとどまった。今回の141カ国の非難決議への賛成が、いかに多いかが分かるだろう。

 緊急特別会合での各国国連大使のスピーチも、非常に力強いものであった。とりわけ小さい国々の発言が印象的だった。

 シンガポールの国連大使は「ロシアの侵略は国連憲章違反であり、『力は正義』という国際秩序はシンガポールのような小国の主権を危険にさらす」と述べ、「国際社会は国際法(に基づく国際秩序)を維持するために団結しているという明確なシグナルを示なければならない」(執筆者訳、以下同)と訴えた。

 カリブ海に浮かぶ島嶼国、アンティグア・バーブーダの国連大使は「国際法の遵守は、小さな島国である我々の安全保障の中心をなすもの」と強調し、国連に加盟するすべての国に対して「力は正義ではないことを確認しよう」と呼びかけた。

 これらの発言を聞きながら私は、強い軍事力を持つことができない小国にとって、国連憲章に基づく国際秩序の維持がいかに死活的であるかを思い知らされた。

 今重要なのは、ウクライナの主権と領土を1ミリも削らないかたちで、一刻も早くこの侵略戦争を終わらせることである。そのために日本は、抵抗を続けるウクライナを非軍事的な手段で支援するとともに、ロシアへの圧力を一層強めるための外交に力を尽くすべきだ。

「国連憲章」は国際法の規範

 今回のロシアによるウクライナ侵攻は、欧州各国の安全保障をめぐる政策や世論に大きなインパクトを与えている。

 日本でも、これを憲法9条の改正や「敵基地攻撃能力」の保有につなげようという動きが起きている。

 改憲を主張する人は「憲法9条では国を守れない」と言う。しかし、戦争放棄と戦力不保持を定めた憲法9条は、そもそも日本を防衛するための条項ではない。日本が再び軍国主義に陥り、他国を侵略することがないよう、政府を縛るために設けられた条項だ。

 外国の侵略を受けた場合にどのように国を守るかについては、「将来国際連合が有効にこれを阻止する機能を果たし得るに至るまでは、米国との安全保障体制を基調としてこれに対処する」(1957年閣議決定の「国防の基本方針」)という方針でこれまでやってきた。つまり、日米安保条約に基づく日米の共同対処(自衛隊と米軍の共同作戦)で侵略に抵抗し、これを撃退するという方針である。

 おそらく、「憲法9条では国を守れない」と主張する人は、憲法9条が自衛隊にもたらしている行動の制約が、外国の侵略から日本を防衛する上で障害になると考えているのだろう。

 憲法9条が自衛隊にもたらしている制約とは、「専守防衛」のことである。日本政府は専守防衛を、「相手から武力攻撃を受けたとき初めて防衛力を行使し、その態様も自衛のための必要最小限にとどめ、また保持する防衛力も自衛のための必要最小限のものに限るなど、憲法の精神にのっとった受動的な防衛戦略」と定義している。

 改憲派を代表する政治家である安倍晋三氏は首相時代、専守防衛について「相手からの第一撃を事実上甘受し、国土が戦場になりかねないものだ」と述べ、「純粋に防衛戦略として考えれば大変厳しいという現実がある」との認識を示した(2018年2月14日、衆議院予算委員会での答弁)。この発言からも、専守防衛では国を守れない、だから憲法9条を改正してこの制約を取っ払う必要がある――という考えが透けて見える。

 しかし、誤解してはならないのは、専守防衛とはなにも憲法9条を持つ日本だけに課せられた制約ではないということだ。

 まず、「相手から武力攻撃を受けたとき初めて防衛力を行使し」という制約は、国連憲章が定める自衛権行使の要件と同じである。国連憲章第51条は、自衛権行使の要件を「国際連合加盟国に対して武力攻撃が発生した場合」と定めている。

 また、アメリカによるニカラグアへの軍事介入を国際法違反と判断した国際司法裁判所(ICJ)の判決(1986年)は、自衛権行使が合法と認められるには、敵の武力攻撃に対する反撃行為の「必要性」と武力攻撃と反撃行為との間の「均衡性」という2つの要件を満たす必要があるとした。この2つの要件は、日本の専守防衛の定義の「(防衛力行使の態様を)自衛のための必要最小限にとどめ」と重なる。

「相手から武力攻撃を受けたとき初めて防衛力を行使し、その態様も自衛のための必要最小限にとどめ」という専守防衛の原則は本来、日本だけでなくすべての国が守らなければならない国際法上の規範なのである。日本は憲法9条の下で専守防衛を国是とすることで、この規範を厳格に守ることを世界に向かって宣言しているのだ。

 しかし、世界に目を向けると、残念ながらこの規範は厳格に守られていないのが現実である。たとえばアメリカは、自国の国土を戦場にしないために敵国の領土で戦う方針をとっており、先制攻撃も辞さないドクトリンを採用している。実際、2003年には大量破壊兵器による攻撃の脅威を取り除くとして、イラクを先制攻撃した(※実際には、イラクは大量破壊兵器を保持しておらず、侵攻の真の目的は、反米的なフセイン政権を倒しレジーム・チェンジをすることであった)。

