長内那由多のMovie Note

映画や海外ドラマのレビューを中心としたブログ

『偽りの忠誠 ナチスが愛した女』

2019-11-27 | 映画レビュー(い)

1940年、オランダ亡命中の元ドイツ皇帝ヴィルヘルム2世と、彼の警護を担当したナチス将校、そしてイギリスから送り込まれた女スパイを描いた歴史サスペンス。2003年にアラン・ジャドによって発表された小説『The kaiser's Last Kiss』が原作だ。本作が長編監督デビューとなるデヴィッド・ルポーは皇帝役クリストファー・プラマー、将校役ジェイ・コートニー、スパイ役リリー・ジェームズらスターの力を借りて一定の見応えを得る事に成功している(さらにはジャネット・マクティア、エディ・マーサンらが名を連ねる豪華キャストだ)。

しかし、演出力不足ゆえか、前半の早い段階で物語のセッティングに失敗しており、僕たちがその違和感を抱えたまま映画が進行してしまうのが惜しい。コートニーは赴任当日の夜、メイドに手を出すなと釘を刺されていたにも関わらず、部屋に潜り込んでいたリリー・ジェームズといきなりセックスをする。清純派のイメージが強いジェームズが惜しげもなく美しい裸体をさらしており、僕には2重のショックだ。このメイドは何者なのか?2人は内通しているのか?映画を見ている間にこれらの疑問は一応、解消するが、描写が曖昧なためサスペンスが高まらない。
 その後の歴史は僕らの知る所であり、時代を変える事のなかった彼らの物語はフィクションの小さな枠を出る事はなく終わってしまう。リリー・ジェームズは果敢だが、脱ぎ損な感は否めない。


『偽りの忠誠 ナチスが愛した女』16・米、英
監督 デヴィッド・ルポー
出演 リリー・ジェームズ、ジェイ・コートニー、クリストファー・プラマー、ジャネット・マクティア、ベン・ダニエルズ、エディ・マーサン
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『イーダ』

2019-09-17 | 映画レビュー(い)

映画は自ずと他の映画の記憶を呼び起こし、結びつき合おうとする。1962年のポーランドを舞台にした『イーダ』は端正なモノクロームが同郷の巨匠アンジェイ・ワイダを彷彿とさせるが、それは決してルックスに限った話ではない。修道女を目指す少女アンナが“イーダ”としてのルーツを辿るこの物語は少女から女へ、俗から聖へと変わるイニシエーションを描き、さらにその根底には戦争と社会主義によって癒し難い傷を負った国家の歴史と、今なおファシズムへ傾倒しようとする世界への批評というワイダ同様の強い反骨精神が存在する。
監督パヴェウ・パブリコフスキの1シーン1カットにも近い禁欲的で抑制された演出は観客に容易く感傷を抱かせようとしない。戦後、社会主義政権の下で自分を殺し、過去を封印してきた叔母ヴァンダが絶望のあまり命を断つシーンはあまりにも素っ気なく、ショッキングだ。

『イーダ』が忘れ難いのはまるでヴィクトル・エリセ映画のような“少女映画”としての貞淑なまでの美しさである。出世作『マイ・サマー・オブ・ラブ』同様、パブリコフスキは刻々と移り変わる少女期に目を凝らす。神の存在を疑ったイーダが髪をほどき、修道服を脱ぎ捨て、一時だけ俗世へと舞い降りる。初体験のベッドで夢想する結婚、家庭、穏やかな生活…果たしてそこに彼女の幸せはあるのだろうか?終幕、無言のイーダの内に芽生える感情をパブリコフスキは見逃さない。

最後にイーダの取った行動は自分の人生を選んだポジティブな決断であると同時に、自由に価値を見出せず、それを得る事も叶わなかったあの時代のポーランドの悲哀そのものでもあろう。イーダが神の道を選ぶ事はまた1つ、ユダヤの血族が潰えた事を指す。かの地にはこうして語られることもなく、声を失した多くの魂があのうら寂しい森の冷たい土の下に眠っているのではないだろうか。

イーダ役アガタ・チェシブホスカは街路でスカウトされた素人で、今後も女優業を続けるつもりはないと言う。『ミツバチのささやき』のアナ・トレントの如く、終生の1本として映画ファンはその輝きをつぎなる映画記憶へと語り継ぐ事だろう。


『イーダ』13・ポーランド
監督 パヴェウ・パブリコフスキ
出演 アガタ・チェシブホスカ、アガタ・クレシャ
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『イコライザー2』

2019-07-28 | 映画レビュー(い)

大ヒットを記録したバイオレンスアクションの第2弾。意外やデンゼル・ワシントンがシリーズものに出演するのは今回が初だという。ジャンル映画への出演に躊躇がない事はそのフィルモグラフィからも明らかだが、念願のオスカー主演男優賞をもたらした『トレーニング・デイ』アントワン・フークア監督との3度目のタッグともあれば二つ返事だったのだろう。トム・クルーズはじめアクションスターの高齢化が著しいハリウッドにおいて、デンゼルもまたバリバリの現役ぶりを見せている。

昼は熟練フリーター、夜は必殺仕置き人という2つの顔を持つ主人公フランク・マッコール。前作ではホームセンター勤務だったが、今回はウーバー運転手で生計を立てている。老人ホームへ送迎の傍ら、不審者と見るや後を追い、正義のデンゼル拳を下す。近所の不良少年とのやり取りなど、ほとんど本題に入らない前半40分がすごくいい。年を経て“オヤジ”になったデンゼルだからこその説教臭さが味わい深く、これなら『深夜食堂』ですらイケるのではないか。キャリア円熟期ならではの作品である。

もちろん、いつまでも人情話をしているワケにはいかない。しかし、いざアクションが始まってみれば案の定デンゼルが無双過ぎてほとんどゲームの神プレー動画状態になってしまうのだからご愛敬だ。今回の敵は『ゲーム・オブ・スローンズ』以来、引っ張りだこのペドロ・パスカル。口ひげがないとネイサン・フィリオンみたいで、何とまた“目”をやられている。槍さえあればもうちょっとイイ線行ったのに!

