長内那由多のMovie Note

映画や海外ドラマのレビューを中心としたブログ

『イット・カムズ・アット・ナイト』

2020-04-08 | 映画レビュー(い)

 2019年の新作『ウェイブス』で旋風を巻き起こしたトレイ・エドワード・シュルツ監督の2017年作はコロナウィルスが猛威を振るう2020年の今、見る事はオススメできない。謎の奇病が蔓延した世界を舞台に、人里を離れて生きる一家を描いた本作はほとんど説明がなく、耳の良い音響設定と自然光のみで撮り上げた夜間撮影の暗さが見る者にストレスを与え続ける心理ホラーだ。

 一家は森の奥深くにある一軒家で自給自足の生活を送っている。一階には外に通じる赤く塗られた扉があり、夜は必ず鍵を掛けなくてはならない。外に出る時にはマスクを付けるが、そのルールは不明瞭でこれも大きなストレスだ。そこへもう一組の家族が現れ、共同生活が始まる。若い夫婦と小さな子供の感じの良い一家だが、ジョエル・エドガートン扮する父は彼らを信用するなと言う。

 一つ屋根の下で暮らしながら他者を全く受け容れない姿は2017年の分断の風景であり、曖昧な感染ルールはその憎しみの根拠の曖昧さかも知れない。しかしコロナショックの現在、医療従事者を拍手で送り出す各国の様子を見ていると、医療機関に対して風評被害が起きるという本邦の方がよほどこの映画の空気に近いだろう。恐怖描写の巧さはもとより、作家主義のホラーであることに製作A24のスタイルを見る1本である。


『イット・カムズ・アット・ナイト』17・米
監督 トレイ・エドワード・シュルツ
出演 ジョエル・エドガートン、クリストファー・アボット、カルメン・イジョゴ、ケルヴィン・ハリソンJr.、ライリー・キーオ
 
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『1917 命をかけた伝令』

2020-02-18 | 映画レビュー(い)

 『パラサイト』の歴史的なアカデミー作品賞獲得によって3部門の惜敗に終わった本作だが、それがこの素晴らしい映画技術の達成を貶める事にはならないだろう。『アメリカン・ビューティー』『007 スカイフォール』の名匠サム・メンデス監督は1917年西部戦線を突破する兵士の姿を全編ワンショットで撮るという大胆な試みに打って出た。撮影は“相棒”ロジャー・ディーキンスだ。

 近年、デジタル技術の発展やカメラの軽量化によりロングショットのハードルはぐんと下がった。名匠エマニュエル・ルベツキ撮影監督が手掛けた『バードマン』『ゼロ・グラビテイ』『レヴェナント』等、ロングショット自体が映画の性格を形成するケースもままある。ディーキンスはロングショットの曲芸など造作なくこなし、光と闇で演出する自身の作風と、『ブレードランナー2049』でも顕著だった物語と同期するエモーショナルな映像美を披露し、2度目のオスカーに輝いた。

 この全編ワンショットという技法は決してギミック重視のコンセプトではない。舞台演出家であれば舞台と客席の境界を取り払いたいという欲求は当然の帰結であり、この技法を通じて観客は1917年という劇空間に没入する事になる。カメラは時に小劇場のような近さで役者の演技を捉え、時に大劇場のように荘厳な舞台美術を俯瞰する。『1917』はメンデスの演劇的ディレクションがディーキンスのシネマトグラフィーを得て完成した総合芸術なのだ。
 唯一の難点を挙げるとすればトーマス・ニューマンの素晴らしいスコアだろう。映画監督としてのメンデスはクリストファー・ノーランのフォロアーであり、『スカイフォール』は『ダークナイト』に、本作はシュミレーター的戦争映画として『ダンケルク』の影響下にある。決定的な違いは音楽だ。『ダンケルク』のハンス・ジマーは着弾音や飛来音など全てを音で表現する前衛的手法で映画に同化したが、ロングショットによって編集段階における演出リズムを付けられない『1917』はスコアが過剰な“説明”をしてしまっている。

