【ただいま読書中】

おかだ 外郎という乱読家です。mixiに書いている読書日記を、こちらにも出しています。

ガイドランナー

2021-08-31 06:41:17 | Weblog

 例えばウサイン・ボルトのような、絶対的な世界最速の男が、突然失明して、「ではパラリンピックに出る」と希望したとします。もちろん視覚障害者ですから、パラリンピックへの出場資格はあるでしょう。問題は「世界最速」であることです。ガイドランナーを、どうします?

【ただいま読書中】『会計学の誕生』渡邉泉 著、岩波書店(岩波新書1687)、2017年、780円(税別)

 十字軍や東方との貿易によって、13世紀頃から北イタリアの諸都市では商業が盛んになりました。現金取引だけではなくて信用取引が盛んになると「取引の証拠」が必要となります。公正証書や借用証書が用いられますが、いちいち発行するのは手間です。そこで「帳簿」が重視されるようになりました。その時「売主と買主」「貸し手と借り手」の双方の帳簿が一致していなければなりません。つまり簿記は誕生した時から「二重記録(つまり複式簿記)」だったのです。さらにそれが損益計算と結びつくと、「フロー(継続記録)」と「ストック(有高計算)」の二面からの計算が必要になります。この「二面」が「複式」の由来です(複式簿記の簡便法の「単式簿記」が登場するのは、複式簿記が誕生してから500年以上経過した18世紀になってからです)。
 13世紀にアラビア数字がヨーロッパに広がり始めますが、中世のイタリアの帳簿には主にローマ数字が用いられました。アラビア数字が主力になるのは15世紀後半からです。グーテンベルクの活版印刷が広がったことも、アラビア数字の普及を後押ししたかもしれません。
 著者は「複式簿記の本質は損益計算」と言います。損益勘定で企業損益が正しく算出されて初めて複式簿記が完成する、と。
 世界最初の「簿記書」は1494年の『スンマ(算術、幾何、比及び比例総覧)』(ルカ・パチョーリ)です。第一部は「算術と代数」第二部は「幾何」の数学の本ですが、この第一部の中に「複式簿記の章」が含まれているそうです。実は1458年に「商業と完全な商人』(ベネット・コトルリ)という簿記に関する著作が脱稿されていたそうですが、実際に出版されたのは1573年になってからで、だから「世界初」は『スンマ』に奪われてしまったそうです。ちなみにレオナルド・ダ・ヴィンチは『スンマ』を119ソルディで購入して数学を勉強したそうです。また、パチョーリの第二の著書『デヴィナ』の挿絵はダ・ヴィンチが描いています。
 簿記の歴史では、15世紀イタリアに続いて重要なのは17世紀オランダです。貿易立国オランダは当時の世界中の貿易に君臨していました。そこで重要なのは「株式会社」の登場です。ここで「会計年度」の概念が登場し、一定期間ごとに企業の損益を定期的に計算することになりました。オランダの数学者シーマン・ステフィンは『数学的回想録』で複式簿記についても論述しましたが、『スンマ』26ページだったのがこちらでは150ページも充てられています。複式簿記の重要性が高まった、ということなのでしょう。
 そして18世紀のイギリス。産業革命で社会の変革がもたらされ、専門学校やグラマースクールの教科書として簿記書が次々出版されました。そして、複式簿記が複雑すぎる、という声に対しては「単式簿記」、海外との取引などでもっと複雑で正確なものを求める声に対しては「実用簿記」、と、単純化と複雑化の両方向に簿記は変化していきます。しかし最終的に19世紀に「複式簿記」に簿記は再統合されますが、単純な先祖回帰ではなくて、「会計」へと進化して行ったのでした。
 会社が発表する決算書が正しいものかどうか、の保証をするために、19世紀に公認会計士が誕生しました。そして、イギリスから移住した会計士が中心となって、アメリカでも会計士協会が設立されました。そして、英米から影響を受けて日本でも会計学が進みました。明治新政府は日本固有の簿記法(帳合法)を廃止して洋式簿記(複式簿記)を採用、明治5年には小中学校の教科に簿記を組み込みました。
 日本の中小企業のほとんどは赤字なのに倒産しない、とか、逆に黒字なのに倒産する企業があることとか、経済には不思議なことがいろいろありますが、会計学を勉強したらその辺のことがよく分かりそうです。

 


熱の放射

2021-08-29 16:59:57 | Weblog

 熱は「放射」「伝導」「対流」で伝わる、と小学校の理科で習いました。伝導と対流は「物質」による移動ですから理解しやすいのですが、「放射」が難しい。真空中でも伝わりますが、その間「熱」はどこにあるのか?とか、放射の速度はどのくらいなのか?とか、“小学生”の疑問は実はまだ解消されていません。皆さんは、もう解決済みですか?

