殿は今夜もご乱心

不倫が趣味の夫と暮らす
みりこんでスリリングな毎日をどうぞ!

現場はいま…秋祭編・6

2021年09月23日 10時27分41秒 | シリーズ・現場はいま…
シュウちゃんの排除計画が失敗に終わると、佐藤君は心も新たに振り出しへと戻った。

ヒロミと組んで勝手に仕事の段取りを決めてしまうようになっていたのが

ますますひどくなったのだ。

佐藤君が絵を描き、ヒロミがそれを皆に指示するのは

二人が一刻も早く終業するためのものだった。


「次、どこそこ行って」

「今日はもう、みんな終わりね」

ヒロミはアホなので深く考えもせず 、佐藤君に言われた通りを嬉々として無線で発表。

つい半年前に入った女から、何でえらそうに指示されなければならないのだ…

皆は当然気に入らない。

しかし、ヒロミは意に介さず。

夫や息子たちとは、私を介して昔から知り合いなので

自分にはその権利があると思い込んでいるらしい。

知り合いを入れた弊害の、最悪パターンである。


二人の暴走を止めればいいじゃないか…簡単なことだ…

そうよ、誰でもそう思う。

が、これには運転手の習性が関係している。

安全走行が最優先なので、運転中に細かいことを考えたくないし

無線で議論もしたくない。

誰かが先に笛を吹いたら羊の群れのごとく、ついそれに従ってしまうのだ。

あちこちの会社で様々な車両の運転手をしてきた佐藤君は

長い経験から、誰よりも真っ先に指示を出せば

思い通りになりやすいことを知っていた。


一方、アレらによって、物理的な問題も生じていた。

佐藤君とヒロミが話し合って決めた勝手な指示に

一番迷惑しているのは積込みをする夫だ。


次の行き先を勝手に変更されると、積込む商品が変わる。

商品は取引先ごとに違うし、数種類の商品を同じ取引先に納入することもあり

相手の在庫の状態によって、必要な商品が変わるのは日常的なことだ。

商品が違えば、積込みをする重機の待機場所も、ダンプが停まる位置もそれぞれ違う。

慣れた夫はこなしているが、これは勘違いによるアクシデントを誘発する危険な行為。


しかしアレらは積込みができないので、そんなことは知らない。

早めに切り上げて帰りたい一心だ。

行き先の距離や納入商品によって帰社時間が変わるため

お構いなしのやりたい放題である。


その夫もまた、経営者の習性によって二人の暴走を止められなかった。

経営者は、利益を出さなければならない。

その日の出荷量や明日以降の出荷量をかんがみて

ダンプをどう動かしたら純益が高いかを考える。

そこへ、はやばやと勝手な指示を出されたら

切れるとは言い難い頭と重たい口では追いつけず、ケセラセラの性分も相まって

とりあえず今日のところはこのまま…と流される。

夫にとっては不承不承でも、結果的にはアレらの指示に従うことになってしまうのだ。

佐藤君は、そんな夫の性格を熟知していた。


夫が切れ者であれば、合併の憂き目を見て

冷や飯を食う羽目になっていないのはともかく

そのような状況の中、女だからと気を使って我慢してきた。

だが、そろそろどうにかせんといけん、ということになった。


というのも、ヒロミが“休みたガール”なのは入社前から聞いていたが

ここへ来ても同じ。

母親の病気を理由に、忙しい日を選んでポツポツと休むようになった。

休むのはかまわないが、なにしろ調子に乗っているため

先日、大きな勘違いを一発ぶちかましてくれた。

「私、明日休むから、〇〇産業のチャーター呼んで」


彼女は何も知らないから臆面もなく言えるのだが、経営者側にとってはトンデモ発言。

もちろん、急に休むのも褒められたものではない。

しかし、休む自分の代わりに他社からチャーターを呼べというのは

従業員として許されない行為だ。


なぜならチャーターを呼ぶと、1台につき1日4万円の支払いが発生する。

それを支払うのは会社だ。

ヒロミはチャーターを呼びさえすれば自分は自由に休めると勘違いしているが

チャーターを呼ぶ呼ばないは会社が決めることで、ヒロミには関係ない。

会社の支払いをあてにするのは、泥棒に匹敵する越権行為なのである。


ヒロミは今月で入社半年なので、来月からは有給休暇が発生する。

有休が取れるようになると、休む日が増えるのは決定事項。

ヒロミが払うのであればナンボでも呼んでやるが、そうではないのだから

このまま勘違いを続けさせるわけにはいかない。

そこで、どうにかせんといけん…ということになったのだ。


とはいえ、相手は愚か女子。

きついことを言えば泣きやがるだろうし、佐藤君にそそのかされ

神田さんの時のようにパワハラ問題に発展するかもしれない。

行き詰まった息子たちから、相談を受けたのは私。

我が家の相談員としては、またもや教育を授けることになった。


あの二人をギャフンと言わせ、あわよくば辞める方向へ持ち込む良い方法はないのか…

息巻く兄弟。

「待て待て、焦っちゃいかん」

私は彼らを制するのだった。

「ええか、よう聞けよ。

二人いっぺんに片付けようとするけん、難しゅうなるんじゃ。

あんたらも、そろそろ持久戦を覚えてもええ頃よ。

段階を踏んでみ。

辞めさせることばっかり考えずに、まず仲間割れさせることを考えんさい」

「…どうやって?」

兄弟は顔を見合わせる兄弟に、私は満を辞して言う。

「常用(じょうよう)じゃ」


「その手があったか!」

途端に元気になる二人。

常用とは1日8時間、運転手とダンプをセットでよその会社に貸し出す仕事。

よそからうちへ来てもらうのをチャーター、うちからよそへ出向くのを常用と呼ぶ。


会社はここしばらく、企業に商品を供給する納品仕事が多かったため

常用仕事のほとんどを断っていた。

なぜ断るかというと、4万円と上限が決まっている常用よりも

商品を販売する納品の方が段違いに儲かるからだ。

しかし納品は波があり、仕事のある時は猫の手も借りたいほどだが

無いときゃサッパリの相手任せ。

そんな時は、ダンプを常用に出す。

会社に放置しておくより、たとえ1台4万円でも売り上げが上がるからである。


拘束時間が長くて技術が問われる常用は

納品仕事より精神的、肉体的にきついので苦手な者もいれば

いつもと違う景色の中で働く常用を好む次男のようなのもいる。

佐藤君は前者の台頭だ。


彼は自分のダンプがオートマチックだからという理由で、常用には頑として行かない。

オートマチックに常用ができないわけではないが、そう言い張るのと

頭痛を理由に常用をすっぽかす癖があるので、無理強いはしてこなかった。


ヒロミの方は、まだ一度も常用をさせていない。

知らない所で初めての仕事をするのは本人も怖かろうし

何より相手に迷惑がかかるからだ。

慣れてきたらおいおいに教える予定だったが、入社してもう半年。

ウォーミングアップは十分だろう。


「そろそろ、常用を経験してもええ頃合いよ」

私は兄弟に話すのだった。

この常用が、なぜ佐藤君とヒロミの仲間割れを引き起こすか。

それは次回でご説明させていただこう。

《続く》
コメント (4)
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