2017年12月・・・平成の大修復の進む日光東照宮を参拝。
東照宮の参拝のあと輪王寺を参拝、さらに「日光二荒山神社」を参拝。
東照宮、輪王寺、二荒山神社は明治維新までは二社一寺で形成する神仏集合の「日光山」神宮寺グループ。
766年、下野国の僧、勝道上人が日光開山を目指して進む途中、大谷川の急流を前に難儀、佛の守護深沙大王が赤青2匹の蛇を放ち、その蛇が絡み合いその背から山菅が生えて橋となって一行を渡らせた・・・という伝説の橋。
日本三大奇矯の一つ(神橋、錦帯橋、猿橋)。1944年国宝,、1950年国の重要文化財、1999年世界文化遺産。日光二荒山神社の建造物のうちの一つ。
東照宮の参拝のあと輪王寺を参拝、さらに「日光二荒山神社」を参拝。
東照宮、輪王寺、二荒山神社は明治維新までは二社一寺で形成する神仏集合の「日光山」神宮寺グループ。
「日光山」表玄関の「神橋」です。
・・・彩風人の写真帳・・・
766年、下野国の僧、勝道上人が日光開山を目指して進む途中、大谷川の急流を前に難儀、佛の守護深沙大王が赤青2匹の蛇を放ち、その蛇が絡み合いその背から山菅が生えて橋となって一行を渡らせた・・・という伝説の橋。
日本三大奇矯の一つ(神橋、錦帯橋、猿橋)。1944年国宝,、1950年国の重要文化財、1999年世界文化遺産。日光二荒山神社の建造物のうちの一つ。
※撮影は20167年12月8日。
※神橋・・・古来、山菅蛇橋、山菅橋、蛇橋と呼ばれた。長さ28m、幅7.4m、高さ10.6m、木造刎ね橋構造。いつごろの建造か不明だが岩盤に穴をあけ大木をつきこめ橋脚とし、それに橋桁を渡してアーチ状に橋を掛けた。数十年毎に修復、架け替えを重ねたものと思われるが詳細不明、1617年東照宮造営ののちの1936年架橋替え、橋脚を石造に、橋上に朱色塗装を施す。現在の橋は1902年足尾台風で流失したものを1904年架橋替えしたもの。1950~56年改修、1997~2005年大改修。※コメント欄オープン。
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