現場はいま、なかなか面白いことになっている。
田舎爺Sさんがコメント欄で提案してくださり
前回の現場シリーズではサブタイトルを夏祭と称したが
今回はさらなる祭状態。
これを祭と呼ばずして、何としょう。
まず、スガッちが今月末に退社する。
以前にもお話ししたが、スガッちは一昨年
取引先の大手企業を定年退職し、今年の3月にパート社員として入社した
私と同い年の男性である。
退職金で悠々自適の老後を過ごすつもりだったが
フィリピン人の奥さんが大半を祖国の家族に分け与えてしまう。
彼女は他にも散財を繰り返し、退職金はたちまち底をついた。
スガッちは慌てて再就職の口を探したが
極度の肥満が災いして働き口はなかなか見つからなかった。
そこで夫に泣きついたというのが入社の経緯だ。
ちょうど夫の助手を募集中だったので
重機免許を持つスガッちは、いとも簡単に採用が決定。
しかしスガッちの重機免許は、ペーパーだった。
「あんまり運転したことない」
面接の際、彼は確かにそう言った。
しかし誰もが、その発言を謙遜と受け止めた。
前職は現場監督だったので、重機を操縦する立場ではない。
だが、曲がりなりにも重機の仕事をするとわかって応募したのだから
少しは乗れると思ったのだ。
本当に乗れないと判明して以降は、練習に励んでいただく。
が、才能の問題なのか、なまじ習得してしまったら
ちゃんと仕事をする羽目になるので予防のためか
いつまで経っても上達しないので、危なくてしょうがない。
今までは取引先だったのでチヤホヤしてくれた夫が
今度は上司になり彼を指導するようになった境遇も彼には面白くないようで
やがて重機に乗らなくなり、社内のお荷物として浮いた存在になってしまった。
この業界は、お世辞にも上品とは言えない。
常に危険と隣り合わせた現場では、教養や人柄なんぞ関係ないのだ。
よって各自の本能がむき出しになりやすいため
知り合いを入れると甘えが出て、こういう結果になるのは珍しくない。
働かないだけならまだしも、その働かない人から逆恨みされて
トラブルになるケースもよくある。
喧嘩別れなら、まだかわいい。
労基や国税に訴え出たり、商品をこっそり横流しして小遣いにしたり
恨みを大義名分に、そりゃもう色々やってくれる。
恨みというのは、甘えを受け入れてもらえなかった時に発生するものなのだ。
この現象に慣れているとはいえ、何事も無ければいいが…
私は軽く案じるのだった。
そのスガッちが今月始め、夫に退社の意思を伝えた。
彼のパート契約の更新は、来年の3月。
夫は次の更新をしないと決め、それまでは忍の一字で耐え忍ぶつもりだったが
スガッち自らが言い出したので、大いにホッとした次第である。
退職理由は、自分がお荷物だと悟ったからではない。
給料が少ないからである。
奥さんがフィリピンから娘を呼び寄せ、一緒に生活することになった。
今の給料では養えないため、もっと高い所を探すそうだ。
結婚する時は独身で子供はいないと言っていた奥さんだが
入籍した途端に娘が二人出現し、そのうちの一人がもうすぐ日本へやって来るという。
夫に引き留める気はさらさら無いので、次の仕事のあてなど聞きはしない。
スガッちの退社は、すんなりと決まった。
この件について、我々夫婦は話し合ったものだ。
「使えん人間には二通りある。
あっさり辞める人間と、楽だからこそしがみつく人間。
あっさり辞めるスガッちは、使えん界では上質の部類」
やがてスガッちは、隣市の工場に転職が決まった。
基本給はうちと同じだが、そこは夜勤手当とボーナスがあるという。
夫に給料を上げて欲しいと言わなかったあたり
スガッちは自分の身の程を知る、やはり上質な部類だった。
製造業はきついので、おそらく続かないと思われるが