 今回ロシアも、武力攻撃を受けていないにもかかわらず、NATOの脅威やロシア系住民の保護を口実にウクライナを先制攻撃した。

国際法の規範力の強化を

 こうした現実を前に、日本はどうするべきなのか。

 憲法9条を改正し、専守防衛の立場も投げ捨てて、アメリカやロシアのように先制攻撃も辞さないドクトリンを採用するのか(岸田政権が現在検討を進めている敵基地攻撃能力の保有は、それに道を開く可能性がある)。

 それとも、相手から武力攻撃を受ければ自衛権を行使して徹底的に抵抗するが、先制攻撃は絶対にしないという「専守防衛」の立場を貫き、国際法の規範力を強化する方向で力を尽くすのか。

 私は、日本は後者を選ぶべきだし、他の国に対しても国際法の規範を守るよう求めていくべきだと考えている。国際法の規範力が弱まれば、世界は「法の支配」から19世紀以前の「力の支配」の時代に逆戻りしてしまう。しかも、今は「核の時代」である。これはあまりにも危険だ。

 すでに日本は、自衛隊と日米安全保障条約によって十分過ぎるほどの「自衛力」と「抑止力」を手にしている。アメリカの軍事費(2020年)は7780億ドルで、中国の2520億ドルの約3倍である(ストックホルム国際平和研究所の推計)。日本も491億ドルと、世界第9位の「軍事大国」となっている。

 自民党は2021年10月の総選挙にあたって発表した政権公約に、防衛費を「GDP(国内総生産)比2%以上も念頭に増額を目指す」と明記した。これが実現すれば、世界第3~4位の軍事費となる。

 しかし、日本が今やるべきなのは、こんなことなのだろうか。万が一侵略された場合に備えて必要最小限の自衛力を持つことは必要だが、過剰な軍備は周辺国に脅威を与え、かえって地域の不安定化を招く。ロシアのウクライナ侵攻で国連憲章に基づく国際秩序が危機にさらされている今だからこそ、自国の安全を国連と国際法の規範力に依拠している多くの小国と力を合わせて、これを守り強化するための外交に力を注ぐべきなのではないか。

日本の歴史的責任

 もちろん外交も万能ではないが、外交力を否定してしまったら国際法に基づく国際秩序は成り立たない。

 南シナ海の領有権をめぐって中国と対立するASEAN(東南アジア諸国連合)は、2002年に中国と「南シナ海に関する関係国の行動宣言」を策定し、領有権問題の平和的解決という原則を確認し、信頼醸成のために軍関係者の相互交流や環境調査協力などを進めることで合意した。

 中国は近年、南シナ海の岩礁を勝手に埋め立てて人工島を造成するなどの「現状変更」を進めている。これらは前出の「行動宣言」に反する行為だが、一方で2002年以降、武力によって他国が実効支配をしている島嶼を奪取するという行動には出ていないのも事実である(*)。その意味では、行動宣言が中国の行動を一定縛ってきたと言える。

 ASEANと中国の間では現在、行動宣言を法的拘束力のある「行動規範」に格上げするための協議が粘り強く進められている。

 日本もASEANのように、中国の行動を国際規範によって縛っていく外交努力を強めるべきだ。幸い、日中間には日中平和友好条約が存在する。1978年に結ばれたこの条約は、「紛争の平和的解決」「主権及び領土保全の相互尊重」「相互不可侵」「いかなる覇権主義にも反対」などの原則を定めている。今年は日中国交正常化から50年の節目である。改めて上記の諸原則を両国で確認し、国際規範の強化を図る機会としたい。

 国際社会には、ルールを強制的に守らせる「警察官」は存在しない。そのため、今回のロシアのようにルールを守らない横暴な国家が現れると、どうしても「力には力で対抗するほかない」という考えに流れがちである。だが、こういう時こそ、「法の支配」に基づく国際秩序を守るために、世界は結束しなければならないと思う。

 国連は、5000万人以上が犠牲となった第二次世界大戦の惨禍の中から生まれた。この戦争で「侵略者」となり、アジア・太平洋地域の人々に甚大な被害を与えた日本には、国連憲章に基づく国際秩序を守るため、他の加盟国以上に努力する歴史的な責任がある。このことを、私たち日本人は忘れてはならない。


今日はかなり融けた。積雪も10cm程、ハウス内はなくなった。

 


