次男が小学生の時、同級生の女の子が不登校になった。
本人はいじめに遭ったと言い、周囲はそんなことは無いと言う。
やった、やらないでもめまくり、こじれにこじれたあげく
クラスの保護者が招集された。
一人の保護者の提案で、みんな子供と一緒に手紙を書いて女の子に送ろう…
ということになった。
私はさっそく次男と共に手紙を書き、女の子に送った。
後になってわかったが、その時手紙を書いたのは我が家だけであった。
以来女の子と文通みたいなものが始まって親しくなり
やがて遊びに来るようになった。
その女の子…アサミちゃんは、私の子供の頃によく似ていた。
非常に多感な上、口が達者…しかし語彙がまだ少ないので誤解を受けやすい
言うなれば損なタイプだ。
他人とは思えない。
不登校をどうにかしてやろうなんて、だいそれたことは夢にも思わない。
何も聞かないし、学校の話もしない。
二人で好きなマンガや絵を描いたり、他愛のないおしゃべりをして過ごす。
損な女同士のつきあいだ。
「おばちゃん…生きるってつらいね…」
アサミちゃんはつぶやく。
「んだな…」
そんなことはない…今経験していることは将来きっと…なんて
もっともらしいことは言わない。
アサミちゃんとの時間は、むしろ私にとって安らぎであった。
ある日、アサミちゃんは言う。
「お母さんと会ってほしい…」
私がどのような人物なのか、母親がいぶかしんでいる様子であった。
無理もなかろう。
当時、私は九州出奔から帰郷したばかり。
長男の高校進学に合わせ、次男も転校させて
隣の市とはいえ知らない場所で家族4人、新しい生活を始めたばかりだった。
そこは農村地帯だったので穏やかな人も多かったが
少々封建的な部分も残っていた。
その土地ではアパート住まいの者を「住宅の人」と呼び
学校でも近所でも、よそ者扱いする雰囲気があった。
この土地で代々商売をしているアサミちゃんの親が
心配する気持ちもわからないではない。
では、うちで昼ご飯を一緒に食べよう…ということになった。
晴れた日曜日、アサミちゃん母子はやって来た。
部屋に上がると、アサミちゃんのお母さんは手に持った箱を開けて言った。
「これ…ご存知かしら?ラザニアです」
「お母さんはね、結婚するまでお料理の先生だったんだよ!」
アサミちゃんは得意そうだ。
「本当?すごいねぇ!」
私はすき焼きの用意をしていた。
「まあ!すき焼きですか?せっかく作って来たのに…」
「一応準備はしましたけど、ラザニアをいただきたいですわ」
「娘から住宅にお住まいだと聞いたので
ごちそうは出ないと思っていたんですよ。
ラザニアなんか食べたこと無いだろうと思って、腕をふるいましたのに」
聞き違いかと思ったが、まったく悪意は無い…無邪気なもんだ。
お母さんは、食事をしながらしゃべりまくる。
うちは地元の名士で、よそとは違う…
実家はもっとすごい…などの、まあ自慢話。
あとはひたすら旦那と姑の悪口だ。
アサミちゃんの顔が見る見る曇り、下を向いてじっと聞いている。
「この子の不登校もね、父親や姑が悪いんですよ。
冷たくて外ヅラがいいんです。
アサミは敏感なので、そこらへんを見抜くんですよね。
学校へ行けないのも、みっともない、恥ずかしい、ばっかりで
あげくには全部私の責任にするんですから」
もしかしたらこれが長引いてる原因?と思うが
他人が余計なことを言っても、このお母さんは永遠にわからないだろう。
仲良くせぃ、よそで悪口を言うな…と言われて
そうできるのならとっくにしている。
そして両親が不仲という現実は
アサミちゃん自身が受け止めて越えていくべきものなのだ。
それからもアサミちゃんはうちに来たが
私の仕事が忙しくなったので、だんだん疎遠になっていった。
来なくなった頃、アサミちゃんは学校へ行くようになった。
どうしているかな…と、時々思う。