【ただいま読書中】『三体問題 ──天才たちを悩ませた400年の未解決問題』浅田秀樹 著、講談社(ブルーバックスB-2167)、2021年、1000円(税別)

 ニュートン力学では、天体が二つの場合にはその軌道の「問題」は解くことができます。ところが天体が三つになると突然「問題」は複雑怪奇になります。例えば宇宙に太陽と地球しかなかったら、地球は太陽の周りを公転します。その時太陽は地球に少しだけ引き寄せられますがその移動量と方向は太陽と地球の質量比で計算できます(実際には、太陽と地球の共通重心は太陽の中心から449km、つまり太陽の中心のすぐそばなのですが)。ところがここに火星が加わると……火星も地球と同様太陽の周りを公転します。その時、微妙に地球にも重力の影響を及ぼします。火星に位置をずらされた地球は太陽にもその影響を伝えます。それで微妙に移動した太陽は火星と地球にも影響を与え、それでまた火星と地球は……
 頭がグルングルンになってしまいますが、それでも頭の良い人たちは三体問題に挑戦し続けました。そしてある特殊な状況でなら三体問題が解ける、ということが分かります。いやもう、この辺の科学者の奮闘ぶりには頭が下がります。三体問題は五次方程式になるのですが、本来五次方程式は「代数的には解けない」もののはずなんです。それを解けるものにしちゃうとは、頭が良いだけではなくて、相当トリッキーな発想ができないといけないでしょう。ただ、そういった特殊解の一つから私も知っている「ラグランジュ点」が導き出される、と聞くと「おや?」と身を乗り出したくなります。地球と月のラグランジュ点は「機動戦士ガンダム」で宇宙コロニーに利用されていましたが、現実の宇宙では、太陽と木星のラグランジュ点(L4とL5)には「トロヤ群」と呼ばれる小惑星群が発見されています。
 「水星の近日点移動問題」もまた「三体問題」でもあります。そもそも水星の近日点が本当に移動しているのか、移動しているのならそれは実際にはどのくらいなのか、その観測と計算は大変だったそうです。私はついついアインシュタインの方に注目してしまいますが、地道な努力の積み重ねがあったんですね。

 


明治時代

2021-08-27 11:07:43 | Weblog

 明治維新を起こし、明治政府を駆動したのは、江戸時代に生まれ育った人たちです。すると明治時代を理解するためには、昭和や平成や令和からの視線ではなくて、一度江戸時代まで戻ってから眺めた方が、理解しやすいのかもしれません。

【ただいま読書中】『逆流する津波 ──河川津波のメカニズム・脅威と防災』今村文彦 著、 成山堂書店、2020年、2000円(税別)

