前作『マネー・ショート』がアカデミー賞で5部門にノミネートされ、一躍ポリティカルコメディの旗手として頭角を現したアダム・マッケイ監督の最新作。今回の題材はブッシュJr.政権で副大統領を務め、影の支配者と呼ばれたディック・チェイニーだ。
とは言え、熱心にアメリカ政治ニュースを追っていた人でなければチェイニーの顔は即座に思い浮かばないだろう。9.11、イラク戦争と激動した0年代初頭、日本でも馴染みがあるのはラムズフェルドやパウエルといった所ではないだろうか。無理もない。副大統領というのは有事の際に大統領職を引き継ぐ言わば”閑職”であり、これを隠れ蓑に暗躍したのがチェイニーである。自らがCEOを務める会社への利益供与、法人税の減税、etc.といったあらゆる手段で政治を私物化していった(残念ながら日本でも見覚えのある姑息な手口だ)。
そんな彼の政治キャリアはニクソン時代に遡る。ラムズフェルドのインターンとしてホワイトハウスに潜り込むも、ウォーターゲート事件によるニクソン失脚をきっかけにワシントンを撤退。その後、政界に復帰したのは80年代のレーガン政権だ。映画はレーガノミクス以後の共和党政治を俯瞰し、チェイニーのルーツを辿るがこれはやや詰め込み過ぎの感は否めない。マッケイの演出は前作以上にテンポが早く再現ドラマ、コメディ、ドキュメンタリー、バラエティとあらゆるジャンルを横断する。この取材量ならばTVミニシリーズでも上手くいったかも知れない。
TVお笑い番組サタデー・ナイト・ライブの時事ネタコントでそのキャリアを磨いたマッケイだけに、豪華スターのモノマネ合戦が本作の”笑い所”だ。スティーヴ・カレルがラムズフェルドを、タイラー・ペリーがパウエルに扮し、サム・ロックウェルは何と子ブッシュ役で笑わせてくれる。チェイニーの妻リンに扮し、6度目のオスカー候補に挙がったエイミー・アダムスはこれくらいの仕事量は造作もなかっただろう。同年に主演したTVドラマ『シャープ・オブジェクツ』の名演の後では、この程度でタイトルを獲得して欲しくないというのがファンの本音である。
本作の見所は何と言っても主演のクリスチャン・ベールだ。チェイニーに慣れ親しんでいない身としては20キロ増量した”デニーロアプローチ”よりも、彼の神経質な個性がチェイニーにサイコパス的な怖さを与えている事に圧倒された。前作『マネー・ショート』でも同様のアプローチをしていただけに、これはマッケイとベールの間で打ち合わされた演技プランかもしれない。彼の演技だけ”笑えない”のである。そう、僕たちの民主主義はもうまったく笑えない所に来てしまったのだ。
『バイス』18・米
監督 アダム・マッケイ
出演 クリスチャン・ベール、エイミー・アダムス、サム・ロックウェル、スティーヴ・カレル、タイラー・ペリー
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