ノエルのブログ

シネマと海外文学、そしてお庭の話

殺意の夏

2020-04-21 00:52:49 | 映画のレビュー

 

何十年ぶりかで観たイザベル・アジャーニの「殺意の夏」。1983年制作のフランス映画なのだが、私がはじめて観たのは、高校時代のこと。大学時代にも、ビデオ(当時は、DVDなんて存在していなかった)で何回も鑑賞したもの。

イザベル・アジャーニは、私が若い頃、ファンだった、フランスの美人女優。カトリーヌ・ドヌーヴほど、世界的には知られていないけれど、17歳でコメディ・フランセーズの座員となり、ヴィクトル・ユーゴーの狂気の娘、アデル・ユーゴーを熱演した「アデルの恋の物語」や、同じく狂気の淵に沈む彫刻家「カミーユ・クローデル」などの作品の名演で、セザール賞を5回も受賞した、天才女優であるのだ。

外見も、ご覧の通り、トルコ人であった父親の血を感じさせる、アラブの面影漂う美女!

 

と言っても、彼女のことをふっと思い出し、この映画のDVDを購入するまで、イザベルのことも映画のことも記憶からすっかり薄れてしまっていた。

さて、この「殺意の夏」――フランスのミステリ作家、セバスチャン・ジャプリゾの同名の作品を映画化したものなのだが、ほぼ原作に忠実なストーリーとなっている。舞台は、南フランス(あちら風にミディと呼びたいな)の田舎町。自動車修理工パン・ポンは、母親と耳の不自由な伯母、弟たちと暮らす、三十代の独身男だが、ある日、町に越して来た美しい娘エリアーヌと出会う。

二十歳の娘エリアーヌ――これを、当時28歳くらいにはなっていたイザベル・アジャーニが演ずるのだが、どこか物狂いを思わせるエキセントリックな雰囲気、エキゾチックな容貌の魅力など、彼女ならではの圧倒的な吸引力で、パン・ポンのみならず、観客まで惹きつけてしまうのだ。さすが、アジャーニ! この底知れぬ魅力で、フランス人達に熱狂に愛されてきたはず。

    

なぜか、この謎めいた美しい娘は、パン・ポンに興味を持ち、彼を虜にした挙句、結婚という形で、家に乗りこんでくる。しかし、エリアーヌの目的は、あくまで、パン・ポンの家の納屋に眠る自動ピアノ。 彼女は、このピアノを運んできた男達のことを周囲の人々に聞きだそうとする。

それはなぜか? というのが、物語の謎の中心だが、実はエリアーヌは、彼女の母が雪の夜、ピアノを運んでいた男たちにレイプされて生まれた娘だったのだ。そのことが原因で、彼女は、父親(エリアーヌに突き飛ばされたせいで、車椅子の身障者となっている)と越えがたい溝を抱えることとなっている。

その魅力で周囲の人々を惑わしながら、エリアーヌは、自分たち家族を不幸に追いやった男達の名前を突きとめるのだが、何と彼女は、自分に好意を持ち続けるレズビアンの先生を利用して、パン・ポンに彼らを殺させようとまでする。

こんなエキセントリックな女がいるわけないだろう? と普通なら思ってしまうが、アジャー二の永遠に成長をとめてしまったかのようなあどけない笑顔、熱っぽい視線を見てしまうと、不思議な説得力があるのだ。

       

しかし、いざ復讐へのお膳立てが全て終わった時、エリアーヌが知らされたのは、ショッキングな事実だった。突きとめたと思っていた自動ピアノを運んだ男達は、別に存在し、彼らはすでに父親によって殺されていたというのだ。彼女がこの復讐を目論んだのも、父親への報われぬ愛情のためだったというのに。

扉ごしに父親の告白を聞く時の、エリアーヌの表情が凄い。 精神が空っぽになってしまった人間の顔というのは、ああいうものを言うのだと、当時十代だった私は理解したほどである。 ーー私は、最初にこの映画を観た時から、「私とは一体、誰だったのだろう?」という言葉と共に、ふらふらと街路を歩いてゆくエリアーヌの姿が忘れられないのだが、こんな狂気の演技をやらせたら、アジャーニの右に出る女優はいないような気さえする。

最後に、病院に収容されているエリアーヌに、パン・ポンは面会に行く。医師は、彼女がずっと心を病み続け、時には自分がどこにいるかわからないことがあったのだろう、と説明する。患者用の青いワンピースを身につけ、虚ろなベビーフェイスに笑みを浮かべながら、「そう。もうすぐ、パパが来るのね」とはしゃいでみせるエリアーヌ……今まで私が観て来た、破滅型ヒロインの中でも、最も印象に残っている一人だ。


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2 コメント

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懐かしいですね (noel)
2020-05-04 04:49:11
「アデルの恋の物語」を記憶している方も、少なくなっているだろうな、と思いながらタイトルを出したのですが、ルーさんは観ておられるのですね。 う~ん、やっぱり趣味や好みの線が、よく似ている
私も、二十歳の頃観たきりで、記憶が薄れてしまっているのですが、最後イザベル・アジャーニのアデルが、片思いの相手を追いかけて、南米の町にまで行ってしまい、そこで熱病か何かに倒れて、気が狂ってしまうんですよね。
虚ろな表情のアデルが、赤い花の咲きこぼれる美しい、南米の街路を歩いてゆくところ、恋の相手と出くわしても、何も言わず通りすぎてゆくところなど――ラストシーンだけは。鮮やかに残っています。
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「アデルの恋の物語」 (ルー)
2020-05-02 14:34:38
こんにちは。ノエルさん。今日は、関東地方は、暑いです。冬物を洗ったりしています。
若い頃に「アデルの恋の物語」を観ました。
渋谷の東急文化会館で観たのか、覚えていません。
確か、アデルの恋文が元に作られていたような。
「若い娘が、海を渡って」とモノローグがあったことを、遠い記憶で覚えています。
ノエルさんは、今も、本を読んだり、映画を観たり、お偉いですね。私は、最近は、読んでません。「シンデレラの罠」も、香水の匂いが出てきて、若い私は、夢中になりました。衝撃的な1冊です。「殺意の夏」も、読んでみたいです。
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