 「津波」(津(=湾奥の港)のようなところでかえって高くなる波)という言葉が歴史に登場したのは1611年(慶長十六年)10月28日に発生した奥州地震について『駿府記』で「世曰津波云々」と書かれているところです。もちろん「津波」という言葉を使わずに同じ現象について記録したものはもっと古くからあります(最古の記録は紀元前426年エーゲ海での事例だそうです)。
 パール・バックが「つなみ」というタイトルの作品を書いている、と私は記憶していましたが、調べると原題は「The Big Wave」でした。1946年のアリューシャン地震津波や60年のチリ地震津波などを経て、ハワイ大学のコックス博士が「Tsunami」と呼ぼうと提唱し、学会にまず定着(1960年国際測地学・地球物理連合で「Tsunami Comission(津波委員会)」が開催されています。マスメディアで広く使われるようになったのは2004年インドネシア・スマトラ沖地震で発生したインド洋大津波から。意外と「ツナミ」の歴史は新しいんですね。
 津波の「伝播速度(波形が伝わる速度)」は水深が深いほど速く(浅いほど遅く)なる法則があります(深度5000mだと時速800kmの波が、押し寄せてきて深度10mになると時速36kmになります)。「流速(水分子が動く速度)」は波高と関係していて、波高が高いほど(つまり沿岸ほど)速くなります。「エネルギー伝播速度」は津波のように波長が長い波では伝播速度と同じです。どうして沿岸になると津波が高くなるのか、は、伝播速度が関係します。沿岸に近づくと波の速度は遅くなります。ところがその後ろの水はまだ速い。当然ぎゅうぎゅうに水が集まってしまい、行き場所は「上」しかなくなってしまいます。さらに湾だと奥ほど狭いのでさらに水が集中します。さらに波が押し寄せる周期がその湾の奥行きで決まる固有周期と一致すると「共振」が生じ、津波は急激に高くなります。護岸などに衝突するとそれ以上進めないため水分子の運動エネルギーは位置エネルギーに変換され、波高はさらに高くなります。
 普段の海の波でも「水深と伝播速度の関係」が効いていますね。たとえ海岸線に斜めに波がやって来ても水深が浅くなるとその分遅くなるから深いところの波が浅いところの遅い波を追い越そうとして結局海岸にほぼ並行に波が到着することになります。
 津波が陸に上陸したら、陸にあるものはすべて摩擦抵抗として働きます。しかし河川は、水深がずっと浅い状態が続くし水がどんどん押し込まれるので津波はどんどん遡上していきます。そしてどこかで堤防を越えるとこんどは「内陸からの津波」として人々を襲うことになります。また、排水口から逆流してマンホールから噴き出す都市型洪水となることもあります。
 2003年十勝沖地震で自衛隊が十勝川を遡上する津波を撮影していたそうですが、私が記憶しているのはやはり2011年の東日本大地震です。田圃や集落を襲う津波も衝撃的でしたが、川をどんどん遡上する津波のヘリからの映像は今でも鮮明に覚えています。
 この時石巻市大川小学校では、児童108人中70名・教職員11名中10名が津波で亡くなって訴訟になっています。当時のハザードマップで大川小学校(北上川河口から3.7km上流)は津波の予想浸水域から外れていて、むしろ津波の際の避難所として表示されていました。河川を遡上し橋に瓦礫が引っかかって堰き止められた河川津波がその“想定”を押し流してしまったのです。
 戦争には「縦深防御」という概念があります。「水際作戦」のいわば“反対語”で、破られても破られても“その次”が控えていて時間稼ぎと敵に対する出血を強いるものですが、津波に対してもこの「縦深防御」が必要なのか、と私には思えました。もちろん防潮堤は必要でしょう。しかし「海岸に超巨大な防潮堤さえあれば安心」ではなくて、「どんな防潮堤も破られる」ことを前提とし、さらに「河川」という内陸への“穴”への対応も考えた複合的な防御策が必要でしょう。無駄と思えるかもしれませんが、河川津波への対応を考えておいたら、これから増えるであろう異常な大雨によって起きる洪水対策も同時にできるのではないでしょうか。
 「東南海や南海トラフ地震は起きる」と私は思っています。それは私が生きている間か死んでからかは知りません。でも、それに対する“防御”をしておいて“損”はないのでは?

 


入院逼迫

2021-08-25 06:59:52 | Weblog

 ここまでの状況になっても政治家の動きが鈍いのは「自分たちは特別枠でいつでも入院できる」という安心感があるからでしょうか。スキャンダルが発生したら即座にどこかの病院に入院できる人種ですから。きっと今でもどこかに「ベッド」は確保されているんでしょうね。

【ただいま読書中】『禍いの科学 ──正義が愚行に変わるとき』ポール・A・オフィット 著、 関谷冬華 訳、 日経ナショナルジオグラフィック社、2020年、2000円(税別)

