スガッちの退職が決まり、松木氏は入院中。
会社に束の間の平穏が訪れているかたわらで、社員の佐藤君とヒロミが熱い。
ラブラブなんじゃ。
惚れっぽいヒロミは、いずれ誰かとそういうことになると思っていたが
案外早かった。
きっかけは、夏祭編で触れたヒロミの引越し。
ヒロミは住んでいるアパートを出て
今付き合っている彼氏と同棲することになったのだ。
その彼氏の父親は昔、義父の会社に勤めていた。
小うるさくて常識が無いだけならまだしも、前々から飲酒運転の噂があり
会社の冷蔵庫でビールを冷やしているのを見た義父が、その場で解雇した人だ。
その息子だから、およそ似たようなものだと思われるが
お互いの子供も大きくなったバツイチ同士、同棲に支障は無い。
ヒロミは盆休みに引越すと決め、佐藤君が手伝うことになった。
何で彼氏が手伝わないのか…という疑問は生まれるものの
ヒロミへの愛は、その程度ということだろう。
この時点では、佐藤君とヒロミの間に他意は無かったと思われる。
ちなみに58才の佐藤君は、人と人を揉ませる名人。
松木氏の前任者だった藤村といつの間にか内通していて
何かイザコザがあれば、必ず裏に佐藤君がいるという厄介な人物だ。
けれども彼には非常に器用でこまめ、かつ物知りという卓越した美点がある。
その美点は裏を返せば、ずる賢いということになるのだが
佐藤君が引越しを手伝ってくれたらヒロミは百人力だろう。
ともあれ周到な佐藤君は、ヒロミの引越しを安上がりにするため
荷物を運ぶのに会社の3トンダンプを黙って借りようと言い出した。
それを聞きとがめた長男が、夫に報告。
勤め人の彼らは管理者の責任なんて知ったこっちゃなかろうが
私用で使って事故でも起こされたら、こっちは面倒なことになる。
キーは日頃、事務所で保管しているが
夫は盆休みの間、全車両のキーを家に持ち帰ることにした。
もっとも社員には事務所の鍵を持たせていないため
夫と息子たちが鍵を貸しさえしなければ、車を勝手に使われる懸念は無いのだが
ずる賢い彼のことだから、どんな理由をつけて事務所の鍵を手にするかわからない。
事務所に忘れ物をして困っている…
ダンプの不具合が気になるので、休み中にメンテナンスしておきたい…
孫と事務所の周りで釣りをしたいが、小さい孫を時々事務所で休ませたい…
彼が言い出しそうなもっともらしい理由は、いくらでもある。
よって、このような措置を取った。
というのも、佐藤君が鍵を貸して欲しいと頼む相手は絶対に次男。
上司である夫と、性格のきつい長男には頼まないはずである。
本当は悪いことだとわかっているからだ。
人当たりのいい次男がそれを断った場合、佐藤君の恨みは次男に向く。
前回の記事でも話したが、人は自分の甘えを満たしてくれなかった相手に
恨みを持つ生き物なのである。
ましてや今回は、ヒロミが絡んでいる。
あれでも一応は女であり、さらに後輩だ。
女や後輩にええカッコしようとして、コケた場合
恥をかかされた恨みは周囲が思うよりずっと深い。
いつも事務所か重機の中にいる夫と違い、息子たちは佐藤君と一緒に働く。
無闇につまらぬ恨みを買ってストレスを与えると、安全面に支障が出る恐れがある。
我が家では、ゲスの逆恨みは夫に集中させると決めているのだ。
本人に直接注意したらいいじゃないか…そう思われるかもしれない。
しかし、どんな業界でもそうだろうが
口で注意されて素直に言うことを聞く人間がどれだけいるだろう。
聞きゃあしないから、どこの会社も大変なのだ。
ことに大型ダンプは車体が大きい分、ちょっとしたことが大惨事に繋がるため
運転手にストレスをかけないのが大前提。
安易に腹を立て、言いたいことをぶちまけて事故られるより
黙って別の策を練る方がよっぽどマシ。
後で後悔することを思えば、今の我慢が何であろう。
ともあれ盆休み、佐藤君はどこぞからトラックを調達したらしく
ヒロミの引越しは、つつがなく終了したようだ。
そして引越しを機に、佐藤君とヒロミは急接近した模様。
無理もない。
器用で細やか、物腰の柔らかい佐藤君はヒロミにとって初めてのタイプ。
引越しを手伝ってくれない彼氏とは真逆だ。
惚れっぽいヒロミなら、至れり尽せりの頼れる男として好きになるだろう。
佐藤君も去年、二度目の離婚をして一人暮らしを始めた。
淋しい男は、明るい女を求めるものだ。
盆休みが終わって間もなく、最初に気づいたのは73才で正社員のシュウちゃん。
「あいつら、デキとる」
