森で幸せのキャッチボール!
始まりは、二年半ほど前の真夏の事でした・・・
その日、私は東海自然歩道から北摂霊園にでできました・・・
ここを抜け、高山経由で明ケ田尾山へ向う為に、山上の
「霊園モニュメント広場バス停」 前を、歩いている時です・・・
* すいませんが・・・ おじさん! この辺で黒い財布が
落ちてませんでしたでしょうか・・・?
見ると中学生ぐらいの少年が一人、困ったような顔をして、小さな声で
私にたずねてきたのです。
・ さあ~? 私はいま山の方から来たところなののでね・・・
気がつかなかったね・・・ どうしたの?
* ずっと探しているんですが・・・どこで落としたのか分から
なくて・・・
聞けば、一人でお墓参りにきて、帰ろうと思ったら財布が無くなって
いた事に気づいた・・・ との事。
* でも、千里中央からバスに乗ってきて、ここへ降りた時に
はあったように思うんですけど・・・ おかしいな?
もう2時間以上も、この炎天下を探し回っているとの事・・・
それに、今まで3人の人に聞いたけど・・・
一人の方は知らん! と言われ・・・
後の2人は、聞いた途端に何も言わずに、すぐに車に乗って行って
しまったとか・・・
どうやら寸借サギのように思われたみたいだ・・・?
私もかつて若い頃、そんなサギにあって同情し、路上で、なけなしの
小遣いを差し出した苦い経験があったので、一瞬警戒したのだが・・・
よく見れば真剣な顔をしていて、まだあどけない少年なので、私は彼の
話を聞いていたのです。
バスの時間を見ると次は40分後、バス賃は680円、それに千里中央
まで60分以上もかかるんだな・・・
・ それほど探しても見つからないのなら、バスの中とか?
ここで落としたんじゃないのかもしれないね・・・
家に帰るバス代もないわけだね・・・
* ハイ・・・
少年は どうしよう・・・ と、困惑した顔をしている・・・
どんな事情があって一人で、こんな山奥の霊園のお墓参りに来たの
か、私には知る由もないけれど・・・
・ 分かった! じゃあ おじさんがバス代を出してあげるから、
それで家に帰りなさい・・・
千里に着いたら、念のためバス会社に、落し物がないか聞いて
みてもいいね。
私はポケットにあった500円玉2枚を、少年に差し出した・・・
少年はモゾモゾとして、受け取ろうとしない・・・
・ それならそうだ! こうしよう・・・ あそこに桜の木がある
だろう・・・
私は少年を近くの桜の木の下へ連れて行って・・・
・ もし君がまたここへお墓参りに来る時があったら・・・
お金はこの木の根元に埋めて返しておいてくれたらいいよ・・・
おじさんは時々、あの前の山へ登っているから、それでここを
通るんだよ・・・ 一年でも、二年後でもいいからね・・・ (笑)
少年はパッ と、明るい顔をして・・・
* ありがとうございます・・・
と、お辞儀をしながら、私から500円玉2枚を、やっと受け取ったの
でした。
・ じゃあ気をつけてね・・・ さよなら!
私はもうそんなことはすっかりと、忘れてしまっていたのに・・・
ところが今日、あの日と季節はまるで違うのに、山上の同じバス停前を
歩いていて ふっ! と、思い出したのです・・・
そう言えば、あの桜の木だったな・・・
2年半も前のこと、まさかあるとは思えないけれど・・・
うっすらと根元は雪に覆われている・・・
何だか宝捜しのようだな・・・ と思いながら、木の回りを見回してみた
が・・・
それらしきものはない・・・ やっぱりな・・・ (少しガッカリ!)
この広大な森の中に開けた霊園、山の斜面にもいっぱいに墓碑が
立っているのに、今日は一人も人が見当らないし、車の陰一台も
ない・・・ 寒いからな!
私が自分の動作に苦笑いしながら、立ち去ろうとした時・・・
ふっ! と、あの時たしか、私はここに埋めておいてくれたらいいよ!
と、言ったような気がした・・・?
そこでもう一度木の根元に戻り、今度は近くにあった小枝で雪を払い、
慎重に根元を探ってみた・・・
あった! あった・・・!
それは紙に包んであったようだが、2枚の500円玉がしっかりと出て
きた・・・
あれから少年はすぐにでも届に来たのであろうか・・・?
包まれていた紙は雨露に濡れて文字が剥げ落ち、虫食い状態で
ボロボロになっていた・・・ 全く何が書いてあるのか読めない・・・
残念!
でも、私はその宝物のような2枚の硬貨を手にして、感激で涙ぐんで
しまった。
何が書いてあったのか分からないけれど、あの少年の感謝の気持ち
がジ~ン と、伝わってくるようでした。
私は、今にも土に還りそうなその朽ちた紙片を、再び根元に埋め
ながら・・・
ありがとうね! おじさんはしっかり受け取ったよ!
私はそれから明ケ田尾山の寒い森の尾根を歩きながら・・・ しばし、
あの少年が再び長いバスに揺られながら、あのお金を返しにきてくれ
た姿を思い浮かべていました・・・
たった数分の出会いから・・・
人を信じること、 約束を守る事の大切さ、そしてそれにより感謝の
心と、人の心に温かいともしびが灯ること・・・
それにより、出会った二人の心に、お互いが 幸せのキャッチボール
で満たされることを、実感する一日となりました・・・
寒い冬空に、温かい灯火をありがとう・・・
09-2 (完)