離れ小島にある高級レストラン“ホーソン”。各界著名人に称賛される予約困難の人気店にまた新たな客がやって来た。レストラン評論家、元人気俳優、投資家、そしてカリスマシェフのスローヴィクに心酔するマニアのタイラーと食に頓着しない恋人のマーゴだ。ところがそこには想像を絶する恐怖のメニューが待ち受けていて…。
サスペンススリラー愛好家が舌なめずりしたくなるお膳立てだが、まずは手を膝の上に置くように。『ザ・メニュー』はもちろん血しぶきがあるし、107分間に渡って緊張感が貫かれているが、注目すべきは本作を作った“料理人”の名前だ。HBOの人気TVシリーズ『サクセッション』(邦題『メディア王 華麗なる一族』)のクリエイター、マーク・マイロッドが監督を務め、プロデューサーには同じくアダム・マッケイが名を連ねている。アメリカ政府すら意のままに操る巨大メディア企業創業一家の後継争いをあまりに黒すぎるユーモアで描いてきた彼らの“料理”と知れば、『ザ・メニュー』が見た目通りではない不可解な味付けのホラーコメディである事がわかるだろう。ネットに“考察”を垂れ流す輩があふれた現代消費社会をおちょくっているのはもちろんのこと、とりわけエグ味を放つのは富裕層による労働搾取だ。例えあなたが飲食業界に身をおいていなくても、“エッセンシャルワーカー”なる呼び名で身を護る術もないまま低賃金で働かされたコロナ禍初期は記憶に新しいだろう。欧米ではロックダウン下で買い出し代行のサービスを行っていたのは貧民層だった。またFXの傑作TVシリーズ『一流シェフのファミリーレストラン』(原題“The Bear)を見た後では飲食業界の過酷な職場環境がメンタルヘルスにも悪影響を及ぼすのは既知の通りで、スローヴィクの正体が明らかとなる場面には思わずこみ上げるものがあった。さすがに特濃フルコースのような『サクセッション』の後では量もスパイスも物足りないが、この“絶対に笑ってはいけない注文の多い料理店”に戸惑う劇場の空気は決して悪くなかった(映画に辻褄を求めるような人はハナからこの映画の客ではない)。アリ・アスターの『ミッドサマー』を思い浮かべた人も少なくないと思うが、音楽は『ヘレディタリー』を手掛けたコリン・ステットソンである。
それにしてもアニャ・テイラー=ジョイときたら!スクリーンに愛された彼女こそが本作のメインディッシュであり、今更言うまでもなくホラーでその魅力は映え、そしてここには彼女のフィルモグラフィに通底してきた“反逆者”としてのパンクがある(食いっぷりも最高だ)。“旬”のスターの魅力を余す所なく引き出している点1つを取っても、『ザ・メニュー』が一流シェフの仕事であることはおわかり頂けるだろう。
『ザ・メニュー』22・米
監督 マーク・マイロッド
出演 アニャ・テイラー=ジョイ、レイフ・ファインズ、ニコラス・ホルト、ホン・チャウ、ジャネット・マクティア、ジュディス・ライト、ジョン・レグイザモ
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