みのおの森の小さな物語
(創作ものがたり 第17話)
* 別ブログ <箕面の森の小さな物語>(検索)から
<箕面の森のおもろい宴>(1)
たけしが六箇山に着いたのは、気持ちのいいそよ風が吹く
春の昼下がりのことだった。
ヤマザクラやエドヒガン、コバノミツバツツジなどの花が咲き始め、
箕面の山々も美しく化粧をし始めている・・・
午前中、箕面 新稲(にいな)から<教学の森>に入ったたけしは
西尾根道を登り、「海の見える丘」の前からヤブコギをしながら道なき道を
下り <石澄の滝> を目指した。
昼なお暗い森の中にはイノシシやテン、シカなどの動物の足跡が随所に
見て取れ、イノシシのヌタバもあった。
前夜遅くまで昔の映画を見ていたので少し眠かったのに、五感パッチリ
緊張気味にそんな森を通り抜けた。
やっとの思いで石澄川の岩場に着いたが、ここは箕面市と池田市の
境界を流れる小さな川で、さらに大小の岩場を北へ上り下りして
滝壷の下についた。
前日の大雨の影響からか、馬の尾のように長細い滝がいつになく激しい
水量で流れ落ちていて、たけしはその豪快な景観を一人堪能した。
岩場でリュックを下ろし、ゆっくりとそんな景観を楽しみながら昼食の
握り飯を食べ終えると、たけしはあえて近道を選び、横の急な崖道を
山肌にへばりつくようにして登った。
今日はまだ一人のハイカーとも出会っていなかった。
「若い頃と違ってもうここを登るのはきついな・・・ それに、もしここで
滑落したら当分誰の目にもつかなくてお陀仏だな・・・?
もう無理はできないな・・・」
たけしは荒い呼吸をしながら、還暦もとうに過ぎたのに
・・・まだ自分には体力がある大丈夫だ・・・ と過信し、自負している
自分を恥じた。
やっと着いた六箇山頂には誰一人いなかった。
ここは箕面市西部に位置する低山だが、その昔はマツタケ山と知られ
ていたとか・・・正式には法恩寺松尾山と言う。
たけしは南西に広がる大阪湾方向を遠望しながら、太陽に反射して
キラキラと輝く春の海をしばし眺めていた。
その手前には伊丹の大阪国際空港の滑走路が見え、
丁度 一機の中型機が北の空へ飛び立っていくところだ。
リュックを枕にして横になると、頭上をキセキレイやコルリ、コゲラや
サンショウクイなど野鳥が飛び交い、木漏れ日の差し込む山頂の森の中で
たけしはウトウトとまどろみ始めた。
「 エ エ 気持ちやな~ ひねもすのたり のたりかな~ か」
ゆりかごに揺られているような心地いい春のそよ風に、身も心もうっとりと
吸い込まれていった。
「オ~イ みんな! 今日は年一回の森のパーテーだぞ!
ようさん集まってておもろいしな、それに美味い酒も、美味い料理も
なんぼでもあるさかいな・・・最高やで!」
「オレも行くわ!」
「オレも連れてってや!」
「ボクも行く!」
「お前も行くやろ!? オイ オイ たけしも行くんやろ!」
「何? オレのこと!?」
たけしは自分が誰かに呼ばれていてビックリし顔を上げた・・・
見れば目の前で数匹のサルが話している。
たけしが再びビックリして起き上がり、ふっと自分の両手両足を見ると
毛もくじゃらでまるで自分がサルの姿の様子に、思わず叫び声を
あげそうになって周りを見回した。
「何だこれは? ここはどこなんだ?」
たけしが余りの変化にキョロキョロしていると・・・
「オイたけし! なにキョロキョロしとんねん 早よう行くぞ!」
たけしはサルに自分の名前を呼ばれて更に目を白黒させた。
たけしは前夜遅くまで見ていた昔の映画 「猿の惑星」 を思い出し
ながら、もしかしたら前世紀へタイムスリップでもしたのかな? と
頭をひねった。
「いつからオレはサルになったんだ? 今はいつの時代なんだ?」
しかし、考える暇もなく仲間? に急かされ、たけしはみんなの後ろに
ついていった。
六箇山の裏山から箕面ゴルフ倶楽部コース脇を通り抜け北へ走った。
初めての四足で走る自分の姿が不思議でならなかった。
やがて大ケヤキ前から三国峠、箕面山を西に下り <箕面大瀧> 前に
着いた。
ここまでの山道は、たけしがいつも歩き慣れている山道だった。
もうすっかりと夜が更け、森の中は真っ暗闇だったが、箕面大瀧前だけは
大きな篝火がいくつも焚かれ、周辺には多くの行灯が置かれ、
ひときは明るく輝き浮かび上がっていた。
よく見ると多くの人たちがあちこちに輪になったりして座り、酒盛りが
始まっているようだ。
見ればその周りに沢山の美味そうなご馳走と酒類が山のように
並んでいる。
たけしは仲間のサル達と大瀧前の休憩所の屋根に陣取り、そんな光景を
上から眺めていた。
やがて猿の仲間たち? が次々と下から沢山の美味そうなご馳走と
酒を持ってきて屋根の上でも宴会が始まった。
落差33mの箕面大瀧はいつになく
ドド ドド ドドドド・・・・ と
激しい水しぶきをあげながら豪快に流れ落ちている。
その大瀧前には舞台が作られ横断幕が掲げられていた。
そこには
「第11874回 箕面の森ゆかりのおもろい宴」
とあった。
「年一回の森のパーテーとはこの事だったのか・・・
という事は~ 11874回とはもう1万年前から・・・?