 「世界を変えた発明」で「火」や「紙」は大体上の方にリストアップされますが、では「世界を悪い方向に変えた発明」のリストはどのようなものになるでしょう? 著者は長いリストを作り、そこから厳選された最終候補が、本書です。f
 本書で取り上げられているのは「アヘン」「マーガリン」「化学肥料」「優生学」「ロボトミー手術」「『沈黙の春』」「ノーベル賞受賞者に勧められた『抗酸化』」そして最終章が「過去に学ぶ教訓」。
 アヘン中毒は古くから知られていました。そこで中毒のないアヘンが求められ、その過程で19世紀にモルヒネ、20世紀にヘロインが生み出されました。どちらも誕生直後は「中毒のない夢の薬」「阿片やアルコールの中毒の治療さえ可能」と謳われ、大歓迎されていますが、結局麻薬中毒患者を増やしただけでした。20世紀半ばにオキシコドンというアヘン由来の“新薬”が登場しましたが、医師は懐疑的でした。ところが「ホスピス」が情勢を変えます。「鎮痛」は「正義」になったのです。さらに、癌末期に限らず腰痛やスポーツ外傷等までこの“新薬”はマーケットを拡張、医療だけではなくてブラックマーケットにもこの薬が溢れるようになり、1999年にはペンシルベニア州アレゲニー郡ではオキシコドンの死者が交通事故の死者を上回っています。
 心筋梗塞の原因は動脈硬化で、動脈硬化の原因はコレステロール、が強く言われるようになったのは20世紀半ばでした。この頃日本はコレステロールどころか、カロリー不足をどうするかが問題だったのですが、すでに飽食の国となっていたアメリカでは真剣に「食事からいかにコレステロールを減らすか」が議論されていました。そこで人気を博したのが植物性油。バターの代わりにマーガリンが脚光を浴びることになります。ここでオソロシイのは「食事のコレステロールを減らせば、国民が健康になる」というエビデンスが一切ない(むしろそれに否定的な見解が専門家から表明されている)状態で国の方針が決定された(アメリカ国民が強制的に大規模人体実験に参加させられることになった)ことです。脂肪を構成する脂肪酸には「飽和脂肪酸」「不飽和脂肪酸」「シス脂肪酸」「トランス脂肪酸」があり、それぞれ違いがあります。その「違い」が人の冠動脈に大きな「違い」を生むのです。1970〜80年代、私が社会人になった頃には「飽和脂肪酸=悪」「不飽和脂肪酸=善」の二項対立が声高に唱えられていました。ところが、マーガリン(ヘルシー!な油!)などの部分水素添加油脂に含まれるトランス脂肪酸には心臓病と関連性がある、という都合の悪い論文が1981年に発表されました。さらに、心筋梗塞などの動脈硬化を起こすのは「悪玉コレステロール(LDLコレステロール)」ですが、それにも二種類あることがわかりました。「害のないLDL」と「非常に有害なLDL」で、飽和脂肪酸は確かに「LDLコレステロール」を増やしますが、増やすのは「害のないLDL」だったのです。いやいや、びっくりの逆転劇ですね。ヨーロッパが先に動き、アメリカはその後追いをする形で「トランス脂肪酸の使用制限」が始まりました。ところで日本では「ヘルシーなオイル」って宣伝を、まだしていましたっけ?
 『沈黙の春』についても、私にとっては意外な物語が展開されます。著者のレイチェル・カーソンの人生はなかなか興味深いものでしたが、それに続いて「DDTには、長く豊かな歴史がある」と。たとえば第二次世界大戦では、戦死者よりも発疹チフスによる死者の方が多かったのですが、DDTを使用することによって発疹チフスの発病が激減しています。米国科学アカデミーの試算では、DDTは5億人の命を救ったそうです。しかし(レイチェル・カーソンの影響を強く受けた)環境保護団体はそうは考えず「DDTの禁止」を勝ち取りました。しかしその代替品は、DDTより効果が薄く、副作用が大きなものばかりでした。著者は「『沈黙の春』に触発されたこれらの動きは、蚊をDDTの脅威から救った。しかし人々は蚊の脅威から子供たちを救うことはできなかった」と述べます。これがこの章の結論です。そして教訓は「データがすべて」。
 著者はすべての章で「教訓」を抽出しています。そして最後にそれを列挙するのですが……ここを読んで私はしばらく黙考してしまいました。今の我々は「過去」からきちんと「教訓」を得てそれを生かしているのだろうか、と思いまして。

 


蒲焼きの味

2021-08-23 07:06:35 | Weblog

 うなぎの蒲焼きって、「うなぎ」を味わっているんです?それともタレの味?

 そういえば、「うなぎを焼く匂いだけでもご飯がすすむ」とか「タレだけかけてもご飯がすすむ」とか言いません?