というワケで、次回はジャック・リーチャー(トムちん)級のビッグネームを招聘しないと間がもたないよ!


『イコライザー2』18・米
監督 アントワン・フークア
出演 デンゼル・ワシントン、ペドロ・パスカル、メリッサ・レオ、ビル・プルマン
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『イントゥ・ザ・ウッズ』

2018-10-11 | 映画レビュー(い)

シンデレラ、赤ずきん、ラプンツェルにジャックと豆の木…馴染み深い有名童話をマッシュアップした同名ミュージカルの映画版。
昨今のディズニー映画と同様、自虐セルフパロディと換骨奪胎の面白さに挑んでいるがスティーヴン・ソンドハイム御大のオリジナルには“めでたしめでたし”だけが人生ではないというシニカルな人生観とセクシャルさが備わっていたのに対し、残念ながらというか案の定、それらの要素がバッサリ抜け落ちている。ジョニデ扮する狼はムチムチの赤ずきんを狙うロリコン変質者で、プリンスチャーミングはチャーミングさしか取り柄のない好色魔と笑わせてくれるが、主人公となるパン屋とシンデレラのカップリングが成立し、養子となった赤ずきんとジャックも加わった童話主人公スワッピングのエグさはじめ、こちらからニュアンスを積極的に嗅ぎ取らなければいけない程度に希釈されており、惜しい。『パイレーツ・オブ・カリビアン/生命の泉』『NINE』はじめロブ・マーシャル監督は題材に対する愛が足りないのだ。次々と童話がミックスされていく破天荒な物語展開は好奇心よりも食傷感が先立ってしまった。

ならばスター隠し芸大会のノリで出演陣のパフォーマンスを楽しもう。
ようやく歌唱力を実証できたアナ・ケンドリックはソンドハイムの秘蔵っ子と呼ばれた美声を披露。メリル・ストリープのオスカー候補は過大評価だが、それでも本作のハイライトとなるナンバー「Last Midnight」は見せる。同年、『オール・ユー・ニード・イズ・キル』でトムちんの向こうを張ってアクション女優としてのカリスマを発揮したエミリー・ブラントは一転、今度はミュージカルを難なくこなしいよいよ死角なしのオールマイティ女優となった。個人的には短い出番ながらもフェロモンが隠し切れないラプンツェル役マッケンジー・マウジーについても記しておきたい。

 一時期の不況を抜け、定期的に大作が製作されるようになったミュージカル映画だが、口当たりの良いファミリー向けばかりではなく、そろそろボブ・フォッシーのようなアダルトで作家性の強い作品も見たいところである。


『イントゥ・ザ・ウッズ』14・米
監督 ロブ・マーシャル
出演 エミリー・ブラント、ジェームズ・コーデン、アナ・ケンドリック、クリス・パイン、ジョニー・デップ、マッケンジー・マウジー、メリル・ストリープ
 
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『イミテーション・ゲーム/エニグマと天才数学者の秘密』

2018-10-08 | 映画レビュー(い)

第二次大戦末期のイギリス。ドイツ軍の暗号機エニグマの解読に成功し、戦争を終結に導いた影の立役者アラン・チューリングを描く伝記映画。コンピューターの元祖となる“チューリング・ボンブ”を開発、現在に多大な影響を与えた天才数学者だが、同性愛者だったために迫害され、41歳で自ら命を絶った非業の人物でもある。戦時機密を扱っていたためその功績が公にされる事はなく、ようやく2013年に同性愛を理由とした逮捕を恩赦されるに至った。

映画はエニグマ解読のサスペンスを中心にチューリングの秘密を解き明かしていく構成になっており、驚くほどエンターテイメントで間口の広い仕上がりだ。怪作『ヘッドハンター』で注目されたノルウェーの新鋭モルティン・ティルドゥム監督の職人ぶりと、本作でオスカーを受賞したグレアム・ムーアの巧みな脚色が光る。奇人変人のチューリングが周囲と対立しながら、やがてエニグマ打破に成功する展開は実録モノならではのダイナミズムにあふれている。一方、ゲイであること、そして暗号解読に成功しながらも機密保持のために多くの人命を切り捨てなければならなかったジレンマによって居場所を失っていく姿は痛切で胸に迫る。変人演技の集大成となるベネディクト・カンバーバッジと、彼を支えたジョーン・クラーク役キーラ・ナイトレイの演技は本作のハイライトだ。

 ジョーンが口にする“時に誰も想像できなかった人物が、偉業を成し遂げる”という力強く、ポジティブなメッセージこそが本作のテーマであり、この言葉を盛り込む事で万人に応えるフィールグッドムービーに仕上がっているが、そんなジョーンの言葉も救いにならなかったチューリングの絶望をこの映画は見逃してはいないだろうか。自らのマシンに初恋の人クリストファーの名前を付け、その傍らで失意のうちに彼は自殺した。同性愛者という理由で自らの声も持てず、歴史の闇に葬り去られていった人々の絶望と孤独を僕たちは忘れてはならない。


『イミテーション・ゲーム/エニグマと天才数学者の秘密』14・英
監督 モルティン・ティルドゥム
出演 ベネディクト・カンバーバッチ、キーラ・ナイトレイ、マシュー・グード、マーク・ストロング、チャールズ・ダンス
 
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