友人の祥月命日に悼む=
友人が、12月26日に早世してから、早40年が、経過したことになる。彼が逝ってから、お祖母様が亡くなられ、まもなく、お父様が亡くなられ、そして、その後、お母様が亡くなられ、お兄様だけが、残ってしまわれた。自分は、後3年もすれば、彼が亡くなった歳の3倍生きることにもなる。同じ時間を2回も余分に、生き永らえてしまったことになる。両親より先に逝くことは、彼にとって、どうでも良かったことなのだろうか?自分が、親の立場になり、又、友人の娘さんが、亡くなられたことを知ったときに、あの時、ご両親は、どう感じられたのだろかと、思った。もっとも、逝く本人は、そんなこと、構ってられないよと、言うかも知れない。今から思えば、40年は、あっという間の出来事であった。先に逝くもの、残されるもの、そして又、そのものも、又、いずれ逝く訳であるが、、、、。1年、365日のうち、何日かは、死を悼み、こうして生き永らえているものの人生の意味を、改めて、再考することも、必要であろう。どのような死に方にせよ、死を改めて、問い、悼み、自分の人生を見直す鏡にする日が、何日かは、あっても良いと思う。12月26日は、自分にとって、そういう意味の一日のひとつでもある。駅で、自分を見送る姿を、何故か、後ろ髪を引かれるように、振り向いて見たが、その姿が、今でも、目に焼き付いている。死に顔は、笑みを浮かべているようにも見えて、満足げな様子だったのが、唯一の救いだった。
友人が、12月26日に早世してから、早40年が、経過したことになる。彼が逝ってから、お祖母様が亡くなられ、まもなく、お父様が亡くなられ、そして、その後、お母様が亡くなられ、お兄様だけが、残ってしまわれた。自分は、後3年もすれば、彼が亡くなった歳の3倍生きることにもなる。同じ時間を2回も余分に、生き永らえてしまったことになる。両親より先に逝くことは、彼にとって、どうでも良かったことなのだろうか?自分が、親の立場になり、又、友人の娘さんが、亡くなられたことを知ったときに、あの時、ご両親は、どう感じられたのだろかと、思った。もっとも、逝く本人は、そんなこと、構ってられないよと、言うかも知れない。今から思えば、40年は、あっという間の出来事であった。先に逝くもの、残されるもの、そして又、そのものも、又、いずれ逝く訳であるが、、、、。1年、365日のうち、何日かは、死を悼み、こうして生き永らえているものの人生の意味を、改めて、再考することも、必要であろう。どのような死に方にせよ、死を改めて、問い、悼み、自分の人生を見直す鏡にする日が、何日かは、あっても良いと思う。12月26日は、自分にとって、そういう意味の一日のひとつでもある。駅で、自分を見送る姿を、何故か、後ろ髪を引かれるように、振り向いて見たが、その姿が、今でも、目に焼き付いている。死に顔は、笑みを浮かべているようにも見えて、満足げな様子だったのが、唯一の救いだった。