奈良散策 第1184弾
6月5日に、大神(おおみわ)神社から山の辺の道を歩いて桧原(ひばら)神社まで行きました。
途中、食事を食べて、動植物を見ながら歩いていたら、林の奥にやっと桧原神社が見えてきました。
林を抜けると結構広い境内になっていました。
正面には大神神社摂社桧原神社、横側には皇大神宮聖蹟倭笠縫邑と書かれています。
お参りは後ですることにして、少し境内を見て回ることにました。
境内から遠くを見ると二上山が見えました。二上山は見る方向によって、二つの山に見えたり、一つの山にも見えますが、桧原神社から見ると、見事に二山に見えます。春分と秋分の日にはこの二上山の真ん中に夕日が沈むので、鳥居越しに見るとよいみたいです。
こちらは社務所です。
境内全体を見渡したところです。
我々が来たのは裏口からで、こちらが正面入り口です。縄を張った古い形の鳥居がありました。
お参りに行く途中でテングチョウを見つけました。
桧原神社のご祭神は天照大御神、伊弉諾尊、伊弉冊尊の三柱です。ここは大神神社と同じで、神殿を持たず、背後の三輪山を拝する原始的な社になっています。「寺院神社大事典」によると、古くは拝殿もあったようですが、江戸時代に崩壊してそのままになっているようです。
珍しい形の三つ鳥居がありました。大神神社にもあるのですが、普段は神職も足を踏み入れない禁足地があり、その禁足地と拝殿の間に結界として三つ鳥居があります。従って、そちらは我々の目に触れることができません。室町期の古地図には桧原神社にも三つ鳥居が描かれていたので、昭和40年に再建されましたが、痛んできたので平成27年に再び建て替えられたそうです。
向かって左側は大神神社末社の豊鍬入姫宮(とよすきいりひめのみや)があり、豊鍬入姫命が祀られていました。豊鍬入姫命は第十代崇神天皇の皇女で、天照大御神を宮中から遷す大役を仰せつかりました。そして、ここ倭笠縫邑に遷したとされています。その後、さらに別の場所に遷されたのですが、その御蹟を桧原神社としてお祀りしているそうです。天照大御神はその後、第十一代垂仁天皇の皇女倭姫命により伊賀、近江、美濃、尾張を経て伊勢に達したとされています。その最初の地がこの倭笠縫邑なので「元伊勢」とも呼ばれていますが、実は、笠縫の候補地はいろいろとあり、笠縫と名の付く場所もあります。
少し植物や虫も見てみました。これはトキワサンザシかな。
これはヒカゲチョウ。
そして、これはタチクラマゴケ。
それにカワトンボ。
これはオオバチドメでしょうね。
帰りは元の道を戻らず、そのまま下に降りていきました。
遠くに金剛山や葛城山が見えますが、その下に、耳成山(右)と畝傍山(左)見えています。左側には大神神社の大鳥居も見えています。
綺麗な池がありました。
さらに降りると三輪山がよく見えました。
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