【ただいま読書中】

おかだ 外郎という乱読家です。mixiに書いている読書日記を、こちらにも出しています。

弔問外交

2022-09-28 12:40:53 | Weblog

 “お友達"のプーチンとトランプは、いましたっけ?

【ただいま読書中】『ばらまき ──河井夫妻大規模買収事件全記録』中国新聞「決別金権政治」取材班 著、 集英社、2021年、1600円(税別)

 「政治」が大好きなことで結びついている夫妻が引き起こした事件の顛末です。
 最初は「文春砲」でした。「妻の選挙で運動員に規定以上の報酬が支払われ、その責任者は夫(しかも法務大臣)」というのです。即日河井克行は法務大臣を辞職、中国新聞は(というか、文春以外のすべてのマスコミは)文春の“二の矢"は何か、と固唾を呑みます。中国新聞は「多数の自民党県議などへの現金ばらまき」が“それ"と読んで、独自に取材を始めその感触を得て記事にします。しかし文春の“二の矢"は河井克行の「(選挙運動中の)60kmオーバーのスピード違反」。つまり結果として中国新聞は「特ダネ」をものにしたことになりました。次は朝日新聞の「秘書が違法性を認めた」「自民党本部から1億5000万円の選挙資金提供」の特ダネ2連発。
 「政治と金」は大きな問題です。しかし、山口県での「桜を見る会」疑惑を最初にスクープしたのは「しんぶん赤旗 日曜版」、広島県での「河井夫妻」では「週刊文春」。新聞記者たちは「自分たちの存在価値は?」と自問させられることになります。記者たちは巻き返しを図りますが、検察は一切情報を漏らしません。ここで重要な手がかりとなったのが「つながらない携帯電話」でした。中国新聞がマークしていた市議や県議で、携帯電話が鳴らない人が何人もいたのです。「検察に聴取され、携帯は押収されているのでは?」と記者たちは推測し、その裏付けに走ります。広島県と全23市町の全首長と全議員、500人以上を対象とした“ローラー取材"の開始です。新聞社という組織力を発揮した瞬間でした。
 しかしまあ、政治家たちの“肉声"にはあきれます。自己保身と自己弁護、なんとか言い逃れて時間を稼いでいたらそのうちに忘れてくれるだろう、という態度がアリアリ。それでもこの河井事件は、日本を少しは変えたようです。日本のあちこちで(河井事件よりは規模は小さいけれど)同様の現金ばらまきが行われていたのですが、受け取る側が「河井事件のようになるかもしれない」とびびって返金することが増えているのだそうです(中国新聞の記者はわざわざ各地で取材をしています)。
 そして「百日裁判」の開始。しかし検察は139人もの証人尋問を申請します(これは弁護側が供述調書の証拠採用に反対したせいでもあります)。100日で終わるのか?と素朴な疑問が記者たちの頭に浮かびます。河井克行は、保釈請求を繰り返し、弁護団を全員解任し(新たな弁護団が揃うまで審理は中止になります。しかし、新たに選任された弁護士7人のうち5人は前回解任された人たちでした。明らかな時間稼ぎです)、法廷で証言中の証人を怒鳴りつけ、自身が証人として出廷して検察官とやり取りをするときにはひたすら攻撃的に揚げ足取りや皮肉や話題を逸らすことに熱中。……なんというか、やりたい放題で、聞いている側はイライラが募ります。
 日本の政治家(の一部)が「法律を守ること」よりも「法律の穴をつくこと」に極めて熟達していることがよくわかります。ただ、ばれちゃまずい、ということはわかっているからこっそりやっているんですよね。だとしたら、あるかどうかわからない「良心」に期待するよりも、情報の透明性に私はひたすら期待してしまいます。

 


円安対策

2022-09-25 16:02:54 | Weblog

 「投機的な動きは許せない」と政府・日銀は円買い介入をしましたが、貴重な外貨(死語?)を手放して安物となった円を買い込むのは、結局国益を損じていません? さらに、円安傾向なのは「投機」のせいでしたっけ?