すんなり辞めてくれるのだから、こちらにとっては有難いの一言だ。
ともあれ夫は、心から安堵している。
それは、怠け者をスムーズに厄介払いできるからではない。
「子供はいないと言うから結婚したのに、だまされた」
「脂っこい料理ばかり食わされて、太ってしまった」
などと、今さら言ったってどうにもならないことばかりを
ブツブツと聞かされる日々が終わるからである。
さて、楽だからこそしがみつく人間といえば、例のあのお方。
それは後のお楽しみに取っておいて、先にナンバー2のお方
松木氏のことをお話ししよう。
65才の彼はこの7月、肺の腫瘍を摘出するために内視鏡手術を受けた。
予後はかんばしくない。
今月に入って、再手術のため入院した。
今度は内視鏡でなく、切開したと聞く。
再入院から10日余り経つが、退院のメドは立っていない。
本社は復帰が不可能と踏んで、もはや彼をいない者と認識している。
楽天家の夫もそう思っている。
しかし、怠け者をあなどってはいけない。
私は復帰するような気がする。
這ってでも出勤さえすれば、会社のソファで寝るだけなので
立派な養生になるというものだ。
が、以前のように妙な野心にかられ、夫を失脚させようと
嘘八百の芝居を演じる元気はもう無いと思われる。
芝居には、肺活量が必要だ。
と、ここまで書いていた昨日、アクシデント発生。
仕入れた商品を積んだ船が着いたのだが
荷下ろしの際、船がクレーン作業を誤ったという。
夫が話すには、船から離れた事務所まで商品が飛んできて
ガラス張りの玄関ドアが割れた。
ドアは船舶会社が弁償することで話がついたが
その時、事務所に誰もいなかったのは不幸中の幸いであった。
大きく割れたガラス片は、松木氏がいつも使うソファーに突き刺さった。
彼が入院中でなく、いつものように寝そべっていたら
生命にかかわっていたという。
惜し…いや、怪我が無くて良かった。
《続く》
田舎爺Sさんがコメント欄で提案してくださり
前回の現場シリーズではサブタイトルを夏祭と称したが
今回はさらなる祭状態。
これを祭と呼ばずして、何としょう。
まず、スガッちが今月末に退社する。
以前にもお話ししたが、スガッちは一昨年
取引先の大手企業を定年退職し、今年の3月にパート社員として入社した
私と同い年の男性である。
退職金で悠々自適の老後を過ごすつもりだったが
フィリピン人の奥さんが大半を祖国の家族に分け与えてしまう。
彼女は他にも散財を繰り返し、退職金はたちまち底をついた。
スガッちは慌てて再就職の口を探したが
極度の肥満が災いして働き口はなかなか見つからなかった。
そこで夫に泣きついたというのが入社の経緯だ。
ちょうど夫の助手を募集中だったので
重機免許を持つスガッちは、いとも簡単に採用が決定。
しかしスガッちの重機免許は、ペーパーだった。
「あんまり運転したことない」
面接の際、彼は確かにそう言った。
しかし誰もが、その発言を謙遜と受け止めた。
前職は現場監督だったので、重機を操縦する立場ではない。
だが、曲がりなりにも重機の仕事をするとわかって応募したのだから
少しは乗れると思ったのだ。
本当に乗れないと判明して以降は、練習に励んでいただく。
が、才能の問題なのか、なまじ習得してしまったら
ちゃんと仕事をする羽目になるので予防のためか
いつまで経っても上達しないので、危なくてしょうがない。
今までは取引先だったのでチヤホヤしてくれた夫が
今度は上司になり彼を指導するようになった境遇も彼には面白くないようで
やがて重機に乗らなくなり、社内のお荷物として浮いた存在になってしまった。
この業界は、お世辞にも上品とは言えない。
常に危険と隣り合わせた現場では、教養や人柄なんぞ関係ないのだ。
よって各自の本能がむき出しになりやすいため