【ただいま読書中】『ヒトにしかできない接客 ロボットでもできる接客 ──ダメダメだった僕らのお店が笑顔であふれる場所になれた理由(わけ)』工藤昌幸・板野太貴 著、 こう書房、2014年、1380円(税別)

 低迷しているファミリー向け焼き肉レストラン「笑顔亭」にてこ入れのためにコンサルタントがやって来るシーンから本書は始まります。無気力な店長、能力不足のスタッフたち、低迷する売上……そこに登場したのは、一風変わったコンサルタント上藤。何も否定せず、まずは現状を受け入れるところから始めます。そして店員たちに語るのが「ロボットでもできる接客(視野を広く、動作は速く正確に)」と「ヒトにしかできない接客(目の前のお客の満足度)」とのバランスの大切さ。さらに「満足度」には「客」だけではなくて「スタッフ全員」も含める、と上藤は宣言します。「笑顔亭」なのだから、客だけではなくてスタッフも全員笑顔でいられるようにしよう、と。
 本書では「笑顔」の大切さが説かれ、さらにスタッフを“その方向”に導く「店長(管理職)」の職責の大切さも説かれます。消費者としては「お店に行ったら笑顔になれる」は重要なことですから「どんどんやってくれ」と言いたくなりますが、ただ「感情労働」の問題のことも私は意識してしまいます。これってスタッフに「感情を持ち人間の“皮”をかぶったロボットになれ」と求めていません? 公私の「公」では「感情を持ったロボット」で、「私」の方では「人間」、と上手く使い分けることができたら良いでしょうが、それが下手な人は「私」の方に感情の領域を使う「公」が浸食してきてすごいストレスになるのではないか、という危惧も私は抱きます。人はみんな違うのですから。そしてそういった「人たち」に一律のサービスを求める行為自体、最初から無理があるはずですから。

 


公私の別

2021-08-22 07:43:25 | Weblog

 AV女優やAV男優は、プライベートセックスにも「仕事」を持ち込むのでしょうか。それともきちんと区別できる?

【ただいま読書中】『白い病』カレル・チャペック 著、 阿部賢一 訳、 岩波書店(岩波文庫赤774-3)、2020年、580円(税別)

 「ロボット」の命名者として有名な著者が1937年に発表した戯曲です。
 戦争が間近に迫る世界に「雪崩のように」流行し始めた「白い病(ペイピン病、チェン氏病、ジーゲリウス症候群)」。まず皮膚に白い斑点が発生、ついで内臓が腐り始めます。原因は不明、治療法はなし。人々は「ペストだ」「ハンセン病だ」と恐れ、中国を悪者にし、権力者は責任逃れに没頭しています。COVID-19に出会ったときの人々の行動を思い出すと、著者はまるで予言者のようです。さらにCOVID-19でも「若者はかからない」とか「かかっても軽い」というデマが出回りましたが、「白い病」も興味深いことに若年者は侵さず、中年以降(四十代以降)が病気のターゲットとなっていて、世代間の対立も引き起こされます。
 そこに「治療法を見つけた」という開業医ガレーンが登場。まずは大学病院に乗り込み、前の教授との関係を上手く使って病棟に入り込みますが、肝腎の治療法は秘密です。人々は「どうせ食わせ物だ」と冷ややかに対応します。ところがガレーンの治療はすばらしい効果を示しました。すると人々は「どうせ金儲けが目的だ」と冷ややかに対応し、「なんとか秘密の注射の中身を盗んでやる」「名声は自分のものにしてやる」と画策し始めます。
 そこでガレーンは「秘密を公開する条件」を示します。それは「戦争をやめること」。戦争をやめない限り特効薬の秘密は明かさない、というのです。人々は「人が生きたまま腐っていくのを放置するつもりか」とガレーンを非難します。ガレーンは言い返します。「戦争で人を殺すのを放置するつもりか」。
 『山椒魚戦争』で著者はナチズムを風刺・批判していますが、その精神は本書でも当然健在です。そしてその批判精神は「世界そのもののあり方」「人間性」にも及んでいます。だからこそ本書に登場する人物の言動は、現在の世界の人間のものと重なって見えるのでしょう。
 ……ということは、約100年で、人間は進歩していない、ということに?

 


科学と宗教

2021-08-20 07:03:05 | Weblog

 「宗教と科学は両立するのか?」(ひとりの人間が、敬虔な信者であると同時に優秀な科学者であることが、できるのか?)という問いがよく出されますが、私は両立すると考えています。たとえば十八世紀ころの「科学者」はほとんどが敬虔な信者でもあり、「神がつくった世界の意味を、聖書を丸ごと信じるのではなくて、自分の力で解明しよう」と努力していました。オウム真理教も悪い意味で両立していた、と言えます。宗教者にも科学者にも「良い人間」も「悪い人間」も存在しているし、「悪い人間」と「悪い人間」が揃ってしまうこともあるのでしょう。

【ただいま読書中】『科学化する仏教 ──瞑想と心身の近現代』碧海寿広 著、 KADOKAWA(角川選書640)、2020年、1700円(税別)

