トクオウは気が気ではなかった。
今年も賤が家の軒下を彩るべく、忠義な檸檬が馥郁たる五弁の白花を咲かせたというのに、なんということであろう、蝶が来ないのだ。
平成31年の晩春、百花はことごとくが早く開花し、藤でさえ4月中旬には花房を垂らしていたのに、令和元年を迎えた初夏、どういうわけかひらひらひらと、花に戯れ舞い遊ぶべき、胡蝶の姿が見当たらないのだった。
シジミチョウが数羽、クロアゲハ一頭、モンシロチョウ二羽ほど…それがこの春以来、トクオウが見かけた蝶たちであった。
去る平成31年の3月18日、いまだ檸檬の摘果を躊躇していたトクオウは、いつの間にか、実の付け根の枝に、ツンツンと尖った棘が育っていたのに気がついた。
ぉぉ、母は強し、といにしへにも言うけれど、万物が、自分が守るべきものの生じたとき、何らかの防御策を講じ、頑強な物体へと変化していくものなのである…感慨に打たれた。
それを観察日記にまとめようと考えていたのであるが、それも時の波に紛れ……
「棘のある樹」という表題が果たせなかった、一葉の写真を添えて……
そうこうしているうちの平成31年4月19日、摘果せぬまま、檸檬が蕾をもった。
トクオウは焦った。1町ほども西へ行った庭園に、毎年たわわに実を成す、大きな柑橘の樹があるのだが(種類不明・夏蜜柑の様にもハッサクの様にも見える黄色い丸い実がなるので、散歩の都度羨ましげに眺めていたのであった)、鷹揚なのであろう、かの樹の主は、まだ摘果せぬのを指標として、トクオウも檸檬の収穫を計りかねていたのだった。
採るなら今。
そうして、やっと、檸檬花の開き初めた匂い、姿かたちをいつくしみ、心が安らいだのであるが…なんたること、蝶が来ないのである。
鳥から実を守る防御ネットも取り外したというのに……
令和元年5月1日。
花は咲けどもてふてふの、身の一つだになきぞ、悲しき。
今年も賤が家の軒下を彩るべく、忠義な檸檬が馥郁たる五弁の白花を咲かせたというのに、なんということであろう、蝶が来ないのだ。
平成31年の晩春、百花はことごとくが早く開花し、藤でさえ4月中旬には花房を垂らしていたのに、令和元年を迎えた初夏、どういうわけかひらひらひらと、花に戯れ舞い遊ぶべき、胡蝶の姿が見当たらないのだった。
シジミチョウが数羽、クロアゲハ一頭、モンシロチョウ二羽ほど…それがこの春以来、トクオウが見かけた蝶たちであった。
去る平成31年の3月18日、いまだ檸檬の摘果を躊躇していたトクオウは、いつの間にか、実の付け根の枝に、ツンツンと尖った棘が育っていたのに気がついた。
ぉぉ、母は強し、といにしへにも言うけれど、万物が、自分が守るべきものの生じたとき、何らかの防御策を講じ、頑強な物体へと変化していくものなのである…感慨に打たれた。
それを観察日記にまとめようと考えていたのであるが、それも時の波に紛れ……
「棘のある樹」という表題が果たせなかった、一葉の写真を添えて……
そうこうしているうちの平成31年4月19日、摘果せぬまま、檸檬が蕾をもった。
トクオウは焦った。1町ほども西へ行った庭園に、毎年たわわに実を成す、大きな柑橘の樹があるのだが(種類不明・夏蜜柑の様にもハッサクの様にも見える黄色い丸い実がなるので、散歩の都度羨ましげに眺めていたのであった)、鷹揚なのであろう、かの樹の主は、まだ摘果せぬのを指標として、トクオウも檸檬の収穫を計りかねていたのだった。
採るなら今。
そうして、やっと、檸檬花の開き初めた匂い、姿かたちをいつくしみ、心が安らいだのであるが…なんたること、蝶が来ないのである。
鳥から実を守る防御ネットも取り外したというのに……
令和元年5月1日。
花は咲けどもてふてふの、身の一つだになきぞ、悲しき。