異色の宇宙人侵略映画『アンダー・ザ・スキン』から10年、ジョナサン・グレイザーが帰ってきた。最新作『関心領域』は2023年のカンヌ映画祭でグランプリを獲得。アカデミー賞では作品賞はじめ5部門にノミネートされ、2部門に輝いた。その国際長編映画賞受賞スピーチで、グレイザーはイスラエルによるパレスチナ侵攻と、ハリウッドの新イスラエル姿勢を真正面から批判。『関心領域』のポストクレジットシーンとも言うべき決定的瞬間であった。
示唆に富んだタイトルであり、観客にも自身の関心領域を幾重も拡大することが求められる映画だ。第2次大戦下、アウシュビッツ強制収容所の真隣りに暮らす所長ルドルフ・ヘスと家族の日常を盗み見るかのような本作には、観客を怠惰にさせる安易な説明は一切登場しない。カメラは各部屋の一点に置かれ(グレイザーの名を一躍知らしめたのがジャミロクワイ“ヴァーチャル・インサニティ”のPVだった)、私たちは所長夫人ヘートヴィヒの着る毛皮がどこから来たのか、邸宅内で空気のように扱われる家政婦たちが何者なのか、なぜ川底から白骨が出てきたのかと自身の知識と想像力を試される。全てのディテールは耳を澄ませば明白だ。鳴り響く重低音のノイズは人間を効率的に焼き尽くすためにフル稼働する焼却炉で、その向こうでは時折、悲鳴や銃声がこだましている。
グレイザーは巻頭、何も映らない画面にノイズだけを鳴らし続け、この映画の真の主役が音であることを観客に意識付ける。『関心領域』に唯一足りないものがあるとすれば、それは煙の匂いだろう。娘を訪ねやってきた母は美しい庭園でしきりに咳込み、明らかな異臭に怪訝な表情を浮かべ、一晩で逃げるように立ち去った。母の置き手紙をヘートヴィヒは唾棄するかのように破り捨てる。カンヌ映画祭で本作を押さえ、最高賞パルムドールに輝いた『落下の解剖学』では作家を演じているザンドラ・ヒュラーが、ここでは一転して品位の欠片もない人物に扮している。ヘートヴィヒの威圧的な歩き方1つを見ても、如何にナチスの権力性を自己同一化しているかは明らかだろう。
ナチスや大量虐殺を支持してきたのは私たちと変わらぬ凡庸な一般市民であり、巧みに自身の関心領域を使い分け、時に利益を享受してきたのである。グレイザーは暗視カメラなど現代的技法を使うことはもちろん、ルドルフ・ヘスに現在のアウシュビッツ資料館を幻視させ、過去の事件を地続きにする。しかし悲しいかな、今なお壁の向こうでは殺戮が行われ、私たちは関心領域を狭める自らの暴力性を意識せずにはいられないのである。
『関心領域』23・米、英、ポーランド
監督 ジョナサン・グレイザー
出演 クリスティアン・フリーデル、ザンドラ・ヒュラー
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