殿は今夜もご乱心

不倫が趣味の夫と暮らす
みりこんでスリリングな毎日をどうぞ!

現場はいま…秋祭編・3

2021年09月18日 14時16分55秒 | シリーズ・現場はいま…
盆休みの引越し以降、ラブラブになった佐藤君とヒロミはすっかり夫婦気取りだ。

こまめな佐藤君、昼は毎日、自分とヒロミの弁当を買いに行く。

コンビニ弁当に飽きたと言うヒロミのために

こまめな佐藤君はファミレスのテイクアウトを買いに走るようになった。


こうなってみると、皆でワイワイと昼食に出かけ

息子たちも楽しそうだった盆休み前が懐かしい。

中華料理屋で、木耳(きくらげ)という漢字が読めなかったヒロミは

「木に耳なんて、おかしい」と怪しんだあげく、この漢字の無いメニューを選んだ…

などと、息子たちが話してくれるエピソードを爆笑しながら聞いたものだ。


が、ヒロミは変わってしまったのだから仕方がない。

オトコで大きく変わる女が、えてして男運に恵まれないのはともかく

こやつらが早晩やらかすであろう財布温め計画を迎え撃つべく

気を引き締める私であった。



はたしてその計画は、すぐに発覚した。

発端は、佐藤君が長男を焼肉に誘ったことに始まる。

「土曜日にうちで焼肉するけど、食べに来ん?」


その言葉に固まる長男。

藤村との内通がわかって以来、息子たちは彼を警戒するようになった。

今年の3月、2年余りに渡って絶縁状態だった長男と次男の仲が復活した後も

兄が弟の悪口を言っている、弟が兄の悪口を言っている…

彼はそれぞれに吹き込み、再び兄弟仲を裂こうと画策した。

社員を仕切りたい佐藤君にとって、兄弟は反目してくれる方が都合がいい。

結束してもらっちゃ困るのだ。


これが何度か続くと、息子たちはさらに彼と距離を置くようになり

同僚として一緒に行動することはあっても個人的な付き合いはしなくなった。

佐藤君も、盆休みに3トンダンプを持ち出す計画が未遂に終わって以降

不穏な空気を感じ取っている様子で、よそよそしかった。


そんな佐藤君が急に家へ誘うのはおかしい…

長男は思ったという。

焼肉は好きではないし、佐藤君の家はひどく遠い。

前は車で1時間かかる山奥村だったが、離婚して家を追い出されてからは

もっと山奥の古い一軒家を買ったので、さらに遠くなった。

たとえ仲良しだったとしても、遠慮したい距離。

よって長男は、この不可解な誘いをその場で断った。

一方、次男の方にお誘いはなかった。

当然であろう。

兄弟バラバラ作戦の首謀者が、その兄弟をまとめて招待したのでは本末転倒である。


この件は、それで終わると思っていた。

しかし夕方になって、ヒロミが長男にたずねた。

「土曜日、ホンマに行かんの?せっかく佐藤君がおごってくれるのに〜」

長男はこの発言に、大きな疑問を持った。

離婚して家を買ったからお金が無いとボヤくのが日課で

長男にしょっちゅう昼ごはんをたかっていた佐藤君が、なぜ人にご馳走できるのだ。


「臨時収入でもあったん?」

長男がたずねると、ヒロミは無邪気に答えた。

「タイヤ売ったお金で肉を買うんだって」

「何のタイヤ?」

「佐藤君が外したやつ」

「どこに売るん?」

「U君って人だって」

「……」


ゆめゆめ、バカを相棒にするものではない。

悪事ならなおさらだ。

コトの善悪がわからないので、すぐにバレる。

長男は、この不可解な誘いの全容を理解してしまった。


“佐藤君が外したやつ”というのは

彼が先日、ダンプのタイヤを新品に取り換えた際に外した古いタイヤのこと。

“U君”とは15年ほど前までの数年間、義父の会社に勤めていた男性で

長男とは同年代だ。

U君は同業の取引先に引き抜かれて去ったが、やがて“個人持ち”になった。

個人持ちとは自分でダンプを買い、親会社の下請けとして仕事に参加したり

自ら営業して仕事を獲る、個人経営のダンプ乗りのことである。

このU君とは現場で一緒になることがあるため

社員も息子たちも、今だに彼と交流を続けている。

だから佐藤君も、彼とは知り合いだ。


この関係性を踏まえた上で、今度はタイヤの説明を聞いていただかなければならない。

大型ダンプのタイヤは前に2本、後ろに二列ずつ8本で、合計10本ある。

このタイヤは1本が約3万円、10本で30万円だ。


走行距離や仕事の内容にもよるが、ちゃんと仕事をしていれば

タイヤのミゾは1年ほどですり減り、ツルツルになる。

そうなったらブレーキが効かなくなって危ないので

我が社の場合、年に一度の車検という節目に10本全てを新品のタイヤに換えることが多い。

とはいえ新しく買うだけでなく、合間で何度か前輪と後輪のタイヤを付け換えたり

二列の中と外を並べ換えたりして、ミゾが長持ちするように努力する。

これは安全と節約の両面において、業界の常識である。


タイヤの交換や並べ換えは、メーカーを会社に呼んでやってもらう。

脱着作業は有料で、出張料もかかる。

昔は脱着料金を節約するため、運転手にやらせる会社もあったが

現在はプロに任せる所が多い。

タイヤは大きくて重く、ゴムでできているため、ひとたび跳ねたら人間の手に負えない。

手間賃を惜しむあまり、自力で脱着に取り組んでいて労災事故になったり

走行中にタイヤが外れて大惨事になるなど、タイヤが原因で問題が生じた場合

責任の所在を明らかにするためである。


新しいタイヤに交換して外された古いタイヤは

廃タイヤとしてやはりメーカーが引き取って処分される。

その辺に捨てられたり、燃やされては廃棄物処理法に違反するからで

エアコンや冷蔵庫と同じく引き取り料金が必要だ。


そして新しいタイヤの料金を始め、脱着料、出張料、廃タイヤの引き取り料を払うのは

当然だが運転手ではなく、会社である。

以上を認識していただいた上で、これからの話を聞いていただきたい。



さて、佐藤君は先日の車検でタイヤを10本、新品に交換した。

このダンプは、あの神田さんを入れるために藤村が用意したオートマ車だ。

彼女はろくに仕事をしないまま、パワハラとセクハラを訴えて辞めたので

年末に別の支社から呼び戻された佐藤君が乗るようになった。


このオートマダンプは怠け者が乗る運命なのか

佐藤君は自分のダンプがオートマ車であることを理由に

タイヤの傷むハードな仕事を避け続けてきた。

そのため購入から1年を経ても、タイヤのミゾはあんまりすり減っていない。

よって新品に交換するのはもう少し先だと誰もが思っていたが

佐藤君は夫や、整備管理者の次男に相談することなくタイヤを新調したので

皆はその大胆に驚いていた。


我が社では、タイヤの交換時期は運転手の良識に任せている。

いちいち細かいことに目を光らせ、小言を言って社員を萎縮させるのは夫が好まない。

義父と義姉がこのタイプで、それが心底嫌だったからである。

社員も夫の信頼に応えてくれ、今までは確かにうまく行っていたのだが

佐藤君にそれを期待するのは無理だったようだ。

《続く》
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする