18世紀フランス。人里離れた孤島に画家マリアンヌがやって来る。修道院から帰省し、結婚の決まった令嬢エロイーズの嫁入り肖像画を描くためだ。
全編に渡って張り詰めた、しかし心地よい空気が漂う禁欲的な演出だ。納戸を叩く風、はぜる薪の音、打ち寄せる潮騒…劇伴は一切排除され、主な登場人物は3人のみ。屋敷にこだます足音は僕らが知る誰かのものだ。カンヌでは脚本賞に輝いたが、セリフは決して多くない。
その代わり、クレア・マトンによるデジタル撮影が多くを語る。仕立ての違いまでありありとわかる衣装、年齢も立場も異なる女達の肌質、そしてそこに差す仄かな感情と隠し切れない激情。ぜひ4K撮影のスペックを発揮できる環境で見てほしい。唇と唇を行き交う粘膜まで撮らえた鮮明さに目を見張った。デジタル撮影と史劇がこれほど高い親和性を発揮した映画は稀ではないだろうか。
そして映画は素晴らしい眼差しをもった主演2女優ノエミ・エルラン、アデル・エネルの視線を交錯させ、恋とインスピレーションは炎を上げていく。女性が抑圧された時代を描く本作は当然、2010年代以後のネオウーマンリヴ映画の文脈で語ることができるが、本作の画期性は男性登場人物を一切描かなかったことだ。エロイーズの怒りは女性性ゆえに背負わされた役割への反発であり、女しか住んでいない島で彼女らは性別を超え、解放されていく。若い女中ソフィの望まぬ妊娠も「産まない」という選択の自由こそが称賛される。絵画完成までのわずか1週間という時間は、かけがえのない楽園のように見えてくるのだ。同性愛の迫害の悲劇性も、男女の二項対立も超えた本作の新しさはMe too以後のフェミニズム映画に一旦のピリオドを打ち、新しい時代をスタートさせている。まったくの偶然だが、2人が海風を避けるために必ずマスクを付けて外出するのも、傑作だけが持ち得た時代精神であろう。
ゆえに本作は出会いと別れを知る全ての人の心を揺さぶる。抑制された演出は終幕に向け情感を高め、愛しい人の忘れ得ぬ姿を画面に焼き付ける。その鮮烈さ!ヴィヴァルディ『夏』に身を任せるエロイーズを見てほしい。実に感情豊かなアデル・エネルはエロイーズに去来する驚き、感動、怒り、そして拭い去ることのできない永遠の恋慕を同時に表現する。決して報われることがなくとも、想いをは人を支え、人生は続くのである。
『燃ゆる女の肖像』19・仏
監督 セリーヌ・シアマ
出演 ノエミ・エルラン、アデル・エネル、ルアナ・バイラミ、ヴァレリア・ゴリノ
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