殿は今夜もご乱心

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現場はいま…秋祭編・8

2021年09月28日 11時12分03秒 | シリーズ・現場はいま…
常用と呼ばれる出仕事に行きたくない佐藤君が泣きつく先は

密かに内通している藤村しかいないと思われた。

自分のハーレムを作ると豪語して、50を過ぎてもヤンキーやってる女を入社させ

その女にパワハラとセクハラで労働基準監督署に訴えられたあげく

我が社に併設されている本社営業所の所長を解任された、藤村のことである。


なにしろ佐藤君はピンチなのだ。

自己評価が異様に高く、夢と現実の区別がつかなくて

嘘八百が日常会話の藤村を信じるしかないではないか。

「この会社は近々、俺のものになると決められている」

「本社もここも、俺の営業力で持っている」

鰯の頭も信心から…

ヤツの大言造語を信じさえすれば、ピンチはチャンスに変わる。


佐藤君と藤村は、50代終盤の同世代。

転職を繰り返してきた半生も、複数回の離婚を経て今は独り身の境遇も同じ。

無職の時代が長くて年金をあてにできず、老後の不安が大きいことも同じ。

そして同胞だ。

数々の共通点が絆に発展しても、不思議はない。

佐藤君はこの絆で何とか助けてもらいたいだろうが

藤村も現在、ピンチの渦中にいた。



話は今月初旬にさかのぼる。

同業の会社で営業マンをしている夫の親友、田辺君が仕事をくれた。

かなり大きな仕事で、発注元は全国ネットの大企業、A社。

それを受注した元請けは、九州に本社のある土建会社、B社。

B社と懇意な田辺君は、B社の下請けとして参加することになったが

田辺君の会社だけで間に合うかどうかわからない。

彼は無理をして独り占めせず、他社と分け合って次に繋げる主義なので

一緒にやろうと夫に声をかけてくれたのだ。


夫はこの話を承諾したが、うちでこなせるのは商品とダンプの調達だけ。

コンクリート関係や土木工事の仕事は畑違いなので

そっちが専門の本社に振ることになる。

田辺君はそれを承知の上で、夫が本社から尊重されるよう

いつも心を砕いてくれるのだった。


夫は、この本社向けの仕事を藤村に振った。

このような時には、本社営業部の誰かに連絡することになっているからだ。

仕事が発生した際の第一報は、営業に携わる者にとって貴重である。

連絡を受けた者がそのまま担当して営業成績に加算されたり

本人の手に余るようであれば、親しい上司に伝えて恩を売れるからだ。


合併して間もない頃は、本社から言われた通り松木氏に伝えていたが

彼はわけがわからないまま、知ったかぶりをして突っ走るので失敗が多かった。

だから夫はそのうち、営業部唯一の若手であり

かつマトモな野島君に第一報を伝えるようになった。


責任を持ってきちんと仕事をこなす彼の営業成績は上がり

取締役の覚えもめでたくなって、前途は明るいと思われた。

しかし営業部はそうはいかない。

永井営業部長を始め、彼が目立つと自分の無能が明るみに出るので困る者がいた。

足を引っ張られるようになった野島君は数年前、嫌気がさして転職してしまった。


以後は、野島君を可愛がっていた佐久間課長に振っていた。

この人も優秀な好人物だったが、永井部長と長らく敵対していたので

じきによその会社に引き抜かれて退職した。

だから営業部には、性根の腐った昼あんどんしか残っていない。

もはや誰に振っても同じなので、この仕事は松木氏に伝えられるはずだが

彼は今、入院中。

そこで夫は松木氏の前任者、藤村に連絡したのだった。


夫から話を聞いた藤村は、大喜びしたという。

営業所長の肩書きを外され、ヒラになって本社に戻ってからは

所在なく県内をドライブして過ごしている彼のことだ。

仕事を獲得して行く所ができたのと

このところ心酔している田辺君がくれた仕事ということで

舞い上がるのは無理もなかった。


というのも藤村、こっちで営業所長をしていた頃は田辺君を天敵と定めていたが

本社に戻って以降は急に田辺君を営業の師と仰ぎ始め、頻繁に連絡を取るようになった。

自分が一から営業するより、田辺君に近づいておこぼれを狙う方が

仕事を得る確率が高いと踏んだのだ。

そんな彼なりの営業努力が実ったのだから、嬉しくないはずがない。

目の付けどころはいいんだが、任侠系男子の田辺君が

藤村の変わり身を快く思うはずもなく、適当にあしらわれている。


さて、仕事をもらった藤村は、さっそく上司の永井営業部長に報告。

永井部長が取締役会議で声も高らかに発表し、この仕事は永井部長と藤村に任された。

が、ここで永井部長の悪癖が出る。

「元請けのB社と下請けの田辺の会社を飛ばして

うちが発注元のA社から直に受注できないか」

彼はそう考えるようになった。


これは業界で言うところの、“飛ばし”という行為。

今回のケースでは、間に入っている九州のB社と田辺君の会社を飛び越えて

発注元の大手A社と交渉し、A社から直接仕事をもらうことである。

飛ばすつもりの二社より低い工費を提示するなり、接待漬けにするなり

方法は何でもいいから発注元に近づき、中間にいるB社と田辺君の会社を排除するのだ。

発注元と懇意になって直の取引ができれば利益が上がり、今後の仕事に発展が見込める。


とても良い案だが、大きな問題が一つ。

じゃあB社と田辺君の会社はどうなる?というもの。

飛ばしは、非常に卑怯な行為とされる禁じ手だ。

これをやる会社は信用を失い、業界で相手にされなくなる。


それを知ってか知らずか、永井部長は何かというと飛ばしを口にする。

飛ばしは本社において、伝説のお家芸だからだ。

20年以上前の話になるが、本社は一度、倒産しそうになったことがある。

その時、河野常務ら営業畑の取締役は、禁断の飛ばしを連発した。

人に恨まれる汚れ役を買って出て劇的に売り上げを伸ばし、本社を立て直したのだ。

けれどもそのために潰れた会社や、資金が回らなくなって本社に吸収された会社もある。

本社は、“乗っ取り屋”と陰口を叩かれるようになった。


やがて本社が持ち直すと、常務たちは飛ばしをやめた。

こんな手口がいつまでも続かないことを知っているからだ。

乗っ取りで増えた子会社によって本社は大所帯になり、年商は飛躍的に増加した。

子会社には建設系だけでなく、様々な職種がある。

本社は全てをまとめて総合商社を名乗るようになり

乗っ取り専門の土建屋は、幾分か上品な路線へとシフトチェンジしたのだった。


この過去は武勇伝として、本社で語り継がれている。

永井部長は、それをぜひ踏襲してみたい。

ただ憧れているのだ。


そんな彼は今までにも、何回か飛ばしをやろうとしたことがある。

しかし、こういう実験をうちの仕事でやってみたがるのが迷惑なところ。

永井部長にとって我が社は、弱々しい転校生の扱いなので、何をやってもいいらしい。

彼の無能が功を奏し、チャレンジはことごとく未遂に終わったが

我々はかなり恥ずかしかった。


それを今回もやろうというのだ。

しかも田辺君が振ってくれた仕事である。

永井部長にとっては単なるチャレンジだが

田辺君を敵に回すことになるとは考えていないらしい。

《続く》
コメント (2)
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