自宅と道志の日々

タイトルを「自宅と道志の日々」にしました。日記のようにつぶやいています

怖さ知らずの一人旅行とハワイ住民のおもてなし

2022年01月15日 | なかま道志

話せば長くなります。

ハワイには何度も行っていますが、50数年前のハワイの友人宅でのおもてなしをご紹介いたします。

最初は21歳の時に、貨客船「プレジデント クリーブランド号」で晴海ふ頭から2週間かけて、サンフランシスコまでの船旅です。

目的は北米一周の一人旅でした。

アメリカン・プレジデント・ラインズ プレジデント・ウイルソン ...

その途中で、航海1週間後に立ち寄ったのが初めてのハワイです。

サンフランシスコに下船してどこに泊まるかも考えずに、北米一周の旅がスタートしました。

今では無謀としか言いようがありません。

怖いモノ知らずの若さです。

*このことは、過去にご紹介済みです。

2週間かけての船旅は贅沢に思われるかと思いますが、これが一番安い方法でした。

私の船室は地下3階のエンジンルーム近くの大部屋です。

エンジンの音はうるさく、オイルの臭いが漂っている船室です。

2段ベットとなっていて、共同のシャワーがあるだけです。

もちろん、トイレも共同です。

その大広間の船室は、ほとんどが私のような貧乏旅行者か、米国に移民する香港や東南アジアの方々でした。

エリアが高級者(1等船室)と私どもとは別扱いになっていて、その高級エリアはゲートがあっては入れませんでした。

いわゆる一般?2等船室グループの食事はほとんど同じだと思います。

毎日がディナーテーブルでした。

2週間も同船していると仲間も出来、国際色豊かに仲良くなります。

目的はそれぞれ異なれど、ほとんどが若者同士ですので、すぐに意気投合します。

これが初めてのハワイ上陸です。

今は行けない場所かと思いますが、この下に戦艦アリゾナ船が沈んでいます。

この日は1日だけの滞在でしたので立ち寄っただけですが、大型車で島内巡りもしましたね。

こんなデッカイ車は初めて見ました。

ボーイさんや船室乗務員さんも楽しんでいます。

その後、一週間してサンフランシスコのゴールデンゲートを通過しました。

そこから北米一周の一人旅が始まりました。

トラブルやアクシデントもしばしばです。

ホールドアップに合ったり、差別的?なことを感じたり・・・。

若さだからできたので、今大金を積まれてもやりたくないですね。

もう、安全性第一の旅になりました。

約3カ月かけての大陸横断バス(グレイハウンド)を利用してです。

旅の途中、船の中で知り合ったこの方の別荘にも伺いました。

ワシントンDCの首都郊外に別荘をお持ちで、真夏でしたので別荘は当然エアコンを入れています。

しかし、暖炉に薪を入れて燃やしているんですよ。

薪を燃やしたり見るのが好きだと、親父さんが言っていました。

何て無駄なことと思いましたが、これがアメリカかぁ~と驚く一瞬でした。

これまでにはハワイも、家族20数名で行ったこともありますし、個人旅行でワイキキビーチに面しているホテルもいく度か利用いたしました。

今回、ご紹介するのはサンフランシスコの隣街のオークランドと言うところで学校やバイトをしている時のルームメイトがハワイ島ヒロの出身で、クリスマス休暇で帰京する際に連れて行ってくれたのです。

ホテル生活とは異なり、まったく現地の民家での滞在です。

ルームメイトのジョイ・ワタナベ君です。

全く普通のハワイ人の生活です。

大阪万博の時に、家に招いたこともあります。

ハワイ島では時には車でヒロの繫華街に行ってナンパ?したり・・・。

近くの海で遊んだり(これもナンパ)

ジョイはナンパが好きだったんですね。

これも現地の若者は当たり前の生活?でした。

ある日、私のためにと、ウエルカムパーティーを家族・親族で開いてくれたのです。

それは仮装が原則です。

80歳過ぎのおばあちゃんまで、娘さんの格好(仮装?)しています。

ママは食欲旺盛のドラキュラです。

みなさんシンドバッドやいろいろな仮装しあって集まるのです。

私もフランケンの首を絞めている?ミイラ(なんていうの?)役です。

白いタイツとシャツを着て、トイレットペーパーをぐるぐる巻きにした仮装です。

メイクもさせられました。

こうして、人を楽しませることが好きなハワイ人でした。

こんな風に歓迎されるとは思ってもみませんでしたが、ごく普通にもてなしをしてくれたのです。

ホームパーティーのやり方にはいろいろとあるかと思いますが、思い出に残るウエルカムパーティーでした。

ダイヤモンドヘッドが見える、ホテルで過ごすハワイも良いかと思いますが、普通(現地)の暮らし方で過ごすのも有かなと思います。

 

Hiro