真理は父親の運転する車の後ろに乗り、去っていく自宅を見つめていた。
・・・いい思い出なんか何もなかった・・・
箕面の自宅から池田を回り40分位で止々呂美(とどろみ)に着いた。
同じ箕面なのに、久しぶりにみる祖父母の家はいかにも古く、田舎の家
だったが・・・ それがなぜか余計に嬉しかった。
国道から少し入っていった所に見える二人の住まいは、父親の生まれた
家だった。
2日前、いったん帰った祖父母の姿が見えた。
・・・まだ2日前なのになぜかなつかしい・・・
二人とも満面の笑みを浮かべ、両手を広げて迎えてくれた。
真理はそれだけでとても嬉しかった。
・・・私を見ていてくれる人がいる・・・
それだけで安心だった。
両親は祖父母と少し話していたが、近いからまた来ると言って
すぐに帰っていった。
・・・いよいよ新しい生活が始まるんだわ・・・
おじいちゃんもおばあちゃんもちゃんと準備をして待っていてくれた。
すでに送っておいた勉強机や本やCDなんかもきれいに棚に置いて
あった・・・ 服も揃ってる。
部屋はかつて父が使っていたという、見晴らしのいい8畳ほどの畳部屋
だが、窓には朝つけたという真新しい花柄のカーテンがかかっていて
きれいだった。
「さあ さあ こっちへ来てゆっくりしな!」
もうコタツが入っている・・・
「そんなに寒くもないが、朝夕がかなり冷えるからね・・・」
自宅にはなかった温かさを改めて感じながら、真理はおばあちゃんの
入れてくれた渋いお茶を飲んだ・・・
「苦い!」
「そうか そうか! おじいちゃんの好みとは違うもんね・・・」
そう言って今度はうすいお茶を入れてくれながら、3人で笑いあった。
田舎饅頭のあんこが甘くて美味しかった。
次の朝 真理は鶏の ” コケコッコー ” の鶏の鳴き声でビックリして
起きた。
窓から下を眺めると、余野川の流れの中を、白い見たこともない鳥が
飛んでいったり・・・ 前方の山並みに朝陽が当たってそれはきれいな
光景があった。
・・・私はここにいていいんだわ・・・
まさに別の世界に来ていた。
祖母の作る朝食は、ご飯とお味噌汁、野菜の煮物に漬物が主だった。
いつもありあわせのパンをかじって、学校に走っていたのとは大違いだった。
・・・夕食もコンビニで買って、一人で食べる事も多かったのに・・・
と真理は嬉しかった。
面白いおじいちゃんの昔話を聞いたり・・・ おばあちゃんの料理自慢を
聞いたりしながら、和やかにしかも手作りの食事で食べられる事に
真理は初めて味わう安心を感じていた。
朝食が終わると、家の周りを二人が案内してくれた。
幼い頃に何度か来たことがあるもののもうすっかりと忘れていた。
家の前には野菜畑があり、スーパーでもよく見る野菜が植えられていた。
鳥小屋には5羽の鶏がいて4個の卵を産んでいた。
ゆずの木やいろんな果物の木もあった。
二人でそれぞれ分担して手入れしているようだ。
真理には犬の世話を任せてくれた。
雑種らしく、半年前に近所の人から貰ったという子犬で 「トト」 と
名前を付けたとのこと・・・
「ひょっとしてとどろみの トト・・・ 」
「そうさ !」
と 返ってきた・・・・、
なんとも単純だがおもしろい! トトはもう1日で真理と仲良しになった。
祖父母は孫娘をゆっくりと環境になじませようと思ったらしく、
ご近所に挨拶もさせず、人と無理して会わせようともしなかったから、
真理は楽だった・・・
でも、新中学には来週の月曜日から行く事になっている・・・
・・・後3日あるけど 少し不安 憂鬱・・・
真理は翌日 トトをつれて一人で村を探検する事にした。
本当は狭い集落だから、真理のことはみんな知っていたようだが、
祖父母が事情を話していて、静かに見守っていてくれた事を後で知った。
両手を広げて深呼吸してみる・・・
・・・こんなに思い切って呼吸をしたのは初めてだわ・・・
気持ちいい 空気がおいしい
今まで気にした事なかったけど ここにはいろんな鳥が飛んでる
ぎゃー ぎゃーとけたたましく泣く鳥には最初びっくりしたわ
でもなんて言う名前だろうか?
耳を清ますと、いろんなトリの鳴き声が聞こえてきて
それはきれいな鳴き声から、さっきのうるさい鳴き声まで
いろいろ・・・ でも楽しそう!・・・
真理は心からそう思えた。
田んぼに出た・・・
あぜ道を歩いていると、赤い花がいっぱい咲いている・・・
あとでおばあちゃんに 「彼岸花」(ひがんばな) と教えてもらったが・・・
きれいにいっぱい咲いている。
・・・きれいだわ・・・
少し先に <北大阪生協、箕面病院> の看板を掲げた建物が見えるし、
さっき歩いたところに <大阪音楽大学、セミナーハウス> の看板が
道の入り口に掲げてあった。
真理はゆっくりと散歩しながら、自分の心が穏やかになっていく事を
感じていた。
真理が散歩からそろそろ家に戻ろうか・・・ と思い 「幼稚園」 の横を
通りしばらくしたら・・・ トトが吠え出した・・・
・・・どこかで女の子の泣く声が聞こえる?
