昨日、僕はアイルトン・セナの他界から30年の歳月が流れましたという題目でお話しさせていただきました。
まずご意見ありがとうございます。
この題目へのお返事を綴らせてください。
彼が他界した際、理由がセナ自身のハンドリングミス、つまりレース中に何らかの理由で彼がハンドル操作を誤った、という報道を耳にした記憶が残っていたのです。
ですから、この点を軸に内容を記入した形が昨日になります。
アイルトン・セナの訃報は
1・ブラジル国内で国葬となり、英雄の死を悼む
2・ロマーリオ、ベベトに代表されるワールドカップ94に参戦する選手たちも奮起
3・セナの死で暗く落ち込んでいるブラジル国民を励まし、セナを追悼するためにも優勝しよう
と、団結心を固める結果になったとも言います。
実際このブラジル代表は
背番号10のライーが、指揮官カルロス・パレイラの信頼からほど遠い
ブラジルらしい美しい展開とは程遠い
と批判されましたが、1970年以来の優勝という結果をもたらすことはできたわけです。
もしロベルト・バッジョとフランコ・バレージ、決勝で対戦したイタリア代表が
1・PKを外さなければ
2・彼らがブラジル代表のように、準決勝からの日にちが3日間隔ならば
という見解もあるでしょう。
ただ、この時のブラジル代表がセナに敬意を払い、国民を勇気づけた点に間違いはないと思うのです。
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