 人は「無意味」に耐えられません。「自分の人生は無意味だ」とか「この世界は無意味だ」とかは、嫌でしょ? そこでそこに「意味」を求めます。その意味が「神」によって与えられるのが、宗教。自分で探求するのが、科学。
 宗教の中でも仏教は特に「心の解明」に努めてきた点が特徴的です。ただし仏教での「心」は「自分の心」であって、科学の分野での「心理学」が「人間の心(の基本構造)」を解明しようとしたのとは違う立場です。しかし、明治時代に心理学が西洋から輸入されると、それを取り込んでの「仏教心理学」が井上円了によって提唱されました(ちなみに井上円了は妖怪学でも知られていますが、それはほとんど心理学的に展開されています)。ただあくまで「心」にだけ注目する円了は、座禅でも「心」の分析だけを行いました(これは後に座禅を実践する仏教者が「心身」を対象として考察したのとは異なっています)。まあ、真宗大谷派では「信心」が最重要ですから、「身体」を軽視するのも当然とは言えますが。また、禅での悟りとキリスト教の見神とを関連づけた議論も行われていますが、これは純粋なキリスト教徒からは拒絶反応が出るでしょうね。
 明治後期に催眠術が日本では大ブームとなりましたが、これもまた宗教と心理学の狭間に位置していました。特に真言密教は催眠術と相性が良かったようです。ところが明治天皇の崩御にあたって、天皇存命を祈る密教の祈祷がまったく無効であったことにより「祈祷なんか意味がないのでは?」という疑問が出現し、真言密教は衝撃を受けました。
 明治の末頃さまざまな「健康法」がブームとなりますが、これは医学とともに宗教も巻き込んでいきます。真言密教は「即身成仏」を唱えますが、その思想を健康法に持ち込む僧侶もいました。浄土真宗では「内観療法」(隔離された環境で自己内省を深める心理療法)が唱えられました。医学の方からも「内観」と似た両方も登場しました。「森田療法」です。こちらには禅の影響も見られるそうです。
 禅(の悟り)を科学的に研究する動きもありました。その中には「インスタント禅」としてLSDを用いるものもあります。これはさすがにインスタントすぎると私は思いますが、「結果が同じならその経過がショートカットできるのならした方が良い」という発想なのでしょうね。禅の悟りについて禅僧たちは多くを語ってきませんでしたが、近代になると人々は饒舌になります。その代表が鈴木大拙です。
 1970年代〜世紀末にかけて、ニューサイエンス(ニューエイジサイエンス)が流行しました。近代科学を批判し、仏教をはじめとする東洋思想や神秘主義を科学に持ち込もうとしていました。そういえばあの頃西洋では「タオ」も人気でしたね。これは「科学者の宗教熱」とも言えますが、それに呼応した宗教者の代表がダライ・ラマでした。ただ、日本ではニューサイエンスはオカルトとして消費されてしまいましたが。
 そして現在世界的なブームとなっているのが「マインドフルネス(瞑想)」。これは仏教における瞑想の新たな世界的展開で、人々の精神世界を豊かにする効果もあるでしょうし、資本主義的に「マーケットの拡大」ももたらすでしょう。そして、その動きはこんどは仏教に影響をもたらすはずです。

 


麦はどこに?

2021-08-18 06:38:09 | Weblog

 私が子供のころには「二毛作」があり、冬の田圃には麦が植えられていました。だから「麦秋」が春であることも体感的にわかりました。最近の田圃は、冬は稲が刈り取られたままがらんとしています。その割には讃岐うどんなどはあちこちで食べることができるのですが、あの麦は、どこから来ているのでしょう?

【ただいま読書中】『農協の大罪 ──「農政トライアングル」が招く日本の食料不安』山下一仁 著、 宝島社(宝島新書)、2009年、667円(税別)

