長内那由多のMovie Note

映画や海外ドラマのレビューを中心としたブログ

『マンク』

2020-12-24 | 映画レビュー(ま)

 コロナショックによってハリウッドの大手メジャーが次々と新作の公開を断念する中、クリストファー・ノーラン監督作『テネット』を公開し、映画ファンへの仁義を果たしたかのように見えたワーナーブラザース。しかし大方の予想通り、製作費を回収する大ヒットに繋がらなかった事から2021年の劇場新作全てを公開と同時に自社の配信サービスHBOMaxでリリースすると発表した。
 これにノーランや『DUNE』が控えるドゥニ・ヴィルヌーヴらが「何の相談も受けていない」と猛反発。株主と数字におもねたワーナーによる地殻変動的シフトチェンジにハリウッドが大きく揺れている。フィルム至上主義者でもあるノーランら作家監督たちが怒りの声をあげる一方、酸いも甘いも知ったスティーヴン・ソダーバーグが「それでも劇場文化は消滅しない」とアカデミー賞の演出を飄々と務めれば、デヴィッド・フィンチャーの返答はNetflixより配信された本作『マンク』そのものであろう。

 これまでダークなスリラーを手掛けてきたフィンチャーが一転、亡父ジャック・フィンチャーが脚本を務めた座組も含めて、『マンク』は初めて素顔を垣間見せたと言ってもいいパーソナルで、キャリアのターニングポイントと言える作品だ。
 物語は1930年代、鳴り物入りでハリウッドに招かれた天才演出家オーソン・ウェルズが、映画史上の最高傑作『市民ケーン』を手掛けようとしていた。映画はその脚本を手掛けたハーマン・J・マンキーウィッツ=通称マンクを主人公に傑作誕生の裏側を描いていく。フィンチャーは『市民ケーン』における映像、編集、音楽、美術とあらゆるメソッドを現在の最新映画技術で徹底再現しており、その技術的達成は来るアカデミー賞でも大いに注目を集めるだろう。デジタル撮影の先駆者として培ってきた美しいモノクロームは絶品である。

 だがそれらは本作を語る上での表層に過ぎない。1930年代当時のハリウッドを取り巻く人物関係や、『市民ケーン』鑑賞は必修科目。『マンク』は映画史上、初めて時制を解体したと言われる『市民ケーン』の脚本構造もなぞっており、今一度謎の言葉“Rosebud”の秘密に迫ろうとする。新聞王にしてウェルズの敵であったハーストが、“バラのつぼみ”と呼んで愛した女優マリオン・デイヴィス役のアマンダ・サイフリッドは忘れ難い愛らしさであり、フィンチャー直々の指名でキャスティングされた『マンク』における“Rosebud”である。それでも『マンク』の深淵にはまだ辿り着かない。

 本作を読み解く上で無視できないのはこれがフィンチャーにとって『ゴーン・ガール』以来6年ぶりの長編映画であること、その6年間にNetflixで手掛けたTVシリーズ『マインドハンター』が情熱と労力に見合わぬリアクションで終わったこと、そしてNetflixと4年間の独占契約を結んだという事だ。フィンチャーはこの契約を「ピカソのように撮るため」だと言う。フィンチャーは世界で最もグローバルなアトリエにこもり、ウェルズですら成し得なかった最大限の創作の自由を得て映画を撮ろうとしているのだ。

 そこにはハリウッドへの失望がある。マンクはスタジオが手掛けた反シンクレアのキャンペーンに不快感を示す。『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』の原作『石油!』の著者であり、社会主義者でもあったシンクレアを、後にアカ狩りを行うハリウッドは良しとしなかった。当時、ハリウッドを支配していた新聞王ハーストの公然の秘密“バラのつぼみ”をネタにする事はマンクにとって命取りであり、実際に完成した『市民ケーン』はハーストのネガティブキャンペーンによって興行的に失敗、オスカーでは脚本賞1部門の受賞に留まる。権力に反し、自らの創作的プリンシプルを貫こうとするマンクに突き付けられた言葉が本作のハイライトだ。「誰がおまえのギャラを払っていると思う?」

 ここにフィンチャーの6年間の挫折が象徴されている。『マンク』はそんな結末を「ハリウッドってやつは」とオーソン・ウェルズに毒づかせ、「映画の魔法さ」とマンクに肩をすくめさせる。フィンチャーの映画に対する如何ともし難い愛憎がここにある。

 コロナショックによって窮地に立たされたハリウッドは今後、さらなるブロックバスター、フランチャイズの製作に邁進していく事だろう。一方、ハリウッド映画が途絶えた今年、多くのファンがPeakTV下の傑作TVシリーズに触れ、その複雑で豊かなストーリーテリングに魅せられたと思う。混迷の時代を描くべく、TVシリーズのストーリーテリングはより複雑化し、新たな文脈が試みられ、ハイコンテクスト化していった(TVドラマとしての連続性を無視し、コンテクストのために構築された『ラヴクラフトカントリー』は現在の到達点だろう)。

 『マンク』は第2次大戦とレッドパージ前夜というアメリカの風景、ハリウッドスタジオシステムの栄華と弊害、そしてNetflixを通じてのハリウッド批評という幾重ものレイヤーを用意し、天才フィンチャーが天才オーソン・ウェルズ通じて自らのクリエイティビティと向き合った究極の私映画である。この重層性こそ2020年代のナラティブであり、フィンチャーは絶頂期のピカソの如くそれを進化させていく事だろう。


『マンク』20・米
監督 デヴィッド・フィンチャー
出演 ゲイリー・オールドマン、アマンダ・サイフリッド、リリー・コリンズ、アーリス・ハワード、トム・ペルフリー、チャールズ・ダンス


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