結婚をエサに金品をだまし取り、結婚しない。
それを結婚詐欺と言う。
では籍さえ入れれば、ウソをついてあざむいたり
金品をだまし取ったり、不幸のどん底に突き落としてもいいのだろうか。
それも詐欺ではないのか。
ぶら下げるエサの種類で名前が決まるらしいので
これはさしづめ幸福詐欺か。
それとも籍を入れると
「少々だまされてもいいですよ」と許可したことになるのか。
なるらしい。
血が出た…息をしていない…などのわかりやすい結果とならない限り
詐欺師はシャバでのうのうと暮らし、罪を重ねる。
詐欺師のくせに。
が、仕方がない。
「必ず幸福にします」という言葉を額面通り受け止め
詐欺と見抜けなかったほうも悪いのだ。
見抜けないまま婚姻という契約を結んだ
無知の罪というのは、あると思う。
「幸福にしてもらおうなんて思っちゃいない…
せめて害を与えないでくれ…」
幾度思ったかしれない。
あ、これ、全部私のことですからね。
夫と知り合った経緯は、まだ話していなかったと思う。
出会いは高校3年の夏であった。
受験勉強に忙しい時期ではあるが、私はこの期に及んで
まだ将来のことをはっきりと決めかねていた。
進路の決まったクラスメイトの中には、アルバイトをする者もいた。
その子が「用があるので1日だけバイトを代わってくれないか」
と言った。
何人も断わられ、たいして親しくもない私に回って来たのだ。
バイト先は喫茶店。
家に知れたらぶっ飛ばされるだろうが
バカな私は人助けをしたつもりでいた。
そこで夫と会ったんじゃ。
常連客として店に入ってきたその男を初めて見た瞬間
「あ、結婚相手だ」
とわかった。
一目惚れとか、そういうのではないんじゃ。
極めて事務的な感情であったと記憶している。
熱烈なアプローチに引き気味ではあったものの
紆余曲折を経て、結局そいつと結婚する。
プラッシーを飲ませてくれるのも確かに大きかったが
優しくて一途なのが最終判断の材料だった。
優しくて一途が自分だけに向けられていると思い上がっていた
青い私よ…
それが誰にでも適用される彼特有の症状と気づかなかったのが
敗因である。
この結婚の危険性を早くから察知していた祖父は
私が白無垢を着込んで実家の玄関を出る瞬間まで
「考え直せ」と言い続けた。
「おじいちゃん、もう無理ですよ」
「あきらめて、笑って送り出してやってください」
両親がたしなめる。
白無垢のスソを握って
「今ならキャンセル出来る…ワシが全部する…」
追いすがる祖父。
「そげんこと、できんわっ!」
バーッとスソひるがえして振り払い、実家を出た私。
花嫁支度をする時、着付師の着たドレスが
ストーブに当たって炎上した。
激しい結婚生活を暗示していたのかもしれない。
結婚してすぐ、前につきあっていた女性と別れていなかったことが発覚。
出会いの場となった喫茶店のママのペットだったことも発覚。
さらにバイトを交代したクラスメイトとの交際も発覚。
彼女は後から現われた私が夫を奪ったと恨み
結婚後も実家を連絡先にして会っていた。
義母ヨシコや、夫の姉カンジワ・ルイーゼがこっそり取り次いでおり
何も知らないのは私だけであった。
新婚時代は両親と別居だった。
たまたま夫の実家で夕食中、電話に出たルイーゼが夫に耳打ちした。
その様子がいかにも意味ありげだったので、夫より先に電話に出てやった。
…とんだところで同窓会。
即離婚!といきたいところだが、お腹にはハネムーンベイビーが…。
祖父を振り切って嫁いだ手前、意地で水に流すしかなかったのである。
では私は、呪われた結婚生活に耐えた立派な妻と言えるのか…。
言えやしない。
長男を妊娠中、25キロ太った。
夫の秘密を次々と知るうちに、食欲に走ったと言いわけもできようが
私はしない。
自己管理を怠ったのだ。
ただ食った…食いまくった。
167センチ50キロだった身体は、みるみる膨らんだ。
やがて夫よりも愛する対象が生まれ
私の中でそれは、夫の結婚前の問題が片付いたという扱いになる。
「詐欺だ!」
そんな私に夫は叫ぶ。
「オレは確か夏目雅子みたいな女と結婚したはずだ!」
(あばたもエクボの類と思っておくんなせぇ…)
夏目雅子は、サナギからブタに変身したのであった。
「結納金返せ!」
詐欺師に詐欺と責められるのも情けないが
いやはや…これも立派な詐欺であろう。