避難民受け入れ 難民認定広げるべきだ

2022年04月08日 | 社会・経済

「東京新聞」社説 2022年4月8日 

 戦禍のウクライナから逃れた人々が来日した=写真。手厚い支援は当然としても、あくまで「避難民」としての受け入れだ。日本が「人権国家」に脱皮するには、難民認定基準を見直し、「難民」を幅広く受け入れる必要がある。
 来日した二十人はポーランドを訪問した林芳正外相の帰国に合わせ、政府専用機で到着した。
 ロシアの侵攻後、親族や友人などを頼り、四百人以上のウクライナ人が自費で来日している。渡航費用の公平性や二十人の選定基準についての議論は残るが、政府の迅速な対応は評価したい。
 二十人は短期滞在の資格で入国し、就労が可能な「特定活動(一年)」の在留資格を得られる。特定活動資格の付与は法相の裁量で日本が加わる難民条約に基づく難民認定制度の枠外だ。このため政府は二十人を避難民と位置付け、難民とは認めていない。
 難民条約では難民を「人種、宗教、国籍、特定の社会的集団の構成員、政治的意見」を理由に迫害されかねず、他国に逃れた人びとと規定する。日本政府は厳格に解釈し、他国の侵攻による国外への避難民は該当しないとの立場だ。
 だが、国際社会ではより柔軟な解釈が主流だ。国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)が二〇一六年に公表した国際的保護に関するガイドラインでは、国家間を含む武力紛争や暴力による避難者も難民として認めている。
 日本が「難民鎖国」と批判されて久しい。シリア難民の認定率も80%を超える米英に比べ、22%にとどまる。昨年、難民申請が認められなかったスリランカ人女性が入管施設で死亡した。技能実習生を巡る人権侵害も後を絶たず、今回の対応との差は甚だしい。
 野党は「戦争等避難者」という在留資格を新設する法案を提出している。昨年廃案になった入管難民法改正案も避難者を「補完的保護対象者」と位置付けていた。
 しかし、狭い難民の定義を広げる見直しこそ、国際水準に近づく道ではないか。「一過性の政治的パフォーマンス」とのそしりを免れるためにも、政府は難民保護の拡充に尽力すべきである。

 まだ雪に覆われているが、斜面の日当たりのいいところから土が見えだした。
 

大学ファンド制度「大学間の分断作る」 教職員グループが反対

2022年04月07日 | 教育・学校
毎日新聞  2022/04/06 
 
 
光本滋・北海道大准教授(奥左から2人目)ら、大学ファンドに反対する声明を出したグループのメンバーら=東京都千代田区の文部科学省で2022年4月6日午後3時2分、垂水友里香撮影© 毎日新聞 提供 光本滋・北海道大准教授(奥左から2人目)ら、大学ファンドに反対する声明を出したグループのメンバーら=東京都千代田区の文部科学省で2022年4月6日午後3時2分、垂水友里香撮影

 政府が創設した10兆円規模の大学ファンドの制度設計を定める法案(今国会で審議中)について、全国の国公私立大学の教職員らで作るグループが6日、東京都内で記者会見し、反対する考えを示した。

 グループの光本滋・北海道大准教授(教育学)は「大学間の分断を作り出し、格差を広げる。リスクの高い運用目標が設定されており、学費の引き上げや、ファンドが破綻すれば大学にツケが回されるリスクもある」などと指摘した。

 法案では、ファンドの支援校「国際卓越研究大学」を数校に絞り、支援事業の認可に国が関与する仕組みを定めた。声明ではこの点について「政治判断が優越しやすい」と指摘。支援校が年3%の成長を求められる点についても「稼げる分野が優遇され、稼げない分野の淘汰(とうた)を助長する」と批判している。

 ホームページ上で署名活動を行い、3月31日からの1週間で教職員や学生ら386人が署名した。

 大学ファンドは、低迷する日本の研究力強化をうたって国が創設。10兆円の運用益を支援金にする。2023年度までに支援校を選び、24年度から1校あたり年間数百億円を支援する方針だ。【垂水友里香】


即、金になる研究支援である。

 さて、昨日の天気予報ではスッキリと晴れると思っていたのだが、なんと午前中は雪でした。

 雪の下から出てきたスイセンとムスカリとかヒヤシンスとかクロッカスとか、いろいろな球根。ネズミの仕業か?それともエゾリス?

チャワンタケ?

ハウス内はほぼなくなりました。

積雪はおよそ20cm。

融雪が進みます。


古賀茂明 円安アリ地獄の日本

2022年04月06日 | 生活

政官財の罪と罰

AERAdot 2022/04/05 

 

 3月28日の欧州為替市場で、1ドル=125円台という6年7カ月ぶりの安値が記録された。その後もかなりの円安水準が続いている。

 政府や日銀は、円安は良いことだと言ってきた。円安で輸出企業やその関連企業が儲かる。それらの企業の設備投資が増えてその効果は国内に広がり、賃金も上がって消費も増えれば景気全体が良くなる。政府の税収も増えて財政再建にも貢献。バラ色のストーリーだ。

 しかし、今は円安で大変だという論調ばかり。なぜなのか?

