【ただいま読書中】

おかだ 外郎という乱読家です。mixiに書いている読書日記を、こちらにも出しています。

わからないことだらけ

2022-05-25 08:40:35 | Weblog

 この世は「わからないこと」に満ちています。それを「わかりたい」と努力するから、自分はまだ成長できるのでしょう。もしも「すべてがわかった」となったら、あとは死ぬしかない。さすがに「死」は実際に死なないと「わからない」でしょ?

【ただいま読書中】『アダム・スミスの夕食を作ったのは誰か? ──これからの経済と女性の話』カトリーン・マルサル 著、 高橋瑠子 訳、 河出書房新社、2021年、2100円(税別)
 
 ニュートンが万有引力で表現した中では「星」は「質点(重心にすべての質量が集中した点)」として表現できます。そこでは「星の個性」ははぎ取られてしまいます。また、古典的な物理学では「原子」の運動によってすべての法則が説明できるとされていました。原子レベルでも惑星レベルでも、初期条件さえわかれば「未来」は完全に予測可能でした。
 アダム・スミスは「神の見えざる手」で有名ですが、著者はアダム・スミスの功績を「できたばかりの経済学に、ニュートンの物理学の世界観を持ち込んだこと」とします。物理学における「質点」や「原子」を、経済学では「個人」とし、個人のすべての個性をはぎ取ってすべての人に共通する行動原理を「利己心」としました。すると、初期条件さえ判明したら、市場経済は「計算可能」となります(計算できるからこそ、経済学が成立します)。ニュートンが「星の動きは計算できるが、人の狂気は計算不能だ」と言ったことは、無視されました。
 さらに、アダム・スミスはもう一つ、無視しました。経済における「ジェンダー」です。だって女性は「利己心」を持つこと(あるいは持ててもそれを発露すること)に社会的制限がかけられていますから(「自立した女性」というだけで、非難された時代のことを私は覚えています。そしてその基調は、今は見えませんが、実は隠蔽されているだけ、が私の見立てです)。
 「経済」は「経済人」の行動の集積です。そしてそこで重視されるのは「経済人」がそれぞれ「自由で妥当な判断をする」という前提。ところがそもそも「経済人」とは、誰? たとえば明治〜昭和20年までの日本で、女性は合法的に「経済活動」をすることができませんでした(すべて「戸主(=男)」の許可が必要)。つまり「経済人」には「自立した男」という前提がある。ということは、現在の「経済学」は、少なくとも人類の半分は最初から無視したところに構築されていることになります。
 ということでタイトル。「アダム・スミスの夕食を作ったのは、誰?」。その活動は「経済」には無関係?(ちなみに、歴史的には独身のアダム・スミスの夕食を作り続けたのは、母親だそうです)

 


過去の未来

2022-05-06 18:33:40 | Weblog

 昔のSF作品を読んだり見たりすると、今に通用する先進性を感じることもありますが、ときにものすごく古めかしいと感じることもあります。たとえば喫煙。昭和の時代に、今のように喫煙が激減するとは誰も思っていなかったから、21世紀の世界でも多くの人が煙草を吸っていたりするんですよね。

【ただいま読書中】『日本アニメ誕生』豊田有恒 著、 勉誠出版、2020年、1800円(税別)

