※ネタバレ注意!このレビューは物語の結末に触れています※(シーズン2のレビューはこちら)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/7a/22/77ceff4394e3e288ddb55f8aed65684a.jpg)
主人公マーティ・バード(ジェイソン・ベイトマン)は腕利きのファンドマネージャーだ。
妻と二人の子供に囲まれた幸せな家庭。順風満帆な人生…。
いいや、Netflixオリジナルドラマ『オザークへようこそ』はそんな生温いイントロダクションからはスタートしない。
マーティは長年、自ら経営する投資会社を隠れ蓑にメキシコ麻薬カルテルの資金洗浄をやってきた。ところが共同経営者のブルースがやらかしたらしい。組織の幹部デルはマーティ達が金をネコババしたと尋問してくる。カルテルのヤバさは『ブレイキング・バッド』や『ボーダーライン』を見てきた人なら重々、承知のハズだ。1つでもボタンをかけ間違えたら殺される。それも普通の殺され方じゃない。この世で考えうる最も悲惨な殺され方をするのだ。
デルはブルースらを皆殺しにし、ドラム缶へ放り込む。
液体入りのドラム缶の正体は『ブレイキング・バッド』でもお馴染み、必殺のフッ化水素だ。カルテルはあれで人間を“透明”にする。
『オザークへようこそ』は『ブレイキング・バッド』をいきなりシーズン3から見始めたようなトップギアで始まる。
マーティはとっさにブルースから渡された旅行パンフをポケットから取り出した。
「オザークならもっと多額の金を洗浄できる!」
【魔窟オザーク】
オザークとは米ミズーリ、オクラホマ、アーカンソー州にまたがる地域だ。風光明媚な湖畔の別荘地域は都市部の富裕層が夏を過ごす場所であり、本作では観光業が地域の大きな収入源を占めている事がわかる。アイルランド系の移民の子孫が多く、共和党支持の保守的な風土らしい。
最近ではジェニファー・ローレンスの出世作『ウィンターズ・ボーン』の舞台にもなった。
『ウィンターズ・ボーン』ではトレーラーハウス育ちのヒロインが幼い姉弟を食べさせるため、失踪した父親を探しだそうとする。ところが閉鎖的な地域コミュニティは彼女の行動を良く思っていない。なぜならこの地方は覚醒剤製造の一大産地だからだ。彼女が真相に近づくにつれ、大人たちは彼女を妨害し、殺そうとする。
彼ら低所得の白人層がドナルド・トランプの大統領当選の原動力ともなった。
生まれ故郷から出る事ができず、都市部層への羨望が今日のアメリカ分断の一因とも言われている。
マーティからすればこんな鄙びた観光地は口先三寸で資金洗浄できるチョロい田舎のはずだった。
ところが、この町は前述『ウィンターズ・ボーン』にも登場した覚醒剤製造を生業とする一大犯罪組織の温床だ。
古今東西、映画は常識の及ばない“コワイ田舎”を描いてきたが、オザークもぜひその系譜に加えるべきだ。カルテルを騙して何とか逃げ込んできたマーティだったが、彼の小賢しさはこの地で一切通用せず、身の毛もよだつ事態に発展していく。このドラマを見たらオザークにだけは絶対に行きたくないと震え上がるはずだ(特にレモネードを勧められたら死を覚悟した方がいい)。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/57/c9/e9828096e2f1e239fc680e494ab27390.jpg)
↑毎回異なるタイトルデザイン。キーワードとなるアイテムが絵文字となっている。
【隠されていた才能“ジェイソン・ベイトマン”と充実のキャストアンサンブル】
驚くべきは主演に加え、計4話の監督を務めたジェイソン・ベイトマンの才能だ。
これまで主にコメディ作品で活躍してきた彼は、騒動に巻き込まれる小市民をポーカーフェイスで演じているのが印象的だった。本作ではその独特の芸風が演出面でもシニカルなユーモアセンスとして発揮されており、リアルな犯罪ドラマに絶妙な相性でマッチしている。第1話での娼婦とのカーセックスや、シーズン終盤の赤ん坊など、思わず身を乗り出してしまう印象的な場面は全て彼の監督回だ。まさに裏金の如く隠されていたベイトマンの才能が世に出てきただけでも本作の意義は大きい。
彼の妻役にはローラ・リニーが扮している。