 まず、原油価格の水準。6年前にはニューヨーク原油の相場が1バレル30ドルを切るほどの安値だったから、円安でも原油輸入代金増加はさほど気にならず、貿易収支も黒字だった。だが、現在、原油は100ドルを超え、円安で海外への支払いは大きく増える。一方で、輸出は、工場の海外移転などもあり、円安で大きくは増えず、差し引きでは、円安によって、日本から海外に支払う金額が増えて、貿易収支は赤字となり、国富が流出して行く。

 原油以外の資源価格や食料などの国際価格も高騰しているので、そこに円安が加われば、輸入代金の支払い額が増えるので、そのためにドルを買う実需が増えてさらに円安要因となるという悪循環も止まらない。

 輸入物価の上昇で国内物価も上昇。ガソリンから始まり電力・ガス料金に波及し、食料品などの値上げも日々実感する。

 物価上昇を超える賃上げがあればよいが、安倍政権以降、実質賃金は下がったまま。今年の春闘では「満額回答」が続出したが、これは大企業と豊かな正社員の話に過ぎない。庶民の方は、時給が多少上がるだろうがこれまでのマイナスを取り戻すようなことは起きない。その結果、物価上昇に耐えられない消費者の節約強化で景気は悪化する。

 円安政策を止められればよいのだが、実は、それがもうできなくなってしまった。円安を進める最大の要因が金利である。日本は低金利政策を続けるが、米国はじめ諸外国は、物価上昇防止のために金融引き締めに入った。金利の高いドルで運用した方が円で運用するより得だから、市場では円を売ってドルに換える動きが強まり、円安が進む。

 一方、日本で金利を上げれば、株価は下がり、住宅ローン金利上昇で破綻する人も続出する。低金利で生き延びる多数の企業も倒産。さらに、安倍政権下のバラマキで積み上がった1200兆円の政府債務は、ゼロ金利なら利息もほぼゼロだが、金利上昇で利息が膨大となり財政は立ち行かない。つまり、いかなる意味でも、日本は金利を上げられないのだ。一方、トヨタなどの輸出企業は、円安で何もしなくても儲かる。利益は増えて株価は上がり、経営者の報酬や社員の賃金も上がる。

 日本経済は、一部の輸出大企業とその株主や正社員がさらに潤い、それ以外の庶民の生活がどんどん苦しくなるという道から抜け出せなくなっているということだ。

 今国会が終われば、参議院選挙が待っている。その時、リベンジ消費や物価上昇対策発表などが囃し立てられるだろうが騙されてはいけない。

 誰がこんな国にしたのかよく考えて投票しなければ、円安アリ地獄から抜け出すのは不可能なことを肝に銘じるべきだ。

※週刊朝日  2022年4月15日号より


今日午前中は雪だった。積もりはしなかったがハウス予定地の雪はまだ残った。

 


雨宮処凛 生きづらい女子たちへ 「47歳、女」が実感するこの国のエイジズムと「若さ」の搾取

2022年04月05日 | 生活

Imidas連載コラム 2022/04/05

 今年(2022年)の1月、47歳になった。

ということを口にすると、「いいんだよ、年は言わなくて」と優しげな感じで言われたりする。

 いつからか、私はまったく気にしてないのに、私以外の誰かが勝手に私の年齢を隠す。

 例えばイベントに出て紹介される時など、だいぶ年上の人に「雨宮さんは若くしていろいろな社会問題に精通していて、って若いって言ってももう40代なんですけど、あ、四十何歳かというのは、それは秘密なんですが……」などと言われるという具合だ。

 そういうのを見ていると、「若くない」ということに、どれほどこの国の人々はネガティブなイメージを刷り込まれているのだろうと思う。

 もともと私はこの国の「若さ信仰」に多大な違和感を持っており、20代の頃は一刻も早く30代になりたいと願っていた。若くなくなければ、セクハラも減るし失礼なことをされることもなくなるし、防衛能力も上がってくるしで生きやすくなる気がしていたからだ。予想は当たり、年を重ねるごとに生きづらさは確実に減ってきている。

 理由のひとつには、「自分のトリセツ」の解読がうまくなったということもあるだろう。10代、20代の頃、私は精神的にかなり不安定でリストカットなどを繰り返し、自殺願望に苛まれていた。が、そんな経緯から、「自分を死なせない方法」「自分の機嫌をとるノウハウ」の研究・開発にいそしみ、今では「この落ち込みには女友達との飲酒」「このモヤモヤには“推し”の動画」など、自ら的確な対策を打つことができるようになったのだ。「うーん、今日は打ち合わせで微妙に傷つくこと言われたから、ちょっと高めの肉でも食わせとくか」という感じだ。

 トリセツはメンタル面だけではない。私の場合、若い頃は重度の貧血持ちの上、アレルギー体質でとにかく子どもの頃からずっと体調が悪かった。それが40代にしてやっと楽になってきたのだ。理由は、何十年にもわたる紆余曲折の果てに、合う薬や治療法がようやく定まってきたから。ちなみにこの歳になると同世代から「若い頃と違って体力が持たない」「疲れやすい」などとよく聞くが、若い頃、ずーっと体調が悪かった私としては、今がもっとも体調がいいのである。

 このように、私としては「47歳最高!」という気分なのだが、なぜか世間には「加齢」という、時を止める特殊能力でもない限り誰にも抗えないことを「残念なこと」と受け取る人が多い。