【ただいま読書中】『あたしの、ボケのお姫様。』令丈ヒロ子 著、 ポプラ社、2016年、1400円(税別)

 中学生のまどかのクラスに5月という中途半端な時期に転校生るりりがやって来ます。小柄で昭和アイドルのような恰好をしていて、話すと完璧な天然ボケ。小学生の時に「あたしはお笑いの道を目指す」と決心して同級生のキエ蔵とコンビを組んで学校では人気者となっていたのに、“路線対立"(キエ蔵は完璧な脚本と徹底した稽古での漫才を目指すが、まどかは自由奔放な方が好み)のためにコンビ解消をしてしまい、その時の“傷"を今も引き摺っていたまどかは、ピンときます。るりりとだったら、すごい漫才ができる、と。
 本書で“演じ"られる漫才(あるいはピン芸人の芸)の数々、実際に見たいぞ、と思わされるものばかりです。さらに、現代社会の暗部が子供たちにしっかりと影を落としていることも描かれるし、主人公の成長も繊細に描かれるし、でもそのどれも面白いし。
 2015年に『花火』でお笑い芸人の世界が純文学に殴り込みをかけましたが、その翌年にはもうお笑いが「青春小説」でかつ「百合」として登場していたわけです。20世紀の「お笑いブーム」は、そのどれもが数人の“MC芸人"を残しただけで消えていきましたが、実は“ブームではないお笑い"はしっかりと現実の日本社会に影響を残しているようです。
 いやあ、面白かった。

 


敬老の日に思うこと

2022-09-19 17:06:11 | Weblog

 高齢者の就労率がどんどん上がっているそうです。その記事を読んでいると、「人手不足だから」とか「日本人は勤労意欲が高いから」などの理由が挙げられていますが、これ、根拠はなんでしょう? ちゃんと「高齢者自身」に聞いたのかな? もしかしたら「年金では食っていけない」がトップの理由ではないか、と思いますが、これも私の想像でしかありません。だから実際にアンケートしたらわかるんじゃないかしら?

【ただいま読書中】『嫌われた監督 ──落合博満は中日をどう変えたのか』鈴木忠平 著、 文藝春秋、2021年、1900円(税別)

