塚田盛彦のつれづれなるままにサッカー

世界中で親しまれているサッカー。このサッカーをフィルターとして、人間社会の構造に迫っていきたいと思います。

戦争の皮肉から生まれたある種の利点

2016-02-26 22:22:20 | 日記
 服飾史では時に、カムフラージュやアーミージャケットを含む、軍服の歴史が組まれます。

 戦争では大佐や将軍のような後方で構えている人物でさえ命を落としますし、軍服の品質を高めることは、人員の補充、人命救助という点で大きい為です。

 その軍服の影響をサッカー、そしてスポーツも受けています。

 戦争が起こす、ごく少ない利点かもしれません。

 (別の利点とは、軍による災害救助、缶詰や瓶詰などの保存食の誕生と改良など)

 利点その1 スエットの上下

 チャンピオンのスエット、特にリバースウイーブはスエットの代名詞として有名ですが、米軍はチャンピオンから納品を受けていました。

 チャンピオンが1992年バルセロナ五輪、米国代表にジャージを提供していたこことは有名で、2003年にはパルマのスポンサーになりました。

 中田英寿在籍時のことですから、印象に残っている方も多いでしょう。

 現在ではヘインズがカジュアル、ゴールド・ウインがアスレチックという分担する形で、日本市場でも高い人気を誇ります。

 利点その2

 今季からカッパになりましたが、ナポリは昨年までボローニャに本社を置く、マクロンと掲載していました。

 デニム調のデザイン
 迷彩デザイン
 ナポリ伝統の空色のデザイン

 マクロンは相当な知恵を絞ってジャージを供給していましたが、もし戦争で迷彩がデザインされていなければ、ナポリの選手たちが着る機会は無かったかもしれません。

 利点その3

 靴や靴下、鞄などでも迷彩は人気です。

 また、地震の多い日本では非常食も大切ですし、これも戦争によって得た知恵と言えます。

 戦争の皮肉さが、上記の利点に繋がっています。
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悪童こそ、こんな言葉が必要か

2016-02-26 22:12:28 | 日記
 グアルディオラが完全無欠でない事はみなさんもご存知ですね。

 マンジュキッチとミュラー(バイエルン時代)
 イブラとボーじゃん(バルサ時代)

