風がヴギウギ

自由気ままな風の様に毎日を切り取っていく

ギャングず。 変身 六ウーマンvsプリキュア

2012年06月24日 | ちびっこギャングズ。ヴギ

ギャングず。 今日は 静かに 着せ替えの洋服作成

 

真剣にやっていると思えば

布団にくるまってオヤスミモード

しかし彼女たちの手の甲に不思議な文字が・・・

 

と 思った時 六ちゃんがプーサンに変身

 

そのあと コウちゃんはお買いもの 六ちゃんは散歩しました

 

コウちゃんは お買いものに行って 誕生日プレゼント買ってきました

プリキュアシリーズ コウちゃんも変身

いざこざありましたが 一緒に遊んでました

 

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動物アンドロイド! ゾイド参上

2012年06月24日 | 蒐集ヴギ

ゾイドについて ウイキぺディアより

ゾイド (ZOIDS) は、タカラトミー(旧トミー)から販売されている玩具シリーズである。

動物をモチーフとする架空の兵器の組み立て玩具を中心とし、

テレビアニメなどのメディアミックス展開も行われている。

「ZOIDS」という名称は英語の「ZOIC ANDROIDS(動物のアンドロイド)」に

由来する造語である

子供が小さいころ 夏場に生家に帰ると作っていました

最初に作りだしたのは 父・・・ちょっと 驚き

三号が 初めての男だったので それも影響してるかな

<ポテラノドン> 細身の暗殺系ゾイド

 

<サイ> 特攻隊長 これは売ってないらしい

 

<サメ? サソリ?> 静かに潜行せよ

 

<バイソン> 全攻撃型重戦車

 

バイソンの 操縦席 セットオン

 

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森田屋 学校にも歴史

2012年06月24日 | 田舎ヴギ

僕の通っていた 中洲小学校

木造校舎で冬は寒かったな

 冬は校庭に水を引き入れてスケート場になったりしました

校歌もあったのですが 毎朝歌っていた「信濃の国」のほうが覚えています

流石 長野県人・・・

父も叔母もみんな卒業生 父はここで教師もしていた

僕が通った時代の校舎と 今を比べても驚く変化です驚きます

 

学校は 色々な時代を見てきました

こんな 写真があります(きっと 葉書を写したと思います)

入口の門と葉書の真ん中に 

諏訪中学校創立第四十三回記念大運動会とあります

諏訪中は 今の 星稜の事だそうです

*下諏訪の叔母ちゃんから教えてもらいました

 

色々な張りぼても作って飾ってあります

「剛健号」と書いた 飛行船は飛ばしたのか

右の写真のように 演習の様な事もしたのでしょうか?

 最後に 今もある 競技の一こまを・・・

臨場感ありますねえ

学校は 時代 時代 で 何を見てきたんでしょう 

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曾良庵の許に・・・ 赤羽雪邦( あかばね-せっぽう )からの手紙

2012年06月24日 | 曾良庵ヴギ

<赤羽雪邦( あかばね-せっぽう )からの手紙>

1865-1928明治-大正時代の日本画家。慶応元年生まれ。

尾崎雪濤(せっとう),橋本雅邦にまなぶ。明治32年全国絵画共進会で1等褒状をうける。

37年渡米,洋画の研究と日本画の介につとめ,大正7年帰国した。

昭和3年8月25日死去。64歳。信濃(しなの)(長野県)出身。

 中 三枚抜き

 内容ーーー

麹町区幸町一ノ五 小川氏法律事務所御内    一太郎様 親展

大正 八年 八月十二日  東京市下谷区谷中坂町七十九番地 赤羽 雪邦  

中村不折の住所と同じ地区だと思われますが 市と区がついている

先日は失礼仕り候餘り暑いから手製のアイスクリ-ムを進呈仕り候   

御勝手に御賞味被下度 奉祈(いのりたてまつり)候  (器がまがって居るのは 尖ものを買った故に候)

 横内西八郎君にも願上置候が現今 

美術界に就而(ついて)黙過出来ない事が有之(これあり) 成るべく早く文相 中橋氏に面会 

一応愚意を御話申上度乍去(さりながら) 

昨今鼻息のあらい美術屋が 同相を煩すので画家は

 鼻つまみに感じ居らるゝ由なれば真面目の紹介者を得ない

ーーーー中略ーーーー 

 尚 大兄が御来遊被下(くだされ)候 はば其次第を豫(からかじ)め御話申上べく

ーーー略ーーー 

此如(かくのごとく)  得貴意度呈一書(きいをえたくいっしょをていし)候 

生にとっては実に美術界の一大事にて 吾天職を尽す一端に有之候

雪邦氏の手紙は にっちもさっちも行かない 

この時代の美術界というか 日本画にとって何か 大きな動きがあり

因みに 明治後期から大正期の美術界について調べてみると

それは自身にとっても美術界にとっても逼迫したものに感じられる

体制側では国家体制の弛緩を憂慮し国家の威信を強化するための統制も行われはじめ、

 画家や文学者の一部は体制に恭順(命令につつしんで従う態度をとること)し、明治後期・

大正期の文学・美術界は白樺派に代表される華やかな側面と、国家権力による芸術の統制や

戦争・恐慌など時代の閉塞状況を反映し社会意識をもった潮流の二面性を特徴とする。

この文章から推測すると 国家権力に統制されることは 表現の自由を奪われることであり 

画家たちはそれに対しこれと 同じような内容と取れる手紙が 

中村不折氏の中にもあった危機感を募らせていたと思える

手紙にはカキ氷の絵が描かれていた 色は着いていないが 赤いシロップなのかな

 

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