 例えば2、3年前、「おめでとう」の一言が欲しくて「今日私、誕生日なんだ~」と知人に告げた時。相手は苦み走った顔をし、「そんな年だともうめでたくもなんともないよね……」と勝手に「祝う価値なし」判定を下したのだった。ここまで露骨じゃなくても、世間には「若くない女はそれを恥じ、年齢を隠したいに決まってる」という決めつけが存在する。

 が、振り返れば、「もう若くない」みたいな認定って、二十歳(はたち)頃からされてないか? 10代の頃は「二十歳になったらババア」「もう終わり」なんて散々言われ、二十歳を過ぎれば「30過ぎれば本当にアウト」などという根拠なき脅迫に晒されてきた。

 しかし、若さのみが価値とされ、ある年齢になった瞬間に価値なしとジャッジするのは誰? と思って、気づいた。それは若さを崇める一部のおっさんなのだと。そんなおっさんに「価値なし」とジャッジされた方がずっと生きやすいに決まってる。そう思った瞬間、私は「若さ信仰」から解放された。

 そんな「女業界」で47年も生きてれば、年齢で一喜一憂するのがいかに馬鹿馬鹿しいか、身に沁みて知っている。その上、現在は「人生100年」時代。ということは、47歳なんてまだ折り返し地点手前のひよっこである。それなのに二十歳くらいから「もう若くない」とか言われるなんて、人生の8割をババア呼ばわりされて生きろってことじゃないか。

 さて、こんなことを突然書いたのは、このあたりのことについて、一度ちゃんと書いておかなければと思ったからだ。

 例えば私が1冊目の本を出し、物書きとしてデビューしたのは25歳。その時、いろんな人に言われたのは、「若い女の書き手ってだけで需要はいくらでもあるから」ということだった。

 とにかく世間は若い女が何を考えているのか、どんな日常を送っているのか、そういうことに興味津々なんだからそういうことを書けばいい。エッチな話なんかあると最高。そうすれば仕事はいくらでもある――。業界のおじさんたちは、見事に同じことを言った。

 一言で言って、キモかった。なので、そういう依頼はすべて断った。そもそも「若い女」と言っても、20代前半の頃は右翼団体に入っていて、初の海外旅行は北朝鮮という、「若い女」の代表でもなんでもないやさぐれた人間である。

 が、断ったもっとも大きな理由は、そういう売り方をしていけば、30歳になった途端、仕事がなくなることがわかりきっていたからだ。私にこの頃持ちかけられ、断った多くの仕事が「若い女」という記号だけが必要なものだった。記号でしか必要とされないものは、記号がなくなった瞬間、びっくりするほど鮮やかに切り捨てられる。

 もうひとつ、覚えているのは20代の頃、複数の雑誌から「脱ぎ」を持ちかけられたことだ。しかも、正式に企画書を持ってきてとかじゃなく、たまたま会ったついでに「あ、そうだ、脱がない?」という気軽さで。

 そんなことを言うおっさんは大抵、人の全身をニヤニヤしながら眺め回し、なんでもないことのようにそう言うのだった。上司が私に「脱がない?」と言った途端、男性部下たちがすごい勢いで私を口説いてきたこともあった。その執拗さは「密室で契約書にサインするまで帰さないマルチ商法」のようだった。今思い出しても悔しくて泣けてくるが、そんな「脱げハラ」も30歳になった途端になくなった。

 そうして私は32歳で、『生きさせろ! 難民化する若者たち』(太田出版、のちにちくま文庫)を出版。07年のことだが、これが大きな話題となり、JCJ賞も受賞するなど評価して頂いた。この翌年にリーマンショックが起こり、秋葉原で派遣社員による無差別殺傷事件が起き、年末、派遣切りに遭った人たちが日比谷公園の「年越し派遣村」に集まり、この国に広がる貧困が「再発見」された。このようなことが重なり、若年層の貧困問題を書いた私は様々なメディアで発言を求められることが増え、戸惑いながらも多くのメディアに登場した。

 その時も、いろんな人から言われた。

「あなたが若くて女だから、メディアはもてはやすのだ」と。「常にメディアは女で20~30代で社会的な発言をする人を求めていて、今、たまたまあなたがそこの位置にいるのだ」と。そうして「あと数年して、40代になったらその仕事はなくなる」と。

 それはある意味、当たっていた。当時から、自覚もあった。なぜ、貧困問題がメインテーマの私に関係ない問題でのコメントを求めるのだろう? そういう戸惑いは常に感じていたし、たまたまその「枠」にいるのだろうと思っていた。そうして40代になってから、その手の仕事は激減した。

 もちろん、年齢以外のいろいろな要素も絡まってはいるのだろう。だけど、なんとなくモヤモヤする自分もいる。社会問題を語る30代の女として求められる自分と、下ネタありの赤裸々エッセイや脱ぐことを求められる20代だった自分とは、突き詰めると同じような問題に直面している気がしないでもないからだ。同時に、なんとなく、どちらも「若さ」の搾取という気もする。

 そして社会問題を語る若い女性枠には、常に入れ替わり若い女性が座っている。もちろん、素晴らしい業績や才能があり、活動している人々だ。しかし、その枠に座った途端、「若い女」枠として消費されてしまうのではないかと、他人事ながら、勝手にヒヤヒヤしてもいる。