 というように、彼に反目した選手は何人もいます。

 特にイブラは

 「グアルディオラの糞野郎!!モウリーニョにびびってんだろう!!」

 と痛罵し、マンジュキッチはたとえコーヒー一杯でも、彼と同席はしないと苦々しく語っています。

 シティの関係者は既に

 「グアルディオラ政権における人員整理」
 「ユースにあれだけの力を注いでいるのに、抜擢はあるのか?」

 と思案している様子です。

 上記の選手たちは、其の多くが悪ガキと肩書きが付けられる場合が多いですが、むしろ悪ガキほど

 「君は君らしく振舞ったらよいよ」
 「90分の中で一瞬でも、らしさを見せてほしい」

 という、愛情あふれた言葉を求めているようにも思えます。

 でも、指揮官すればこのような声掛けをすることも難しいのでしょうが。

 僕はアンチェロッティの考えに近いと勝手に解釈していますが、それは彼が

 「人間は良い一面もあれば悪い一面もある」

 事を強く認識しているように思えるためです。

 グアルディオラはきっと自身の思想こそが最適であり、だからこそ周囲にその最適を自身が思う「完璧」に仕上げるために、周囲が疲弊して嫌悪してしまうのでしょう。

 グアルディオラがイブラを遠巻きに見ていたのも、やはり彼の心情を観察していたのかもしれません。

 
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戦争、紛争、そして遺恨、サッカーにおける警備の難しさ

2016-02-26 16:51:11 | 日記
 塩野七生三の著作を読んでいますと、サッカーでトルコとギリシャの試合が荒れることがよくわかります。

 サッカーは都市国家という形で成立していると言われますが、一方が進軍し都市を制圧しますと、支配権はその都市だけでなく、国全体に関与しますからね。

 日本対韓国
 イングランドタイスコットランド
 アメリカ対メキシコ

 というように、戦争と紛争がどれだけ現代の今でもその傷痕を残しているのか。

 サッカーの弾幕、声援で見えてきます。

 国対国の諍いよりも、まだJの国内での諍いは穏やかと言えるでしょうが、警察のような治安を守る方からすれば、有難いでしょうね。

 長野対松本
 福島対山口

 のように、幕末の動乱期から生まれた遺恨も現在ではさほど顧みられない要素です。

 でも、サッカーではそれらが爆発するわけです。

 アルディージャとレッズのように、同じ都市内でクラブが人気を分けることもありますし、東京都のように

 「23区で洒落た場所」
 「ダサイ駅名」

 というように、ひとくくりでは出来ない場所もあります。

 ゼルビアや横河武蔵野などは、それらの個性をまとい、FC東京に挑んでいるのかもしれませんが、むしろ東京という固有名詞を背負うFC東京のほうが、苦しい立場なのでしょうか。

 サッカーでは他の競技では見られない、この遺恨が目立つことが警備を厄介にしています。
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トルコ航空、細貝萌を広告起用

2016-02-26 11:47:11 | 日記
 細貝萌は今季から、トルコ1部リーグのブルサスポルでプレイしています。

 彼がトルコ航空の広告に起用されていることを皆さんもご存じでしょうが、このブルサスポルはかつて、オスマンが首都として構えていた都市でもあります。

 ショーン・コネリーやアンソニー・バーキンスが出演した

 「オリエント急行殺人事件」

 を、僕はDVDで鑑賞経験があります。

 あの作品を見て驚いたのは、原作のアガサ・クリスティの素晴らしさ、ではありません。

 イスタンブルを出発し、東ヨーロッパから西ヨーロッパへ鉄道を通すという感覚があるからこそ

 1・サッカーにおけるチャンピオンズ・リーグ
 2・ボスマン判決による選手の移籍自由化

 があるのだと感じました。

 それは統一通貨「ユーロ」の下地にもなっていると感じます。

 トルコは小アジアと呼ばれ、西(欧州)にあるか東(アジア)にあるかで、応援するクラブもトルコ人という自分たちの血筋にも大きく影響すると指摘されます。

 ガラタサライが2000年、アーセナルに勝利してUEFAカップを得たとき、ガラタサライのファンは文字通り狂喜乱舞したのですが、トルコはやはり西欧に勝つことが1つの宿願なのでしょうか。

 トルコ代表と言えば

 イルハン・マンスズ 神戸
 アルパイ・オザラン 浦和

 という両選手がJでプレイした過去があります。

 トルコは世界でも屈指の親日であり、日本がトルコに遠征すればすごく有意義なのではないでしょうか。
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とある色のセーターを前にして

2016-02-26 11:39:35 | 日記
 中古で深緑のセーターが売られています。

 それは某有名店が手掛けたメリノウールのセーターで、中古とは思えない状態の良さで、僕のサイズでもあります。

 新品ならばこの価格の3倍はするだろうな、と思えるものですが、深緑が気になって仕方ありません。

 これが紺ならばよいのにと、つくづく思いました。

 紺は当然

 長野パルセイロ
 日本代表

 を意味する風合いですし、スーツやブレザーの下に着こんでも様になります。

 長野パルセイロ好きが、深緑を着ている。

 なんだかワリにあわないなあと思いながらも、無視できないのです。

 それは塩野七生さんが

 「男性はもっと深緑を着るべきね」

 と提言している事もあります。

 僕は塩野さんの著作を何度も読み直し、サッカーに限らず物のみかたを学んでいますが、確かに深緑は男にあうのです。

 言い換えれば

 紺やグレーよりも万人受けするのではないか
 深緑を選ぶ男性が多くないために、差別化になる

 という利点もあるわけです。

 今僕は彼女の著作「ローマ亡き後の地中海世界3」を読んでいますが、キリスト、イスラム、モンゴルにトルコと宗教的価値観や征服、海賊など様々な固有名詞が飛び交います。

 異教、異端というのはやはり交わらないもので、だからこそサッカーもダービーが白熱します。

 僕が考えた作戦は、ジャケットの下にこの深緑のセーターを着ます。

 「緑は目立たないようにね」

 こんなペーストはありでしょうか。
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