 1961年早川書房の第一回SFコンテスト(当時の名称は空想科学小説コンテスト)で入賞した著者は、SF作家としてデビューします。同じコンテストで入賞した平井和正が少年マガジンで漫画「エイトマン」の原作をしていましたが、それがテレビアニメになることと也、著者に「シナリオライター」の口がかかります(当時のプロは「けっ、テレビ漫画だと? 馬鹿にするな」だったので、素人で才能がありそうな人しか使えなかったのです)。シノプシス(梗概)という言葉さえ知らない素人(著者はまだ大学生)にプロデューサーやディレクターは「ズーム」「SE」といった“業界用語"を教えると同時にシナリオの書き方も親切に指導してくれました。実はテレビ局の人間もテレビアニメについては素人同然で、泥縄以前に、泥棒を捕まえてから縄をなうやり方を習う、という感じだったのです。絵コンテまでは局で作れますが、その先は制作プロダクションに任されます。しかしそこはCM用の数十秒のアニメ制作経験しかないところ。こういった状況で毎週30分のテレビシリーズを……無茶です。無謀です。
 シナリオの稿料は手取り18000円。当時の大卒サラリーマンの初任給とほぼ同じ。しかし若さゆえかあっという間に金は消え、スポンサーの丸美屋からもらったエイトマンふりかけをかけただけの飯をかきこむことがけっこうな確率であったそうです。ともかく、その仕事ぶりが評価され、手塚治虫から「2年目に入った鉄腕アトムのオリジナルシナリオを書かないか」と誘いがかかります。
 小学生の時白黒テレビで私が熱中して見ていたのは「狼少年ケン」「鉄腕アトム」「鉄人28号」「エイトマン」などですが、その内二つのシナリオを書いていたとは、著者はすごい。虫プロ嘱託の身分ですが、月に一本シナリオを書いたら月収64000円が約束されます。シノプシスを数本書いて提出、手塚のOKが出たらその夜は徹夜でシナリオに仕上げます。著者は当時知らなかったのですが、アトムは大変な状況だったのです。雑誌に連載したストックがたっぷりあったはずですが、それを1年でほぼ使い切ってしまった状態で、オリジナルのシナリオがどうしても必要だったのです。
 ここで著者が見た手塚治虫の壮絶とも言える奮闘ぶりには、頭が下がります。彼が身を削り私財を投じてくれたから(そしてその姿に共鳴した多くの人が同様に自身の身を削って奮闘したから)日本に「アニメ」が定着したのです。
 アニメで育ち、やがてそこから離れてSF作家として自立した著者ですが、やがてまたアニメの話が舞い込みます。そこで著者がひねり出したのが「宇宙戦艦ヤマト」ですが、その“元ネタ"が「西遊記」だったとは、驚きました。著作権についても、なんともシビアな話が紹介されます。
 アニメ制作の裏話はすでにいろいろ出版されていますが、シナリオライターの目からのものはなかなか貴重と言えるでしょう。現在「日本アニメ」は「世界に誇る日本の財産」ですが、かつては良くて軽視、悪ければ軽蔑の対象だったことは私も覚えています。時代は良い方向に変わった、と私は思っています。

 


師匠と弟子

2022-05-01 09:03:21 | Weblog

 「出藍の誉れ」という言葉があるように、「師匠」が注目されるのは「師匠を越えるすごい弟子」がいた場合です。だけどそれって、「人を育てる苦労」にプラスして「自分の強力なライバル」を作ってしまうわけで、なんだか割が合わないような気がします。

【ただいま読書中】『絆 ──棋士たち 師弟の物語』野澤啓亘 著、 日本将棋連盟、2021年、1810円(税別)


 雑誌「将棋世界」2019年2月号〜20年6月号に連載された「師弟」に大幅に加筆されたものです。
 個人としての棋士は、なかなか本心を明かしません。記者がインタビューで苦労しているのは、私もテレビ画面でよく見かけます。ところが「師弟」を切り口にすると、棋士たちは驚くほど饒舌に自分について語り始めるのだそうです。
 本書に登場する「師弟」は「中田功/佐藤天彦」「畠山鎮/斎藤慎太郎」「木村一基/高野智史」「淡路仁茂/久保利明」「勝浦修/広瀬章人」「石田和雄/高見泰地」「桐山清澄/豊島将之」「杉本昌隆/藤井聡太」の8組ですが、扱われる棋士は16人ではありません。たとえば中田さんの師匠大山康晴も出てきます。中田さんは、自身の師匠も弟子も「名人」なのです。
 「師弟」が存在するのは、将棋界独特のユニークな制度です。でも特に「キマリ」があるわけではないので、単に形式だけの関係の師弟もあれば、まるで実の親子のような濃厚な関係の師弟もあるそうです。本書に登場する師弟も様々。ただ「将棋は人間が指すもの」であることが「師弟」を見ていてもよくわかります。「強い棋士」は、単に「将棋が強い子供がそのまま成長してなるもの」ではなさそうです。その過程でどんな人に出会い育てられ競い、そういった「人間関係」の中で強い棋士になっていくものなのでしょう。