 農協・自民党・農林省によって作られた「農政トライアングル」は日本の農業に重大な影響を与え続けていました。たとえば「大規模専業農家」を増やす構造改革は農協の反対で潰されました。「多数の零細兼業農家」の方が「票田」として“豊か”ですから。さらに農家の農業外収入や農地転用利益を農協は預金として吸い上げて運用して莫大な利益を上げました(農業収入は微々たるものです。また、資金運用は主に農業“以外”に対して行われました)。
 日本農業にはかつて「不変の三大基本数字」がありました。「農地面積600万ヘクタール」「農業就業人口1400万人」「農家戸数550万戸」で、明治初期から1960年まで大きな変化がなかったのです。しかし1961年からどの数字も減り始めました。グラフで見るとその状況は深刻です。GDPに占める農業生産は50年間で9%から1%に減っています。さらに、政府が農業保護に投じた金はGDPの約1%、つまり、保護がなければ日本の農業のGDPは0%(?)。
 1960年、日本の農業生産は戦前の水準に戻りました。そのため農村選出の議員たちは「農業予算削減」を恐れます。また、その数年前から農家所得が勤労者世帯の所得を下回るようになり、自民党は危機感を持っていました。そこで「農業基本法」が制定されます。この法律の基本理念は「農家が農業収入だけで暮らせるようになる」でした。しかし……
 食管制度はもともとは「乏しい食料を皆で分け合う」「国民の負担は少しでも少ないように」という「消費者保護」目的のものでした。ところが1960年に「生産者米価を上げる」ことに目的が変化します。「生産者および所得補償方式」が生産者米価の計算に用いられましたが、そこで使われる「労賃」は農村部ではなくて都市部の高い労賃(「都市均衡労賃」)が採用されました。「商品としての米の値段」ではなくて「農家の所得を保証するための米価」となったのです。これでは「必死に努力して『美味い米』を作る農家」と「適当に手を抜いて『米の形をした作物』を作る農家」とで扱いが全く同じで、その結果はモラルハザードでしょう。
 もちろん手を抜かない農家はたくさんいたはずです。でも……
 たとえば学校の試験で「カンニングしてもOK。もちろんモラルの点では良くないけどね。なお、試験の結果はそのまま成績表や内申書に直結させるよ」と教師が言ったら、歯を食いしばって真面目に勉強する人もいるでしょうが、カンニングをする人もいるでしょう。「良い」とか「悪い」とか、「正しい」とか「間違っている」とか言うのは簡単ですが、でも「ズルをした方が得をする制度」は最初から作らない方がいいんじゃないかなあ。
 大企業のサラリーマンの所得が増えると、それに連動して米価は自動的に上昇しました。しかし、日本の食糧自給率はどんどん低下していきました。これは生活の洋風化などに農業の構造改革で対応しなかったせい、と著者は考えます。実は農業基本法ではそれを考慮に入れていました。ところがその法の精神を骨抜きにしたのが「農政トライアングル」でした。食管制度が行き詰まると自主流通米、減反政策、とにかく「米」のことばかりに夢中で、実際には需要がある他の作物は輸入すれば良い、という態度です。EUの農業保護が「作りたいだけ作りたいものを作れ」として余剰になった農産物には補助金を付けて輸出する(だから食糧自給率が上がる)のとずいぶん違います。
 農作物の品種改良で一つの柱は「収量増加」です。ところが日本の米は、収量が増えると減反面積が増えるので、農協も(減反補助金が増える)財務も反対しました。その結果日本の米の単収(単位面積あたり収量)を増やす研究は“タブー”となり、国際的に置いて行かれることになってしまいました。さらに減反の割り当ては、主業農家にも兼業農家にも“平等”だったため、農業依存度が高い主業農家のダメージは大きくなりました。そして、高額の減反補助金を負担しているのは、消費者です。
 農地についても話はややこしい。戦前の小作制度の苦い記憶から農林省は「農地の賃貸は禁止」としていました。ところが売買によって農地をまとめることはできませんでした。だって便利なところは宅地に売れば農業やっているよりもお金が手に入るのですから。
 昭和の末頃、私が知っている農家の人は「農協が勝手に家の倉庫に農薬や肥料を配達して、使うスケジュールも指定してくる。できたものは一山いくらでまとめて農協が買っていく。なんだか、自分が農業をやっている気がしない」とぼやいていました。で、本書を読む限り、農協(と自民党と農林省(農水省))は「日本の農業」ではなくて「それ以外のこと」にずいぶん熱心だったようです。
 そういえば、最近大阪での米の先物取引を農水省が潰しましたが、この背景には農協の「自分たちが米の価格操作ができなくなる」という危機感があることが、12年前の本書にすでに書かれています。でもこれって、日本の農業のためになるのかな? 国際的な価格競争力がなくなっちゃうんですけど。

 


スマホの警報音

2021-08-15 15:44:57 | Weblog

 特別警報の時のスマホの大騒ぎは、何回聞いても慣れることができません。まあ、慣れては困るのですが。
 ところで、特別警報が解除されたときには、「解除されたよ」と静かに通知してくれませんか? 永遠に特別警報態勢のわけはないのですから。