あれ? どこ? ・・・
泣き声のする方に近づくと3歳位の女の子か?
水の少ない小川の中でずぶ濡れになって泣いていた。
心配するような川ではないが、とにかく服が濡れている。
・・・ 寒いだろうに・・・
真理は早速 川からその女の子を抱っこして土手に出し、持っていた
ハンカチで濡れた顔を拭いてあげた。
すると ものの2~3分で、遠くからお母さんらしき人と、小学生の男の子が
こっちへ走ってくる・・・
「ともみ・・・ ともみ・・・」
「どうもすみません・・・この子が妹の服が濡れて泣いてるから・・・ と
家に走って帰ってきたので 今、飛んできたんですが・・・
どうもすみません。 それにきれいに拭いてもらって・・・」
ともみちゃんはお母さんの持ってきた服を着替えさせてもらいながら、
もう泣き止んでニコニコしている。
お兄ちゃんの遊びに付いて来たものの、転んで 服が濡れ・・・
お兄ちゃんはビックリしてお母さんを呼びに行ったのだった。
「この辺で見慣れない方だね・・・」
「はい、あのもみの木のある家に引っ越してきたんです 」
「じゃあ・・・ 貴方が真理ちゃんね? 」
「えっ! 私を知ってるんですか?」
「ええ~、トトを連れていたし・・・ それにちゃんとおばあさんから
聞いていますから・・・ いいとこでしょ・・ ここ!」
「ええ~ まあ・・」
「今度遊びに来てね・・・ きょうはありがとうね・・」
「ばいばい! ともみちゃん またね・・」
そうして3日間はあっという間に過ぎていった。
いよいよ学校へ行く日がやってきた。
歩いて10分足らずだが緊張する。
祖父母の母校とあって、おばあちゃんが付き添ってきてくれた。
職員室で担任を紹介されたとき真理は、
・・・どこかで見たような・・・?
そうだあの金八先生をもう少し おしつぶしたような?
感じで、田舎臭いが味のありそうな先生・・・
それで少し安心した。
真理が初めて教室に入り挨拶したときなど頭が真っ白、何を言ったのか
思い出せないぐらい緊張していた。
一番前の机だったが座ったとたん隣の女の子が 「私 里美よろしくね」
と、それだけでもう真理は嬉しくなっていた。
初めての休憩時間が来た・・・
真理の不安は高まったが、里美が後ろの亜希を・・・ 右隣の紀子を・・・
と次々と紹介してくれた。
お昼休みになった・・・
さっきの3人に更に3人が加わって、一緒にお弁当を食べた・・・
こんな事って少し前まで考えられなかった・・・
真理はもう嬉しくて、飛び上がるくらいに嬉しかった。
放課後になった・・
隣のクラスから
「私、幸代・・・昨日妹が助けてもらって・・・」
「えっ!じゃあ・・ あのともみちゃんのお姉さんなの ?」
「そうよ ありがとう! これからよろしくね 」
それを見ていたクラスのみんなは・・・
「サチ・・ いったいなんでこの子しってるの? ともみちゃん助けて
もらったって ? なんなの ? 」 と・・・
しばしサチはあの日の出来事を話していたが、それを聞いていたクラスの
人全員に真理の事が美談として伝わっていき、何にもしてないのにどんどん
友達が増えていった。
帰り道、余野川の川べりでみんなでおしゃべりに花を咲かせた。
・・・今までの辛い事を思い出すこともあるけど、ここの学校では
まるで嘘みたいに、真剣にみんな聞いてくれて、自分の事を
よく分かってくれて安心して過ごせる・・・
金八似の担任も実におもしろく、それでいてやっぱり熱血で、
温かいものをいつも感じるわ・・・
ただ一人、あの悪夢を思い出すような、ちょっと突っ張り風の男子がいて
いつも警戒していた。
数日後、真理は家が近くでいつも一緒に帰るようになったカエデちゃんが
風邪で休み、一人で家路についていたとき・・・
丁度雨が降ってきてかばんを頭に乗せ急いで歩いていた。
すると後ろから走ってきた男子が急に真理に傘を差し出し・・・
「これ使えよ・・」
と言うと、自分は雨の中、濡れたまま走っていってしまった。
よく見るとあの突っ張りだった。
・・・なんだいいやつじゃん!・・・
その夜、真理はあの突っ張りの傘をたたみながら
・・・明日どうやって返そうかな?・・・
そう悩みながらも嬉しくなってしまった。
・・・もう大丈夫だわ !・・・
真理は翌日 止々呂美の朝陽を浴びた森や飛び交う鳥たち、
家の野菜やコケコッコーやトトにも、そして何より祖父母と温かい村の
みんなに心から・・・
・・・みんなありがとう !・・・
と 心の中で大きな声で何度も叫びながら登校した。
・・・生きていてよかった・・・
真理はあの時 自分を命がけで救ってくれたあの時の中学の先輩に、
初めてお礼の手紙を書き始めた。
あの転校の日 紙袋に入れ 元気でな! とのメッセージと共に
贈ってくれたCDを聴きながら・・・
” 明日がある・・・ 明日がある・・・ 明日があるう~さ・・・ ”
(完)