 現役時代に3度の三冠王を獲得したとんでもない選手だった落合博満は、2004年から7年間中日ドラゴンズの監督を務めました。本書は「落合が監督になるらしい」という噂が囁かれるようになったところから始まります。
 日刊スポーツで中日の担当記者(一番の下っ端で落ちこぼれ気味)をしていた著者は、スポーツ記者たちが「落合のすごさ」ではなくて「おれは落合が嫌いだ」と熱心に語ることに違和感を感じます。
 担当記者として落合につきまとうことになった著者は、落合がそういった「個人的感情」から敢えて距離を置くことで「野球に没入している(だからすごい成績が上げられる)」ことと、感情を排するからこそ他人の共感も理解も得られず嫌われることになる(だけど落合はそのことを気にしていないので、他人は「自分がこんなに嫌っているのに、無視された」とさらに嫌うことになる)ことに気づきます。
 では、落合自身は、実際にはどう感じているのか? 興味を持った著者は、他人の評価を無批判に受け入れるのではなくて、まず落合の言葉に耳を傾け、彼の行動を観察し、自分の頭で考えることから始めます。
 本書を読んでいて思うのは「すれ違い」です。人々は落合に「自分が慣れ親しんでいる予定調和」を求めます。しかし落合は「守破離の『守』を否定し『破』と『離』によって野球選手としての“自分"を確立した」という思い(自負)があります。つまり最初から話はすれ違っている。そこで人々は落合を否定します。ところが落合は実績によってその否定を否定してしまう。そこではじめて人は落合に質問をします。ところがその質問は「予定調和」の世界に立脚しているから、落合には答えようがない。ほとんど外国語で質問された気分でしょう。言葉自体が違うし、その言葉が拠って立つ文化も違うのです。だから落合は、答えるにしてもシンプルな単語を返すことができるだけです。あるいは「単純な行動(たとえば観察)」を求める。ところがそれを聞いた人は相変わらず「予定調和」で理解するものだから、結局落合の真意は伝わりません。
 つまり、壮大な「すれ違いの世界」が構築されているのです。
 ここで人々は、落合をやはり否定するか、あるいは落合に「変わる(こちらの世界にやって来る)」ことを要求します。「自分の常識は正しい(正義である)」と自信を持つ人々は、自分と話が合わない人に問題がある、と思うものです。
 でも、「すれ違い」を解消するためには、もう一つ手があります。落合に変わることを求めるのではなくて、自分が変わる。実際に、(「落合が嫌い」という感情は脇に置いておいて)落合の言葉を実践した(そしてそれで成長した)選手がいることが本書では紹介されています。
 落合監督は「チームの勝利」を最優先にします。序列や上下関係とか一か八かの勝負とか男のロマンとか偉業とか、そういったものはすべて二の次。それは毎試合表現されていたのですが、極端にわかりやすく表現されたのが2007年の日本シリーズでしょう。日本ハムに対して3勝1敗で迎えた第5戦、これに勝てば日本一!という大切な試合。山井投手がパーフェクトピッチングで8回を投げきったのに、9回頭で投手交代、絶対的なリリーフエースの岩瀬を投入した采配に対して、賛否両論、というか、ほとんどが否定と落合に対する非難でした。しかし、著者が落合から直接聞き出した「投手交代の根拠」は、なんと4年も過去に遡るものだったのです。さらにその回答に著者は「落合はマシンではなくて人間だ。しかし、この勝利で“空っぽ"になっている」と感じます。
 落合は監督として、勝ち続けました。最悪の年でもAクラスを確保しています。ところが人々はそれが気に入りません。「勝ち方が面白くない」と悪口を言い続け、「中日の人気が上がらないのは落合が勝つせいだ」とまで言います。そして球団は「勝ち続けて人件費が高騰したこと」を理由に落合の首を斬ります(というのは正確ではありませんね。契約の更新を拒否した、です)。
 どうしてここまで落合が嫌われるのか。おそらく「日本野球の常識」を落合が平気で否定するからでしょう。でも、勝負の世界で生きる人間が「常識」や「お約束」を守ってばかりいたら、なみ以上の成績は上げられないのでは? ルールの範囲内で相手の意表を突いたら勝つ確率は上がります。
 おそらく「負けたときの言い訳」として「常識」が使われているのでしょうね。「こんな時には○○でしょう? それで負けたのだから仕方ない」と。
 だけど落合は「常識」を無視します。だから負けたときには「自分の決断」が敗因となる。で、勝ったときにはその決断を無視した(評価しなかった)人が負けたときには問題視する。
 いかにも「日本的」といえば言えそうです。
 そういえば「落合が真意を詳しく説明しない」ことを問題視する人も多数いますが、たとえば「落合解任記者会見」のときに球団は「解任の真意」についてまるで説明しませんでした。どっちもどっちでは?
 なお、本書は「落合監督」についての本ですが、同時に「日本プロ野球」の問題点についての本でもあります。また、サイドストーリーとして、著者の変容(成長?)の本でもあります。最初は落合の言葉にどぎまぎするだけだった著者が、最後の頃には(正解かどうかは別として)自分の頭で考え言葉を発するようになっています。それは「どぎまぎするだけ(言葉を発しない)」ことによって無責任の領域に逃げていた著者が、自分の言葉を発することで自分の責任を明確にする態度を示せるようになったことを意味します。ことばって、重いんですよね。
 そういえば落合監督が最重要視したのは「契約書」でしたが、契約書もまた「ことば」で書かれているんでしたね。

 


「緊張感を持って注視する」

2022-09-08 16:03:20 | Weblog

 昔「壊れたレコードプレーヤー」という言葉がありました。しかし、ここまで“正確"に同じ言葉を確信的に繰り返している政治家を見ると、彼らの頭の中には「壊れていないテープレコーダー」が設置されているに違いない、という確信が私の中に生まれました。

【ただいま読書中】『100万回死んだねこ ──覚え違いタイトル集』福井県立図書館 編著、 講談社、2021年、1200円(税別)

 本書はちょっとしたクイズ本になってます。
 Q:あなたは図書館の司書です。「こんな本を探しています」と質問が来ました。あなたはその人に「この本のことですか?」とどんな本のタイトルを答えますか?