【ただいま読書中】『神のダイスを見上げて』知念実希人 著、 光文社、2018年、1300円(税別)

 有名な「神はダイスを振らない」(アインシュタイン)がまず紹介され、そして「神が振るダイス」(地球に急接近している巨大小惑星「ダイス」、表面がもろくて剥がれ続けているため軌道が確定できず、あと5日で地球に衝突する(そして人類を絶滅させる)か地球のすぐそばを「巨大な天体ショー」として通過するだけか、がわかる)が空の一画に見えることも描写されます。5日後は「裁きの刻(とき)」。しかし主人公の高校生亨にとって、地球や全人類のことよりも、姉が殺されたことの方が重大事でした。彼女は亨にとって唯一の家族、「世界」そのものだったのです。「人類絶滅(の可能性)」を目前にして混乱した社会では、真っ当なお葬式もできず、姉の骨壺に亨は誓います。復讐を。
 でも、誰に対して?
 『地上最後の刑事』『カウントダウン・シティ』『世界の終わりの七日間』(ベン・H. ウィンタース)では小惑星衝突によって人類が滅亡する「終末」を目前にしながら、地道に「自分の職責」を果たそうとする元刑事の姿がハードボイルドの形式を借りて静かに描かれていました。「終末目前」「捜査」という点では、本書も似ています。ただこちらは、主人公が高校生で、しかも「終末」があくまで「確定していない可能性」という点が大きく違います。なんというか、ハードボイルドではなくて生煮え感が出てくるのですが、でも青春小説としてはこの生煮え感が重要でしょう。未熟で考えが足りない人間の行き当たりばったり感が、物語の切迫感や焦燥感を盛り上げてくれますから。
 姉が大学で怪しげな(「ダイス」を「神からの人類へのメッセージ」と信じる)サークルに所属していた、と知った亨は、その手がかりを追います。しかし、逆に彼を狙う謎の人物(たち)が……
 「真犯人」を突き止める謎解きとしては、それほど難しいものではありません。手がかりを著者は小出しにしてくれますが、その小出し小出しの隙間にこちらには考える時間がたっぷり与えられましたから。ただ、「虚飾の日常」がはぎ取られた「非常時」を舞台としていますが、「青春小説」としての真っ当な骨格がしっかり構成されていて、そちらの方で私は楽しめました。

 


25年×4

2021-08-14 08:12:40 | Weblog

 「50年前のこと」は私は自分の記憶を使って語ることができます。「75年前」だったら親や親戚のおじさんやおばさんから聞いたことが使えます。しかし、「100年前」はそういった個人的な体験が使えません(私は祖父母は全員早くになくしていますので)。
 もしも祖父母がまだ生きているのでしたら、亡くなる前に話をきいておいた方が良いですよ。別に「何かの役に立つ」がどうかはわかりませんが、少なくとも「自分の記憶」を豊かにするには役立ちますから。

【ただいま読書中】『医療と福祉の100年 ウイルスの発見からバリアフリーへ(国際理解っておもしろい! 100年でなにが変わったか?(4))』保岡孝之・吉村英子・古川孝順 監修、PHP研究所 編、PHP研究所、2001年

 100年前、下痢や「こじれた風邪」程度で人はばたばた死んでいました。衛生状態は悪く、感染症に対する抗生物質など存在しない時代です。病気になったら「自宅療養」が基本でした。コロナ禍でまた「自宅療養」が重視されていますが、日本は明治に戻ったのか、と思わされます。
 家の中にはハエや蚊が飛び回っていました。実は50年前にも我が家の中にはハエや蚊が飛び回っていました。それが網戸の普及で締め出されたと思ったら、今ではダニが問題になる時代です。「害虫」の中身は変わりましたが、「害虫」は相変わらず存在し続けています。
 子どもたちの体格は向上しています。ところが体力や運動能力はむしろ低下気味。おやおや。
 19世紀には「ワクチンによって医学は病気に勝利する」と謳われていました。20世紀にペニシリンが出た頃「抗生物質によって医学は感染症に勝利する」と言われていましたが、実際にはウイルス疾患や耐性菌の出現でそう話は簡単ではありませんでした。ところでCOVID-19に関しても「ワクチンで勝利」とか「治療薬で勝利」とか2世紀前や1世紀前とまったく同じことを明るく主張する人がいるわけですが、そんなに話は簡単なのかな?