 観客に先の読めない没入感を与えるため、主演にはあまり馴染みのないジョージ・マッケイがキャスティングされている。TVドラマ『11/22/63』や『わたしは生きていける』『はじまりへの旅』などで誠実な演技を見せてきた彼は敢闘賞ものの奮演であり(オスカーにノミネートされても良かった)、善意と勇気を持って駆け抜けるラストランには往年の名作、ピーター・ウィアー監督、メル・ギブソン主演の『誓い』がよぎった。各要所ではコリン・ファース、マーク・ストロング、アンドリュー・スコット、ベネディクト・カンバーバッチ、リチャード・マッデンが登場し、スターの貫禄で場を締めている。

 本作は第一次大戦当時に伝令兵だったメンデス監督の祖父に捧げられている。冷徹なロングショットがみるみるうちに血の気を失い、命尽きる兵士を映したように、主人公が駆け抜ける荒野には声を得られず散っていった多くの人々が存在する事も忘れてはならない。


『1917 命をかけた伝令』19・米、英
監督 サム・メンデス
出演 ジョージ・マッケイ、ディーン・チャールズ・チャップマン、コリン・ファース、アンドリュー・スコット、マーク・ストロング、ベネディクト・カンバーバッチ、リチャード・マッデン、エイドリアン・スカーボロー
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『イエスタデイ』

2020-01-23 | 映画レビュー(い)

 “もしもビートルズを知っているのが世界で自分1人だったら...”
 世界中の物書きが酔いに任せて一度は考えたであろう企画を『アバウト・タイム』のリチャード・カーティスが臆面もなく脚本にし、『スラムドッグ・ミリオネア』のダニー・ボイル監督が何の創意工夫もなしに映画化した。売れないミュージシャンの主人公ジャックは世界同時停電の夜、交通事故に遭ってしまう。快気祝いにもらったギターをつま弾けば、皆が「いつの間にこんな曲書いたの?」。はぁ「イエスタデイ」なんですけど!

 シチェーションコメディとして笑える部分はある。ビートルズが存在しないという事はその影響下にあるカルチャーも存在しないため、オアシスもいなければ何とタバコもなく、さらにはハリーポッターも生まれていないのだ(え、ハリーってジョン・レノンだったのか!?)。本作はビートルズへのラヴレターとも言える作りで嫌な気分にはならないが、想定以上のチャームもなく、ボイルも御年64歳の加齢臭を感じさせる鈍重さである。主人公を献身的に支えるマネージャー役に可憐なリリー・ジェームズが扮するが、同じ音楽バカの天使役なら『ベイビー・ドライバー』のエドガー・ライト監督の方が断然、可愛く撮れていた。そろそろ新たな代表作が必要な時期だろう。

 唯一、泣けたのが終盤のある場面だ。ビートルズがなければ“彼は”は64歳をとうに過ぎて78歳になっている!


『イエスタデイ』19・英
監督 ダニー・ボイル
出演 ヒメーシュ・パテル、リリー・ジェームズ、ジョエル・フライ、エド・シーラン、ケイト・マッキノン
 
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『イントゥ・ザ・スカイ 気球で未来を変えたふたり』

2020-01-21 | 映画レビュー(い)

 1862年、気象学者ジェームズ・グレーシャーと気球飛行士アメリア・レンのコンビが最高高度到達記録に挑むアドベンチャードラマ。『博士と彼女のセオリー』で共演したエディ・レッドメインとフェリシティ・ジョーンズが再共演し、気球という畳一枚ほどの限定空間で息の合った演技を披露している。前作でオスカーを獲得したレッドメインは今回見せ場を譲っており、実質上はジョーンズの単独主演。夫を飛行中の事故で亡くしたトラウマを抱えながら、それでも空への冒険心を抑えられないまさに女傑と呼びたくなる人物を快演している。アクションシーンも頼もしく、大作『ローグ・ワン スター・ウォーズ ストーリー』を経て女優としてスケールが大きくなった。

