『プライベート・ライアン』以後、『バンド・オブ・ブラザース』『ザ・パシフィック』とTVシリーズのフォーマットで第二次大戦を描いてきたスティーヴン・スピルバーグとトム・ハンクス。これまでのHBOからのAppleTV+へとプラットフォームを鞍替えし、第3弾をリリースだ。第二次大戦下、ドイツ本土への空爆を行った“第100爆撃隊”を主人公とする群像劇にオースティン・バトラー、カラム・ターナー、バリー・コーガンら現代ハリウッドのエースパイロット級俳優が揃った。ロシアによるウクライナ侵攻、イスラエルによるガザ虐殺といった“戦時下”である現在、時に娯楽作として消費されてきたジャンルはいったい何を描くのか?
ミリタリーオタクでもあるスピルバーグ、ハンクスらしく、これまで映像化される機会の少なかった爆撃機部隊の描写が目を引く。“空飛ぶ要塞”と呼ばれたボーイングB17機は機体各所に銃座を設け、密集陣形を組むことで敵機の攻撃をよせつけない。機には航路を管理する航空士や、米軍の最高機密の1つである精密カメラをコントロールし、ピンポイト爆撃を実行する爆撃士が乗座。任務は各員の連携があって達成される。敵の制空権に入れば激しい対空砲火にさらされるが、被弾の確率は博打もいいところ。真に怖ろしいのは砲火が鳴り止んだ後に襲い来る、ドイツ軍の戦闘機メッサーシュミットだ。当時最速の敵機に第100爆撃機群は成す術もなく集中砲火を浴び、次々と墜落していく。機体が制御を失えばパラシュートで脱出できるものの、降り立つ先は当然ドイツ領土。行く末の運命は捕虜か、運が良くてもレジスタンスに先導された決死の国外脱出しかない。
ドラマはクレジットの上下に関係なく次々と登場人物が退場し、やがて4人の人物にフォーカスしていく。物語の語り部はアンソニー・ボイルが演じる航空士クロスビー。バッキーことイーガン少佐役でカラム・ターナーがようやく大作に居場所を見出しており、バックことクレブン少佐役のオースティン・バトラーは宇宙の果てだろうが第二次大戦下だろうが惚れ惚れするほど格好いい。後半から登場する凄腕パイロット、ロージーことローゼンタール役のネイト・マンは、今後役に恵まれればスターになるかもしれない注目株だ。
ドナルド・L・ミラーが従軍兵たちの証言をまとめた原作には明確なストーリーラインがなく、また映像化にあたって何の批評性も持ち込まれてはいないことに驚かされる。シリーズ前半、アメリカよりも早くドイツ軍と戦ってきた英国兵たちは夜間空爆の有効性を説き、主人公たちもそれに頷く描写がある。筆者はてっきり大戦末期に行われたドレスデン大空襲への伏線かと思った。連合国軍によって敢行された無差別爆撃の被害者は数十万人にも及ぶと言われており、戦争終結への寄与を評価する声がある一方、既に大勢が決していた後の空爆は虐殺に過ぎなかったとの批判が強い(この出来事をモチーフとした作品にジョージ・ロイ・ヒル監督の『スローターハウス5』がある)。
爆撃機部隊を主人公にすることで、民間人の犠牲が大いに想定される“空爆”や軍事行動への批判、それに従事するものたちの倫理的ジレンマに焦点が当たると思われたが、『マスターズ・オブ・ザ・エアー』はそんな現代情勢に何一つ目配せすることなく、第二次大戦勝利に貢献した兵士とアメリカを礼賛して幕を閉じる。だが、筆者が忘れられないのは空襲で焼け出され、家族も何もかも失ってしまった老人の姿だ。どこへ行くのかと尋ねられた老人は一言だけ「パレスチナ」と答える。それを字幕にもせず、聞き取れない言葉として演出してしまう時代錯誤な本作は、いつまで経っても高高度に達することなく、消化不良のまま全9話のフライトを終えてしまうのである。
『マスターズ・オブ・ザ・エアー』24・米
製作 ジョン・オーロフ
監督 キャリー・ジョージ・フクナガ、アンナ・ボーデン、ライアン・フレック、ディー・リース、ティモシー・ヴァン・パタン
出演 オースティン・バトラー、カラム・ターナー、アンソニー・ボイル、ネイト・マン、バリー・コーガン、ベル・パウリー
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