 さて、それではメディアなどで発言する40代後半の女性に求められることは何か。

 結婚していたり子どもがいたりすれば、その手の話を求められることが多いだろう。40代後半の男性にそんな話を求めることは滅多にないのに。

 一方、未婚、既婚を問わず40代後半女性が求められるのは「更年期話」だ。最近、同世代や少し上の女性がその話題でメディアに登場しているのを多く見かける。私が20代の頃、更年期と言えば木の実ナナ氏の独占市場だったのだが(木の実ナナ氏は女優で、更年期の過酷な実態を様々なメディアで発信していた)、今や同世代がこのテーマを語っているわけだ。

 もちろん、重要な情報だと思うのだが、40代=更年期というのもステレオタイプすぎないだろうか。

 なぜなら「40代、50代でめちゃくちゃ充実したセックスライフを送ってます」という人もいるはずで、そんなテーマにだって需要はありそうだ。

 それだけではない。人生100年時代というなら、「90歳からの恋愛・セックス」なんかにもみんな興味があるはずだ。文字通り人生最後の恋なのだから盛り上がるに決まってるし、自分に資産があれば「相続」という問題も絡んでくる。が、相手も高齢であれば、どちらが先に天に召されるかはわからない。そうなったら思い切り年下の人と付き合って資産を残すのがいいのか。しかし、それだと保険金殺人なんかが起こりそうだ。「保険金殺人をしない年下恋人の見つけ方」なんて情報にも需要がありそうではないか。

 それなのに、90代を対象としたマーケットには介護用品くらいしかない。

 なんだかそれって勿体ない。40代後半女性が更年期一色ではないように、90代だっていろんな欲望やニーズがあるはずだ。これほど「多様性」と言われる時代なのに、年齢による決めつけは人生を貧しくさせている。

 最近、ルッキズム(外見至上主義)という言葉は知られるようになり、問題視されるようにもなってきた。しかし、年齢による偏見や差別を意味する「エイジズム」はまだそれほど問題視されていないように感じる。このあたりは今後、どうなっていくだろう。

 さて、あと3年で私は50歳だ。半世紀記念として、「もうその年だからめでたくない」なんて言葉を蹴散らすよう、盛大に祝いたいと思っている。

 世の中には、きんさんぎんさんみたいに100歳でブレイクしてCDまで出した人だっている(わからない人は、昭和生まれに聞いてみよう)。

 そう思うと、なんだかいろいろ楽しみになる思いもありつつ、「人生、長い……」とため息も込み上げるし、老後のお金が急に心配にもなってくる。


 そうだね!わたしも十把一絡げに「ジイジ」と呼ばれることが嫌いである。「ジイジ」の自覚がないのである。

 今日も10度を超える良い天氣に。融雪も進み積雪30cm。

セッセと雪割りしたハウス内は明日で無くなるかな?

雪の下からチャイブが出てきました。


出生数最少に 効果的な対策をもっと

2022年04月04日 | 生活

「東京新聞」社説  2022年4月4日

 生まれる子どもの減少が止まらない。少子化や人口減は社会や経済の活力を奪い、現役世代が支える社会保障制度の維持も危うくする。社会の支え手を増やすための効果的な対策が必要だ。

 厚生労働省の人口動態統計(速報値)によると、二〇二一年に生まれた子どもは八十四万二千八百九十七人と前年に比べ三万人ほど少なく、六年連続で過去最少を更新している。

 少子化傾向が続き、親となる世代の若者が減っていることに加えて、コロナ禍の影響も深刻だ。

 出生数は前年に比べて一〜二月の減少が目立つ。新型コロナウイルスの感染が拡大した二〇年春ごろの妊娠が減り、出産を控えた人が少なからずいたのではないか。

 将来の出生数を左右する婚姻件数は五十一万四千二百四十二組と前年から約二万組減り、戦後最少となった。婚姻件数の減少は少子化をさらに加速させかねない。

 政府はこれまで、保育所の整備や育児休業制度の拡充、長時間労働の是正などさまざまな対策を打ち出してはきた。不妊治療も今月から保険適用の対象を拡大した。しかし、こうした支援策の多くはすでに結婚した人が対象だ。

 これから結婚・出産をしたいと考えている人への支援が手薄なままであり、政府や自治体は対策に本腰を入れる必要がある。

 婚姻件数の減少が続くのは経済的な理由が大きい。非正規雇用が増加し、雇用が安定しない若者も増えている。正社員も賃金は長らく上がっていない。コロナ禍に伴い、休業や解雇などで収入が減った人もいる。

 政府は、非正規の待遇改善など生活不安解消のための対策を強化する必要がある。デジタル分野での職業訓練や、家計に負担の大きい住居費支援も効果的だろう。

 二三年度には「こども家庭庁」が発足する。子どもに関する政策を総合的に担う「司令塔」となるには、若者たちが安心して結婚・出産できるよう効果的な対策をいくえにも打ち出し、確実に実行する体制にすることが不可欠だ。さもなければ、少子化に歯止めをかけるのは難しい。


 本当にそう思います。肝心なことをせず、リニアだ新幹線だ、高速道路だカジノだと・・・・・。人口が極端に減っているのに必要なのでしょうか?

