夫の会社の給料は、昔から手渡しだ。
振込にして…と誰が何回頼んでも、却下され続けた。
月に1度、社員に給料袋を渡して威張り散らすという
商大卒の優秀な経理係…夫の姉カンジワ・ルイーゼの大好きな儀式が
無くなるのがイヤなのだ。
ここ10数年は若手が多いので、これがやりたくてしょうがない。
給料を捻出しているのは決してルイーゼではなく、実際に働く人たちだが
完全に勘違いしている。
それはいいけど、しょっちゅう明細と中味が合わない。
今月は2千円少なかった。
同じ間違えるなら過剰に間違えばいいものを
必ず少なく間違える。
諭吉や英世の人数が違うことも多いが、計算が違うことはもっと頻繁。
社員も慣れっこなので、毎月末には自分のタイムカードをコピーしておいて
明細と照らし合わせるのが習慣になっている。
特に残業や休日出勤の多い月は危険だ。
社員のサワダ君の奥さんは、よそで経理の仕事をしているので詳しい。
給料日の翌日には、社員を代表していつもルイーゼとやり合う。
ルイーゼはサワダ夫人を「細かい」と言って恨み
義母は「娘は女性経営者の会で副会長をしているから忙しい」とかばう。
亭主が汗水流して働いたお金を間違えるルイーゼが悪い。
耐えられない社員は、ルイーゼと大喧嘩して早々に辞めていく。
それもまあいい…良くないが仕方がない。
今月の「カンジワルイデ賞」は
シモ3ケタ…435円が全部1円玉と5円玉だったことだ。
下方がパンパンにふくらんだ給料袋…ずっしり重いで…。
どこまでがミスで、どこからが故意で
どの時点で喧嘩売ってるのか、よくわからない。
生きてることそのものが嫌がらせになる…それがルイーゼさ。
私は一応身内という責任上!少々の不足は気にしない。
厳しい経営状態の中、たとえ明細より少なくても
毎月いただけることに心から感謝している!のよ。
フッフッフ…実は夫の厚生年金は、去年から一ケタ間違えている。
数万円引かれるところが、数千円になっているのだ。
イケメンの営業マンにのぼせて、会社の会計ソフトを変えた。
苦しいとボヤくわりには、そういう所へ大枚はたく。
その時に間違えて入力されたまま、現在に至る。
会社は社会保険事務所に正規の金額を収めているのだから、将来困ることは無い。
2千円でヤブヘビになるより、発覚するまで黙っておくに限る。
おねえたま…大好き♪
どうやって帳尻を合わせているのか不思議ではあるが
気づかれても絶対返すものか。
ルイーゼと同じ「知らなかった」「あんたが悪い」「無い」でやり通す所存だ。
目先の金を惜しんで、大事なところはダダ漏れ…
ただでさえ不景気なのに、これで経営がうまくいくわけがない。
それでも今のところまだ倒産していない奇跡を喜ぼうではないか。
ところで先日、仕事から帰って来た夫がぼやく。
「会社に女を連れ込むのはやめて!」
とルイーゼにいきなり怒鳴られ、喧嘩になったと言う。
「身に覚えの無いことを決めつけて言いやがる」
夫はかなり頭に来ている様子だ。
「ほほほ…前科があるからじゃない?」
「そりゃそうだけど、本当にやってないから腹が立つ」
給料もまともに計算出来ないくせに、ウソばっかり言うな!と言い返し
激しい口論になったそうだ。
確かに夫はホテル代わりに会社のソファーを利用し
毛布まで常備していた時期もあった。
フトコロが淋しい時の苦肉の策であろうが
非日常的な雰囲気が女性には意外に人気だ。
レンタルモップのズべ公や介護職のおばはんなど、特に喜んだらしい。
“今は”やってない…“今度ばかりは”潔白だ…夫は悔しそうに言う。
「そもそも何でそういうことになったの?」
「それがさ~…ゴミ箱に口紅のついたティッシュがあったと言うんだ」
昨日は無かったのに、今朝見たらある…
夜の間に女を連れ込んだろう…
私の会社でもあるんだから、勝手な真似はしないでちょうだい…
ルイーゼのモノマネをして見せる夫。
はっ!
前夜、私は例のアルトサックスの練習で会社を使った。
リードに色が付くのは嫌なので
練習前に口紅を拭き取って、ついゴミ箱へ…。
たら~り…黙っとこ。
気が済むまで喧嘩せぇや。