 音楽をスティーヴ・プライスが手掛けており、極限状況からのサバイバル劇という構成もあってかアルフォンソ・キュアロン監督の『ゼロ・グラビティ』を彷彿とする。あくまで台詞と演技だけで主人公の過去を語ったオスカー受賞作に対し、度々回想シーンを挟むトム・ハーパー監督の手際は悪いが、高度数千メートルの世界を描く映像には冒険ものならではのロマンがあり、こうも類似点が多いとサンドラ・ブロックに続けとジョーンズのオスカー候補を期待する声が高まったのも無理はない。

 だが、全米賞レースではかすりもしなかった。本作最大の欠点は1862年にジェームズ・グレーシャーと同乗したのはヘンリー・コックスウェルなる人物で、アメリア・レンは存在しないという事だ。彼女は1819年に飛行中の事故で命を落とした史上初の女性気球飛行士ソフィー・ブランシャールをモデルにした架空の人物というのだ。この映画が#Me too以後の企画である事は大いに想像がつくが、男性の功績を存在しない女性に与えるのは筋違いであり、こんな事は誰も望まないだろう。この事実がどれだけ影響したかはわからないが、比較的有力候補の少ない今年のオスカー主演女優賞レースでジョーンズの名前が呼ばれる事はなかった。


『イントゥ・ザ・スカイ 気球で未来を変えたふたり』19・英
監督 トム・ハーパー
出演 フェリシティ・ジョーンズ、エディ・レッドメイン


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『IT イット THE END“それが見えたら、終わり。』

2019-11-28 | 映画レビュー(い)
 
スティーヴン・キングの代表作『IT』を映画化した前作チャプター1(邦題は字数も多いし、覚えられない)はキング作品へオマージュを捧げたNetflixドラマ『ストレンジャー・シングス』風にアレンジする、というハイコンセプトでホラー映画史を塗り替える大ヒットを記録した。

 その27年後を描く本作で大人になったルーザーズ・クラブを演じるのはジェームズ・マカヴォイ、ジェシカ・チャステインの実力派スターであり、さらには監督、脚本、主演を務めたTVドラマ『バリー』でエミー賞を獲得したビル・ヘイダーら演技巧者達だ(あらゆるギャグをキメるヘイダーの好アシストを見よ!)。
ハッキリ言ってピエロ1人じゃ太刀打ちできない強力メンツである。

 さらには前作から2年を経て、ビル・スカルスガルド演じるピエロ怪人ペニー・ワイズはインターネット上ですっかり草を生やすネタになってしまった。前作の冒頭、下水溝へ少年を誘い込もうとするペニー・ワイズにみんなでセリフを当て込み大喜利状態にしてしまったのだ(しかも画像は90年版のティム・カリー。ちげーよ!)。

 同じネタで怖がらせられない事は監督アンディ・ムスキェティも承知済みだったろう。ペニー・ワイズに「最近の子供はピエロを怖がってくれないんだ」とボヤかせながらバクバク子供を喰わせ、ルーザーズ・クラブの恐怖を具現化したあらゆるクリーチャーを総動員する物量作戦で…なんと笑かしに来ている。まるで一世を風靡したお笑い芸人が同じネタでムリヤリ笑わそうとしている力技だ(ミラーハウスの場面でついに「ちょっと勘弁して…」と腹筋崩壊)。ジュブナイルホラーという性格がハッキリした前作に対し、皆で怖がりながら笑うパーティホラーへと舵を切っているのである。

その方向性の違いが169分というトンデモない長尺の原因にもなっており、ルーザーズが各自のトラウマを辿る中盤に至っては恐怖よりも退屈で失神しかけてしまった。前作の思い切りの良いコンセプトと脚本を踏襲していれば、キング原作映画史上屈指の傑作前後編になったのかもしれないのに…。


『IT イット THE END “それ”が見えたら、終わり。』19・米
監督 アンディ・ムスキェティ
出演 ジェームズ・マカヴォイ、ジェシカ・チャステイン、ビル・ヘイダー、ビル・スカルスガルド 
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