ウソやろ!」
たけしはそう首を傾げながらも早速美味い酒を口に運んだ。
月明かりが差し込み、ひときわ明るくなった深夜の森に突然大きな太鼓の
音が鳴り響いた。
ドン ドン ドンドン ドドドドド ドン!
そして司会者らしき小さな女性が大きな声を張り上げた。
「みなさん! お待ちどうさん! 今年はワテの当番だんねん・・・
まあ最後までよろしゅう頼んますわ。 ほな今年もそろそろ始めまひょか
まず乾杯でんな・・・
そこの信長はん! あんた乾杯の音頭頼んまっさよろしゅうに!」
たけしはそのコテコテの特徴ある大阪弁に・・・
・・・どっかで聞いた事があるな~? と
思っていたが、すぐに思い出して仲間にささやいた・・・
「あの司会者な ミヤコ蝶々はんやで・・・ ほれ 長いこと上方漫才や
喜劇界を引っ張ってきた名女優や 懐かしいな・・・ 当時ラジオや
TVで 「夫婦善哉」なんかほんまおもろかったよな・・・
大阪・中座で連続23年間も座長公演しはったしな・・・なにせ7歳で
父親が旅回りの一座を結成しはって、その娘座長として全国どさまわり
しはった苦労人やで・・・ 生粋の江戸っ子やがな、浪速が育てた芸人
やな・・・箕面の桜ヶ丘の自宅は今 「ミヤコ蝶々記念館」になってんねん
けどな オレは ようウオーキングでその前通るけどな・・・
オイ オイ お前ら聞いてんのかいな?」
隣の仲間サルたちはみんな知らん顔をして酒を飲んでいた。
やがて信長はんが立ち上がった。
「乾杯!」
低く太いよく通ったその大きな一言には何かすごい威厳があった。
「信長? まさかあの 織田信長はんかいな?」
たけしはビックリして見直した。
「あんた! この箕面大瀧へ来はったんわ いつのこっちゃいな?」
司会者の蝶々はんが尋ねた。
「拙者がここへ来たのは、あれは天正7年の3月30日じゃったな・・・
鷹狩りの途中にここへ立ち寄った。 あの頃は伊丹の有岡城城主
荒木 村重を成敗する戦の最中じゃったな あの頃はこの北摂の
山々で何度も軍事訓練をし、鷹狩りもしておったからな・・・」
「あんさんはあの頃、みんなからよう恐れられておったようやな・・・
そやおまへんか?」
司会者の突っ込みに信長はんは頭をかきながら座った。
「そう言うたらそこで豪快に酒飲んではる豪族のご一同はん
みんな箕面に縁がある人でっか?
源 義経はんは、今の箕面・石丸あたりに所領持ってはったんやな。
梶原 景時はんと 熊谷 直実はんは奉行として勝尾寺の再建を計り
はったしな、赤松 則村はんは 「箕面・瀬川合戦」で勝ちはったし、
新田 義貞はんと 足利 尊氏はんは 「豊島河原合戦」で各々
この箕面で勝利したと 「太平記」にありまんな・・・」
各々が頷いている。
「そんでそこにいる 楠木 正成はんは箕面・小野原で賞味しはった
という名水 「楠水龍王」の祠が祀ってまんな、
そんでそこで大酒飲んではる弁慶はんは・・・あんた一の谷の
源平合戦に向かうとき箕面・瀬川の鏡水に自分の姿を水面に映して
戦況を占ったらしいな・・・」
弁慶が酔顔で頷いている。
「ところで 信長はん・・・ あれれ もうイビキかいて寝てはるわ・・・
いま始まったとこなんやで・・・ ほんまに・・・」
森のおもろい宴はまだ始まったばかりだ・・・
(2)へ続く