知り合いを入れると甘えが出て、こういう結果になるのは珍しくない。
働かないだけならまだしも、その働かない人から逆恨みされて
トラブルになるケースもよくある。
喧嘩別れなら、まだかわいい。
労基や国税に訴え出たり、商品をこっそり横流しして小遣いにしたり
恨みを大義名分に、そりゃもう色々やってくれる。
恨みというのは、甘えを受け入れてもらえなかった時に発生するものなのだ。
この現象に慣れているとはいえ、何事も無ければいいが…
私は軽く案じるのだった。
そのスガッちが今月始め、夫に退社の意思を伝えた。
彼のパート契約の更新は、来年の3月。
夫は次の更新をしないと決め、それまでは忍の一字で耐え忍ぶつもりだったが
スガッち自らが言い出したので、大いにホッとした次第である。
退職理由は、自分がお荷物だと悟ったからではない。
給料が少ないからである。
奥さんがフィリピンから娘を呼び寄せ、一緒に生活することになった。
今の給料では養えないため、もっと高い所を探すそうだ。
結婚する時は独身で子供はいないと言っていた奥さんだが
入籍した途端に娘が二人出現し、そのうちの一人がもうすぐ日本へやって来るという。
夫に引き留める気はさらさら無いので、次の仕事のあてなど聞きはしない。
スガッちの退社は、すんなりと決まった。
この件について、我々夫婦は話し合ったものだ。
「使えん人間には二通りある。
あっさり辞める人間と、楽だからこそしがみつく人間。
あっさり辞めるスガッちは、使えん界では上質の部類」
やがてスガッちは、隣市の工場に転職が決まった。
基本給はうちと同じだが、そこは夜勤手当とボーナスがあるという。
夫に給料を上げて欲しいと言わなかったあたり
スガッちは自分の身の程を知る、やはり上質な部類だった。
製造業はきついので、おそらく続かないと思われるが
すんなり辞めてくれるのだから、こちらにとっては有難いの一言だ。
ともあれ夫は、心から安堵している。
それは、怠け者をスムーズに厄介払いできるからではない。
「子供はいないと言うから結婚したのに、だまされた」
「脂っこい料理ばかり食わされて、太ってしまった」
などと、今さら言ったってどうにもならないことばかりを
ブツブツと聞かされる日々が終わるからである。
さて、楽だからこそしがみつく人間といえば、例のあのお方。
それは後のお楽しみに取っておいて、先にナンバー2のお方
松木氏のことをお話ししよう。
65才の彼はこの7月、肺の腫瘍を摘出するために内視鏡手術を受けた。
予後はかんばしくない。
今月に入って、再手術のため入院した。
今度は内視鏡でなく、切開したと聞く。
再入院から10日余り経つが、退院のメドは立っていない。
本社は復帰が不可能と踏んで、もはや彼をいない者と認識している。
楽天家の夫もそう思っている。
しかし、怠け者をあなどってはいけない。
私は復帰するような気がする。
這ってでも出勤さえすれば、会社のソファで寝るだけなので
立派な養生になるというものだ。
が、以前のように妙な野心にかられ、夫を失脚させようと
嘘八百の芝居を演じる元気はもう無いと思われる。
芝居には、肺活量が必要だ。
と、ここまで書いていた昨日、アクシデント発生。
仕入れた商品を積んだ船が着いたのだが
荷下ろしの際、船がクレーン作業を誤ったという。
夫が話すには、船から離れた事務所まで商品が飛んできて
ガラス張りの玄関ドアが割れた。
ドアは船舶会社が弁償することで話がついたが
その時、事務所に誰もいなかったのは不幸中の幸いであった。
大きく割れたガラス片は、松木氏がいつも使うソファーに突き刺さった。
彼が入院中でなく、いつものように寝そべっていたら
生命にかかわっていたという。
惜し…いや、怪我が無くて良かった。
《続く》