シュウちゃんは断言し、周囲もうなづいた。
ヒロミが激変したからだ。
そのおバカ加減で会社に楽しい笑いをもたらすアイドルだったはずが
この女、何を勘違いしたのか、盆休み明けから息子たちや他の社員に
配車を指示するようになったのだ。
「4月に入ったばかりなのに、何で?」
皆は首をかしげたが、最初はまんざら筋違いの指示ではなかったため
黙って従っていた。
しかしそれが続くと、後ろで誰が糸を引いているのかが自然にわかってくる。
早く終われる楽な所は、ヒロミと佐藤君が独占するようになったからだ。
佐藤君は自分に有利な配車を行いたいが
それを皆に指示する立場でないことは本人もよくわかっている。
そのため夫とも息子たちとも親しく、かつ頭の軽いヒロミを利用し
臆面もなく皆に伝えさせるというシステムができあがったらしい。
恋によって気が大きくなったご両人は、自分たちの会社と勘違いしているのだ。
昼ごはんも一緒、帰るのも一緒、暇さえあればイチャイチャ。
職場の一同は、かの藤村と神田さんを思い出していた。
面倒なことにならなければいいが…私はまたもや軽く思案する。
二人の仲を知ったヒロミの彼氏が、会社に怒鳴り込む程度なら
似たようなことが過去にも何度かあり、面白かったのでむしろ楽しみにしている。
私の思案は、佐藤君が藤村の行いを踏襲していることにあった。
職場で恋愛を楽しみ、配車に口を出すようになると
次は自分の財布を温めたくなる。
これはパターンだ。
こっそり中抜きや裏リベート、横領をやり出すのは時間の問題で
周囲が気づいた時、すでに厄介なことになっているのは
藤村の前例を鑑みてもつまびらかである。
夫はいつものように言う。
「自滅するまでほっとけ…どこまでやるか見たい」
佐藤君とヒロミの仲を知ってからは
「飛ばすか解雇する、いい理由ができた」
と喜んでいる。
運だけで生きてきた男は、気楽なものだ。
が、私はそうはいかない。
何かやらかすのと、自滅するのは同時ではないからだ。
アレらが今後、どんな悪さをしでかすか。
それによって、夫が窮地に立たされることは無いか。
その時、どうやって切り抜けるか。
様々なケースを予測して対処するのが私の役目であり、思案のしどころなのである。
《続く》
会社に束の間の平穏が訪れているかたわらで、社員の佐藤君とヒロミが熱い。
ラブラブなんじゃ。
惚れっぽいヒロミは、いずれ誰かとそういうことになると思っていたが
案外早かった。
きっかけは、夏祭編で触れたヒロミの引越し。
ヒロミは住んでいるアパートを出て
今付き合っている彼氏と同棲することになったのだ。
その彼氏の父親は昔、義父の会社に勤めていた。
小うるさくて常識が無いだけならまだしも、前々から飲酒運転の噂があり
会社の冷蔵庫でビールを冷やしているのを見た義父が、その場で解雇した人だ。
その息子だから、およそ似たようなものだと思われるが
お互いの子供も大きくなったバツイチ同士、同棲に支障は無い。
ヒロミは盆休みに引越すと決め、佐藤君が手伝うことになった。
何で彼氏が手伝わないのか…という疑問は生まれるものの
ヒロミへの愛は、その程度ということだろう。
この時点では、佐藤君とヒロミの間に他意は無かったと思われる。
ちなみに58才の佐藤君は、人と人を揉ませる名人。
松木氏の前任者だった藤村といつの間にか内通していて
何かイザコザがあれば、必ず裏に佐藤君がいるという厄介な人物だ。
けれども彼には非常に器用でこまめ、かつ物知りという卓越した美点がある。
その美点は裏を返せば、ずる賢いということになるのだが
佐藤君が引越しを手伝ってくれたらヒロミは百人力だろう。
ともあれ周到な佐藤君は、ヒロミの引越しを安上がりにするため
荷物を運ぶのに会社の3トンダンプを黙って借りようと言い出した。
それを聞きとがめた長男が、夫に報告。
勤め人の彼らは管理者の責任なんて知ったこっちゃなかろうが
私用で使って事故でも起こされたら、こっちは面倒なことになる。
キーは日頃、事務所で保管しているが
夫は盆休みの間、全車両のキーを家に持ち帰ることにした。
もっとも社員には事務所の鍵を持たせていないため
夫と息子たちが鍵を貸しさえしなければ、車を勝手に使われる懸念は無いのだが
ずる賢い彼のことだから、どんな理由をつけて事務所の鍵を手にするかわからない。
事務所に忘れ物をして困っている…
ダンプの不具合が気になるので、休み中にメンテナンスしておきたい…
孫と事務所の周りで釣りをしたいが、小さい孫を時々事務所で休ませたい…
彼が言い出しそうなもっともらしい理由は、いくらでもある。
よって、このような措置を取った。
というのも、佐藤君が鍵を貸して欲しいと頼む相手は絶対に次男。
上司である夫と、性格のきつい長男には頼まないはずである。
本当は悪いことだとわかっているからだ。
人当たりのいい次男がそれを断った場合、佐藤君の恨みは次男に向く。
前回の記事でも話したが、人は自分の甘えを満たしてくれなかった相手に
恨みを持つ生き物なのである。
ましてや今回は、ヒロミが絡んでいる。
あれでも一応は女であり、さらに後輩だ。
女や後輩にええカッコしようとして、コケた場合
恥をかかされた恨みは周囲が思うよりずっと深い。
いつも事務所か重機の中にいる夫と違い、息子たちは佐藤君と一緒に働く。
無闇につまらぬ恨みを買ってストレスを与えると、安全面に支障が出る恐れがある。
我が家では、ゲスの逆恨みは夫に集中させると決めているのだ。
本人に直接注意したらいいじゃないか…そう思われるかもしれない。
しかし、どんな業界でもそうだろうが
口で注意されて素直に言うことを聞く人間がどれだけいるだろう。
聞きゃあしないから、どこの会社も大変なのだ。
ことに大型ダンプは車体が大きい分、ちょっとしたことが大惨事に繋がるため
運転手にストレスをかけないのが大前提。
安易に腹を立て、言いたいことをぶちまけて事故られるより
黙って別の策を練る方がよっぽどマシ。
後で後悔することを思えば、今の我慢が何であろう。
ともあれ盆休み、佐藤君はどこぞからトラックを調達したらしく
ヒロミの引越しは、つつがなく終了したようだ。
そして引越しを機に、佐藤君とヒロミは急接近した模様。
無理もない。
器用で細やか、物腰の柔らかい佐藤君はヒロミにとって初めてのタイプ。
引越しを手伝ってくれない彼氏とは真逆だ。
惚れっぽいヒロミなら、至れり尽せりの頼れる男として好きになるだろう。
佐藤君も去年、二度目の離婚をして一人暮らしを始めた。
淋しい男は、明るい女を求めるものだ。
盆休みが終わって間もなく、最初に気づいたのは73才で正社員のシュウちゃん。
「あいつら、デキとる」
シュウちゃんは断言し、周囲もうなづいた。
ヒロミが激変したからだ。
そのおバカ加減で会社に楽しい笑いをもたらすアイドルだったはずが
この女、何を勘違いしたのか、盆休み明けから息子たちや他の社員に
配車を指示するようになったのだ。
「4月に入ったばかりなのに、何で?」
皆は首をかしげたが、最初はまんざら筋違いの指示ではなかったため
黙って従っていた。
しかしそれが続くと、後ろで誰が糸を引いているのかが自然にわかってくる。
早く終われる楽な所は、ヒロミと佐藤君が独占するようになったからだ。
佐藤君は自分に有利な配車を行いたいが
それを皆に指示する立場でないことは本人もよくわかっている。
そのため夫とも息子たちとも親しく、かつ頭の軽いヒロミを利用し
臆面もなく皆に伝えさせるというシステムができあがったらしい。
恋によって気が大きくなったご両人は、自分たちの会社と勘違いしているのだ。
昼ごはんも一緒、帰るのも一緒、暇さえあればイチャイチャ。
職場の一同は、かの藤村と神田さんを思い出していた。
面倒なことにならなければいいが…私はまたもや軽く思案する。
二人の仲を知ったヒロミの彼氏が、会社に怒鳴り込む程度なら
似たようなことが過去にも何度かあり、面白かったのでむしろ楽しみにしている。
私の思案は、佐藤君が藤村の行いを踏襲していることにあった。
職場で恋愛を楽しみ、配車に口を出すようになると
次は自分の財布を温めたくなる。
これはパターンだ。
こっそり中抜きや裏リベート、横領をやり出すのは時間の問題で
周囲が気づいた時、すでに厄介なことになっているのは
藤村の前例を鑑みてもつまびらかである。
夫はいつものように言う。
「自滅するまでほっとけ…どこまでやるか見たい」
佐藤君とヒロミの仲を知ってからは
「飛ばすか解雇する、いい理由ができた」
と喜んでいる。
運だけで生きてきた男は、気楽なものだ。
が、私はそうはいかない。
何かやらかすのと、自滅するのは同時ではないからだ。
アレらが今後、どんな悪さをしでかすか。
それによって、夫が窮地に立たされることは無いか。
その時、どうやって切り抜けるか。
様々なケースを予測して対処するのが私の役目であり、思案のしどころなのである。
《続く》