オスカーノミネート3回の記録を持つ名女優の1人だが、ご多分に漏れず近年の映画界では活躍の場を得る事が出来ていなかった。夫マーティとの不和を抱えながら家族のために資金洗浄していく妻ウェンディ役はその実力に見合った魅力的な役柄だ。彼女の苦しみ、葛藤が明らかになる全編回想の第8話『万華鏡』はシーズン終盤に挿入された事で、ドラマが『ブレイキング・バッド』とは異なる奈落へ雪崩を打ち始めている事を僕らは知る。ともすれば物語の停滞に繋がり得ない回想という手法をこれほど効果的に使ったドラマは近年なく、その屋台骨こそ彼女なのだ。
またマーティを陥れようと狙う少女ルースに扮したジュリア・ガーナーは印象的なブレイクスルーだ。
カーリーヘアがキュートな彼女は、誰よりも悪知恵に長けた恐るべき相手であり、そんな彼女に転機が訪れる第6話『ルースの物語』から見せる繊細な心理の変遷が素晴らしかった。これからが楽しみな新鋭だ。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/57/e5/860183faf33d59d9371c80fa87db6de2.jpg)
【そして“壁”が出来上がった】
本作も時代の空気を的確に読み取った“現在=いま”のドラマだ。
窮地のマーティはカルテルの幹部デルとオザークの麻薬王ジェイコブを引き合わせ、口八丁で一大ビジネスの商談をまとめ上げる。これで何とか自分の命はつながった。当面は金を洗っていれば何とかなるハズだ。
ところが、去り際にデルがこぼした「この田舎者が…」。
ズドン!
デルの頭が粉々に吹き飛んだ。ぶっ放したのはジェイコブの妻だ。
「バカにするのは許さないよ」
ここまでの話は何だったんだ。
オザークとメキシコカルテルの間に“壁”が出来上がってしまった。
オザークに都会の論理は通用しない。
口先で自分達を搾取するばかりの都会の連中には屈しない。
そんな「思い知らせてやれ」という怨嗟がトランプ誕生を後押ししたのではないだろうか。
果たしてマーティは魔窟オザークから脱出できるのか?
まだまだ『ブレイキング・バッド』の(優れた)フォロワーの域は出ない印象だが、来年リリース予定のシーズン2で大化けしそうだ。
妻と二人の子供に囲まれた幸せな家庭。順風満帆な人生…。
いいや、Netflixオリジナルドラマ『オザークへようこそ』はそんな生温いイントロダクションからはスタートしない。
マーティは長年、自ら経営する投資会社を隠れ蓑にメキシコ麻薬カルテルの資金洗浄をやってきた。ところが共同経営者のブルースがやらかしたらしい。組織の幹部デルはマーティ達が金をネコババしたと尋問してくる。カルテルのヤバさは『ブレイキング・バッド』や『ボーダーライン』を見てきた人なら重々、承知のハズだ。1つでもボタンをかけ間違えたら殺される。それも普通の殺され方じゃない。この世で考えうる最も悲惨な殺され方をするのだ。
デルはブルースらを皆殺しにし、ドラム缶へ放り込む。
液体入りのドラム缶の正体は『ブレイキング・バッド』でもお馴染み、必殺のフッ化水素だ。カルテルはあれで人間を“透明”にする。
『オザークへようこそ』は『ブレイキング・バッド』をいきなりシーズン3から見始めたようなトップギアで始まる。
マーティはとっさにブルースから渡された旅行パンフをポケットから取り出した。
「オザークならもっと多額の金を洗浄できる!」
【魔窟オザーク】
オザークとは米ミズーリ、オクラホマ、アーカンソー州にまたがる地域だ。風光明媚な湖畔の別荘地域は都市部の富裕層が夏を過ごす場所であり、本作では観光業が地域の大きな収入源を占めている事がわかる。アイルランド系の移民の子孫が多く、共和党支持の保守的な風土らしい。
最近ではジェニファー・ローレンスの出世作『ウィンターズ・ボーン』の舞台にもなった。
『ウィンターズ・ボーン』ではトレーラーハウス育ちのヒロインが幼い姉弟を食べさせるため、失踪した父親を探しだそうとする。ところが閉鎖的な地域コミュニティは彼女の行動を良く思っていない。なぜならこの地方は覚醒剤製造の一大産地だからだ。彼女が真相に近づくにつれ、大人たちは彼女を妨害し、殺そうとする。
彼ら低所得の白人層がドナルド・トランプの大統領当選の原動力ともなった。