 夏目漱石の「僕ちゃん」……これは簡単。「坊ちゃん」。
 「蚊にピアス」……これも簡単。「蛇にピアス」。しかしこの質問で改めて「蚊」も「蛇」も虫偏であることを意識しました。
 「紙つくれ」……これも読んだことあるな。「紙つなげ!」ですね。
 「ストラディバリウスはこう言った」……これには笑い転げました。もちろん「ツァラトゥストラはこう言った」ですが「ツァラトゥストラはかく語りき」もあるから、さて、どちらを勧めたものか。

 いやあ、覚え間違いのバリエーションには驚きますが、そこから“正解"を導き出す司書たちの腕の良さにも驚きます。図書館のシステムならではの検索テクニック(助詞や漢字の間違いも許してくれないので、できるだけキーワードだけをひらがなで入力する)も参考になりました。こんど図書館の蔵書をネット検索するときにはそれでやってみることにします。
 図書館の司書の仕事は、貸出業務や本の移動だけではありません。「リファレンス・サービス」という極めて知的な作業もされています。こういった人材を使わないのは、納税者としては損をしている、と私は思いました。というか、こういった仕事だったら私もやりたいな。

 


台風への備え

2022-09-02 14:02:15 | Weblog

 まずするべきは、何でしょう? 「緊張感を持って注視する」でとりあえず足りるかな? 日本の政治家は「それで充分」とふだんから主張していますよね。

【ただいま読書中】『NSA(上)』アンドレアス・エシュバッハ 著、 赤坂桃子 訳、 早川書房(ハヤカワ文庫SF2352)、2022年、1240円(税別)

 蒸気機関に駆動された産業革命の時代、イギリスではバベッジ卿(とエイダ)によって「解析機関」が製作されました。この解析機関が発展して電子化されていたら歴史はどうなっていたか、という歴史改変もののSFです。本書ではさらにもう一捻りが加えられていて、第一次世界大戦後に携帯電話とワールドネット(現在のインターネットのようなもの)も発明されていて、ちょうど現在の世界(スマホとネットの世界)とほぼ同じ状況になっているところに、ヒトラーが登場した、となっています。すると何が起きるでしょう? ヒトラーはまず「現金廃止」を行います。ユダヤ人(だけではなくてドイツ人全員)の金の流れが追跡できるようにし、電話とネットで全国民の監視を可能にしました。情報管理の担当部局は、ワイマール時代に作られたNSAという組織です。
 ここで私は笑ってしまいます。だって「NSA」はアメリカに実在の組織(アメリカ国家安全保障局)で、実際に情報を監視していますから。つまりこの本は、「異世界(歴史改変)」それも第二次世界大戦下のドイツを舞台としていますが、実は「21世紀の(インターネットとスマホが普及した)社会」も重ね合わされているのです。
 20世紀前半のドイツは(というか、世界のほとんどは)男尊女卑の社会でした。「コンピューターのプログラミング」は「女性の仕事」とされ、教科書はプログラミングを編み物や料理にたとえるところから始められます。「女性のための本」なのです。
 さて、NSAに勤務するプログラマーのヘレーネは、運命によって脱走兵を匿うことになり、二人は恋に落ちてしまいます。二人とも国家反逆罪ものです。また、NSAで“男の仕事"であるデータ分析をおこなうレトケは、少年時代に3人の少年と4人の少女にものすごい屈辱を受け、その復讐のためにNSAのデータを私的に活用していました。これまたばれるとあっさり死刑です。そして、ひょんなことでヘレーネとレトケは、お互いがどんな秘密を抱いているのか知らないまま、“協力"をするようになっていきます。まるで薄氷の上でのアイスダンスです。
 「見張りを見張るのは、誰?」という有名な言葉がありますが、情報を管理する人間を見張るのは、誰なんでしょう? 悪意を持った人がその組織を牛耳っていないという保証は、ありましたっけ?