話せば長くなります。
ハワイには何度も行っていますが、50数年前のハワイの友人宅でのおもてなしをご紹介いたします。
最初は21歳の時に、貨客船「プレジデント クリーブランド号」で晴海ふ頭から2週間かけて、サンフランシスコまでの船旅です。
目的は北米一周の一人旅でした。
その途中で、航海1週間後に立ち寄ったのが初めてのハワイです。
サンフランシスコに下船してどこに泊まるかも考えずに、北米一周の旅がスタートしました。
今では無謀としか言いようがありません。
怖いモノ知らずの若さです。
*このことは、過去にご紹介済みです。
2週間かけての船旅は贅沢に思われるかと思いますが、これが一番安い方法でした。
私の船室は地下3階のエンジンルーム近くの大部屋です。
エンジンの音はうるさく、オイルの臭いが漂っている船室です。
2段ベットとなっていて、共同のシャワーがあるだけです。
もちろん、トイレも共同です。
その大広間の船室は、ほとんどが私のような貧乏旅行者か、米国に移民する香港や東南アジアの方々でした。
エリアが高級者(1等船室)と私どもとは別扱いになっていて、その高級エリアはゲートがあっては入れませんでした。
いわゆる一般?2等船室グループの食事はほとんど同じだと思います。
毎日がディナーテーブルでした。
2週間も同船していると仲間も出来、国際色豊かに仲良くなります。
目的はそれぞれ異なれど、ほとんどが若者同士ですので、すぐに意気投合します。
これが初めてのハワイ上陸です。
今は行けない場所かと思いますが、この下に戦艦アリゾナ船が沈んでいます。
この日は1日だけの滞在でしたので立ち寄っただけですが、大型車で島内巡りもしましたね。
こんなデッカイ車は初めて見ました。
ボーイさんや船室乗務員さんも楽しんでいます。
その後、一週間してサンフランシスコのゴールデンゲートを通過しました。
そこから北米一周の一人旅が始まりました。
トラブルやアクシデントもしばしばです。
ホールドアップに合ったり、差別的?なことを感じたり・・・。
若さだからできたので、今大金を積まれてもやりたくないですね。
もう、安全性第一の旅になりました。
約3カ月かけての大陸横断バス(グレイハウンド)を利用してです。
旅の途中、船の中で知り合ったこの方の別荘にも伺いました。
ワシントンDCの首都郊外に別荘をお持ちで、真夏でしたので別荘は当然エアコンを入れています。
しかし、暖炉に薪を入れて燃やしているんですよ。
薪を燃やしたり見るのが好きだと、親父さんが言っていました。
何て無駄なことと思いましたが、これがアメリカかぁ~と驚く一瞬でした。
これまでにはハワイも、家族20数名で行ったこともありますし、個人旅行でワイキキビーチに面しているホテルもいく度か利用いたしました。
今回、ご紹介するのはサンフランシスコの隣街のオークランドと言うところで学校やバイトをしている時のルームメイトがハワイ島ヒロの出身で、クリスマス休暇で帰京する際に連れて行ってくれたのです。
ホテル生活とは異なり、まったく現地の民家での滞在です。
ルームメイトのジョイ・ワタナベ君です。
全く普通のハワイ人の生活です。
大阪万博の時に、家に招いたこともあります。
ハワイ島では時には車でヒロの繫華街に行ってナンパ?したり・・・。
近くの海で遊んだり(これもナンパ)
ジョイはナンパが好きだったんですね。
これも現地の若者は当たり前の生活?でした。
ある日、私のためにと、ウエルカムパーティーを家族・親族で開いてくれたのです。
それは仮装が原則です。
80歳過ぎのおばあちゃんまで、娘さんの格好(仮装?)しています。
ママは食欲旺盛のドラキュラです。
みなさんシンドバッドやいろいろな仮装しあって集まるのです。
私もフランケンの首を絞めている?ミイラ(なんていうの?)役です。
白いタイツとシャツを着て、トイレットペーパーをぐるぐる巻きにした仮装です。
メイクもさせられました。
こうして、人を楽しませることが好きなハワイ人でした。
こんな風に歓迎されるとは思ってもみませんでしたが、ごく普通にもてなしをしてくれたのです。
ホームパーティーのやり方にはいろいろとあるかと思いますが、思い出に残るウエルカムパーティーでした。
ダイヤモンドヘッドが見える、ホテルで過ごすハワイも良いかと思いますが、普通(現地)の暮らし方で過ごすのも有かなと思います。
Hiro