 今日はようやく10度を超え融雪も進みました。
スイセンも顔を出しました。

ネコヤナギ

さくらんぼ。

ところどころ、土が出てきました。積雪は30cm。
お昼、いただいたエゾシカの肉をみんなで食べました。

 


対ロシア「経済協力」 不必要項目ズラリ

2022年04月03日 | 社会・経済

貿易促進 下水処理 原子力人材育成など

「しんぶん赤旗」2022年4月3日

 ロシアへの「8項目の経済協力プラン」について、2022年度予算に計上された約21億円の詳細が明らかになりました。岸田文雄首相は「エネルギー安全保障」「人道支援」などを理由に、見直しを拒否しましたが、貿易促進、下水処理事業、原子力技術の人材育成など必要性に乏しい項目が並んでいます。

圧力強化反する

 22年度予算の「経済協力プラン」関連事業には、日ロ間の貿易投資促進事業に1・7億円、ロシア企業の生産性向上のための人材育成に3億円、最新鋭の下水処理事業の実証研究に2・2億円などを盛り込み、ロシア経済・企業の支援に多額の予算を投じています。首相が「人道支援」として挙げた医療協力推進事業(6・5億円)には、モスクワでの肥満予防医療が含まれるなど、人道支援と関係ないものもあります。(表)〈残念ながら掲載できません〉

 ロシアのウクライナ侵略を止めるために国際社会は厳しい経済制裁を科しており、経済協力の継続はこうした国際社会の連携に水を差すことになります。ウクライナのゼレンスキー大統領は23日の日本の国会での演説で、ロシアにある日本企業の撤退を促すなど圧力強化を求めており、それにも反しています。

税金貢いだだけ

 対ロ経済協力プランは、14年のロシアのクリミア併合に対して欧州連合(EU)などが経済制裁を行うもとで16年に安倍晋三元首相が提案したもの。制裁が続くロシアに利益をもたらす提案なら領土問題を含む平和条約交渉が進むという狙いがあったとみられます。この時、安倍氏は「北方4島返還」から「2島返還」へと主権を放棄する方針も示しました。

 その後も安倍氏は、協力プランの「成果」を懸命にアピールし続けました。19年にロシアで開催された東方経済フォーラムでは、首相官邸が作成した協力プランに関するビデオを上映し、「(日ロ経済協力の)この先に平和条約締結という歴史的使命がある。ゴールまでウラジーミル、2人の力で駆け抜けよう」と演説しました。

 政府が21年10月に作成した「8項目の『協力プラン』の進捗(しんちょく)」には▽高度信号システムが10交差点で稼働し、平均遅延時間が18%短縮▽モスクワのゴミ処理発電プラントの建設▽日本発の新型コロナウイルス検査キットのロシアでの製造・販売―など「成果」を列挙。16~20年度の5年間ですでに約196億円を執行しています。しかし、事業の中身は、領土返還や元島民の支援とは無関係です。ロシア側が一方的に平和条約交渉を停止した中、税金を使ってプーチン大統領に貢いだだけの結果となりました。


 天氣も期待したほどではなく、午前中は割と雲に覆われる時間がありました。
雪融けが進むとシラカバ樹液が多く採れます。朝方に氷点下がまだ普通ですので8mmのホースや開けた穴ががシバレてしまいます。それに、山に入るのはまだ雪がシバレているうちのほうが歩きやすい。


脱プラ社会へ プラゴミを資源循環に 新法あす施行 削減進む? 大量生産・消費は手付かず

2022年04月02日 | 自然・農業・環境問題

「しんぶん赤旗」2022年3月31日

 廃プラスチック(プラごみ)を減らし資源循環を促す新法「プラスチック資源循環促進法」が1日から施行されます。プラごみを大きく削減する追い風になるのでしょうか。

 新法は、容器包装か製品かにかかわらず、プラスチックという素材に焦点を当てリサイクルを推進。コンビニや飲食店などに対し、ストローやスプーンなどの使い捨てプラ製品の削減、設計段階からリサイクルしやすい製品づくりや代替素材への転換などを促します。

 また家庭のプラごみは、企業による自主回収の拡大や、食品容器、菓子袋などの容器包装に加え、新たに文房具やおもちゃなどのプラ製品も自治体が一括回収しリサイクルを行っていくとしています。

事業者への甘さ

 環境問題に取り組む市民団体でつくる「減プラスチック社会を実現するNGOネットワーク」は、プラ製品のライフサイクル全体まで拡大した点を一歩前進だと評価する一方、過剰なプラスチック生産の大幅削減や再使用の促進には踏み込んでいないと指摘しています。

 新法の基本方針には、新たなプラスチック生産量やプラごみ排出量を何年までに何トン減らすのかなど、具体的な数値目標はありません。自然環境への流出の可能性が特に高いプラ製の漁具や農業用資材、マイクロプラスチックへの対策については全く触れられていません。