生まれ故郷から出る事ができず、都市部層への羨望が今日のアメリカ分断の一因とも言われている。
マーティからすればこんな鄙びた観光地は口先三寸で資金洗浄できるチョロい田舎のはずだった。
ところが、この町は前述『ウィンターズ・ボーン』にも登場した覚醒剤製造を生業とする一大犯罪組織の温床だ。
古今東西、映画は常識の及ばない“コワイ田舎”を描いてきたが、オザークもぜひその系譜に加えるべきだ。カルテルを騙して何とか逃げ込んできたマーティだったが、彼の小賢しさはこの地で一切通用せず、身の毛もよだつ事態に発展していく。このドラマを見たらオザークにだけは絶対に行きたくないと震え上がるはずだ(特にレモネードを勧められたら死を覚悟した方がいい)。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/57/c9/e9828096e2f1e239fc680e494ab27390.jpg)
↑毎回異なるタイトルデザイン。キーワードとなるアイテムが絵文字となっている。
【隠されていた才能“ジェイソン・ベイトマン”と充実のキャストアンサンブル】
驚くべきは主演に加え、計4話の監督を務めたジェイソン・ベイトマンの才能だ。
これまで主にコメディ作品で活躍してきた彼は、騒動に巻き込まれる小市民をポーカーフェイスで演じているのが印象的だった。本作ではその独特の芸風が演出面でもシニカルなユーモアセンスとして発揮されており、リアルな犯罪ドラマに絶妙な相性でマッチしている。第1話での娼婦とのカーセックスや、シーズン終盤の赤ん坊など、思わず身を乗り出してしまう印象的な場面は全て彼の監督回だ。まさに裏金の如く隠されていたベイトマンの才能が世に出てきただけでも本作の意義は大きい。
彼の妻役にはローラ・リニーが扮している。
オスカーノミネート3回の記録を持つ名女優の1人だが、ご多分に漏れず近年の映画界では活躍の場を得る事が出来ていなかった。夫マーティとの不和を抱えながら家族のために資金洗浄していく妻ウェンディ役はその実力に見合った魅力的な役柄だ。彼女の苦しみ、葛藤が明らかになる全編回想の第8話『万華鏡』はシーズン終盤に挿入された事で、ドラマが『ブレイキング・バッド』とは異なる奈落へ雪崩を打ち始めている事を僕らは知る。ともすれば物語の停滞に繋がり得ない回想という手法をこれほど効果的に使ったドラマは近年なく、その屋台骨こそ彼女なのだ。
またマーティを陥れようと狙う少女ルースに扮したジュリア・ガーナーは印象的なブレイクスルーだ。
カーリーヘアがキュートな彼女は、誰よりも悪知恵に長けた恐るべき相手であり、そんな彼女に転機が訪れる第6話『ルースの物語』から見せる繊細な心理の変遷が素晴らしかった。これからが楽しみな新鋭だ。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/57/e5/860183faf33d59d9371c80fa87db6de2.jpg)
【そして“壁”が出来上がった】
本作も時代の空気を的確に読み取った“現在=いま”のドラマだ。
窮地のマーティはカルテルの幹部デルとオザークの麻薬王ジェイコブを引き合わせ、口八丁で一大ビジネスの商談をまとめ上げる。これで何とか自分の命はつながった。当面は金を洗っていれば何とかなるハズだ。
ところが、去り際にデルがこぼした「この田舎者が…」。
ズドン!
デルの頭が粉々に吹き飛んだ。ぶっ放したのはジェイコブの妻だ。
「バカにするのは許さないよ」
ここまでの話は何だったんだ。
オザークとメキシコカルテルの間に“壁”が出来上がってしまった。
オザークに都会の論理は通用しない。
口先で自分達を搾取するばかりの都会の連中には屈しない。
そんな「思い知らせてやれ」という怨嗟がトランプ誕生を後押ししたのではないだろうか。
果たしてマーティは魔窟オザークから脱出できるのか?
まだまだ『ブレイキング・バッド』の(優れた)フォロワーの域は出ない印象だが、来年リリース予定のシーズン2で大化けしそうだ。
『オザークへようこそ』17・米
製作 ビル・ドゥビューク
出演 ジェイソン・ベイトマン、ローラ・リニー、ジュリア・ガーナー
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