 自治体によるプラごみの一括回収の実施は任意で、負担が増大するため導入を検討する自治体は一部にとどまっています。

 回収、選別、リサイクルの経費について、製造事業者や利用事業者の費用負担の仕組みは措置されていません。

市民団体の提言

 ネットワークの提言(1月発表)は「スプーンやフォーク等の選択的有料化では、プラスチック全体を十分に削減できない」と指摘。明確な発生抑制目標の下で、食品容器など主要な使い捨てプラスチックを広く選定し、提供禁止や有料化で、業界の自主的な取り組みを容認したままの大量生産・大量消費を前提とした社会の枠組みを変えていくことを求めています。

 デポジット制度の導入などは、使い捨て容器包装の回収、選別まで事業者責任の拡大を行うことで設計段階からごみとならない商品を作るといった動機づけにつながります。

 またマイクロプラスチックや漁具、農業用資材などがもたらすプラスチック汚染問題全体を包括した施策が急務で、環境流出と大量焼却による気候変動問題を確実に改善していくことが求められます。

世界第2位の日本の廃棄量

 国内で2020年に排出されたプラごみは800万トン以上。約47%が使い捨ての包装や容器などで、1人当たりのプラごみ廃棄量は、米国に次ぐ世界2位です。プラスチックの大量生産と焼却処理(発電事業を含む)に伴い発生する二酸化炭素は、地球温暖化を加速させています。

 プラスチックは、半永久的に分解されないため現在、世界中の海の表面から深海底までプラごみが見つからないところはないと言われています。2010年の推計で毎年800万トン近くのプラごみが海に流出しており、このままだと50年には海のプラごみ量が魚の量を超えるとの予測もあります。また有害な化学物質の“運び屋”となって海の生態系を汚染し、食べた人間の体にも及ぼす危険性が懸念されています。


ようやく春らしい天氣に。写真にも色が付いてきました。
今年お初です。

積雪は約40cm。
沼の周りの氷が融けてきています。

空を見ればカモやコハクチョウが大中小の隊列を組んで賑やかに飛んでいます。
こちらは沼の脇を流れる小川。


こんな小さな川にもカモが4羽、羽を休めていましたが、驚いて逃げていってしまいました。沼の氷がもう少し融けると、また遊びに来てくれるでしょう。


4月から変わる暮らし

2022年04月01日 | 生活

公的年金2年連続の削減 物価上昇に追い打ち 成人年齢18歳に引き下げ 消費者被害増加 懸念も

「しんぶん赤旗」2022年4月1日

 新たな年度が始まる4月からさまざまな制度改定が行われます。成人年齢の18歳への引き下げが行われるほか、公的年金の削減など自公政権の悪政も襲いかかります。

医療費2割負担

 公的年金額は前年度より0・4%削られます。削減は2年連続です。厚生労働省の試算では、老齢基礎年金満額の場合、月6万5075円から6万4816円に月259円の削減。老齢厚生年金の場合は、標準的な夫婦世帯で月22万496円から21万9593円に、月903円の削減です。物価上昇に苦しむ国民に追い打ちをかける冷たい仕打ちです。自公政権はさらに参院選後の10月から現在原則1割の75歳以上の高齢者の医療費窓口負担に2割負担を導入しようとしています。

 公的年金は原則65歳で受給が始まりますが、現行制度では60~70歳から選ぶことが可能です。前倒しすれば月々の年金額が減り、遅らせれば増える仕組みで、4月からはその選択肢を75歳まで広げます。

 年金削減の仕組みを放置する一方で国民に自助努力を求めるものです。年金額削減そのものを中止して、「減らない年金」への改革に踏み出すことこそ必要です。

自己決定権拡大

 改定民法の施行で成人年齢の20歳から18歳への引き下げが実施されます。女性だけ16歳だった婚姻できる年齢が18歳に統一されます。18歳になれば親の同意なく結婚できます。18歳から親の同意なしに携帯電話や賃貸住宅、ローン、クレジットカードなどが契約できるようになります。成人年齢の18歳への引き下げ自体は、若者の自己決定権を拡大する意義を持つものの、想定される問題への対策が不十分で若者を狙った悪質商法などによる消費者被害の増加が懸念されています。18、19歳のAV出演契約に未成年者取消権がなくなる問題では、救済のための法整備が早急に求められています。

 改定少年法の施行で事件を起こした18、19歳を「特定少年」と位置付け、17歳以下より厳罰化します。しかし、いま求められるのは厳罰化ではなく少年の健全な育成を支えるための法改正です。


 物価はどんどん上がっています。もう輸出するものも見当たらず、エネルギー、食料等、輸入に頼らざるをえない生活に欠かせないものが「円安」によってどんどん値上がりしています。そして「春闘」での賃上げがどれほどのものか注目を集めています。政府自らが経団連等に賃上げを要請する自体の中で年金生活者の年金を減らすということは矛盾してはいないだろうか?!

 今日一日ほぼ雪模様。