つぼみな日々

いろんな花の蕾をもっていたい。たくさんの花を咲かせたい。
言葉を紡ぎたい私のブログです。

独占の傾向

2014-12-16 22:35:59 | 日記
そういえば先日いもうとの家に行ったときのこと。
姪はアンパンマンに夢中になっていることをいいことに、テーブルで向かい合ってセブンイレブンのザッハトルテを二人でつつきながらコーヒーを飲んでいた。

まだ10分の1も飲んでいないマグカップのコーヒーを、いもうとに向かってのみ、ぶち倒してしまった。
大半は机の上だったけれど、3分の1くらいはいもうとのタイツやかけてあったコートにかかってしまった。
あっつあつではなかったとは思うが、熱かったと思う。
私はギャーと叫んで、とっさに、怒られる!と思ってごめんごめんとひたすらに謝った。

けれどいもうとは、えー、という感じで笑っていて、全然怒らなかった。
私はそれがとても意外な感じがした。
私が知っているいもうとなら、まあ本気で怒らないまでも明らかにむすっとして「どうしてくれるの」という態度をしたような気がするのだ。

たぶん2歳の姪は、そんなこと日常茶飯事に起こすのだろう。
そんなことでいちいち目くじら立てていられないのだろう。

姪が生まれてから、私は本当にいもうとはすごいなあと思うことばかりで、とても上手に子育てをしているなと思っている。
当然なのかもしれないけれど、性根が母親になっているのだ。
とてもとてもおかしい話だけれど、私は自分が子どもだったら、いもうとがお母さんでもいいなと思える。

アンパンマンを見ていた姪も私の叫び声に驚いて、「おかあさん、だいじょうぶだった?あついあついだった?」と何度も言っている。
幼い姪は状況が良く分かっていて、こぼしたのが私であること、また私がわざとこぼしたのではないこと、被害をこうむったのが自分のお母さんであること、熱いものがこぼれるのはいけないこと、など本当に良く分かっているのだ。

姪はどんどん成長している。
なぜか片方だけ突如現れた二重の線。
くっきり二重のいもうとと私は、やっぱ二重だね、とか言いながら姪の顔を右左から見る。

おかあさんとおばさんがそっくりなので、まあでも最近は間違えることはないけれど、姪は私によく懐いている。
「おばさん、あそんでくーださい」と私の膝に入ってくる。
ふわふわの湯たんぽみたいな姪は私を温めてくれる。

相変わらずよく食べる。
食べ物のおねだりも上手になった。
「さいしょでさいごだよ?さいしょでさいご。もうないよ?いい?」と予めうなづかせておく。
ひと口あげると「ありがと」と、うっれしそうな顔で言う。

かわいい、かわいすぎる。
子どもを見ていると本当にいろいろと思うところがある。

おかあさんとおばさんとおばあちゃん。
ハイカラな呼ばせ方をしていないので、姪には難しいだろうが、最近はそれを間違えることも少なくなった。

いもうとの愚痴も聞き、姪とも十分に遊んで、そろそろ私がいもうとの家に飽きた頃、おとうさんが帰ってくる。
待ってましたとコートを着て買える準備をする。
マンションの9階に吹く風は強く冷たく。
いつものように深呼吸をして、iPodを取り出してイヤホンを耳に突っ込む。

私は1時間以上の道のりを1か月に1回くらい通うほど、姪のこともいもうとのことも好きだけれど、それ以上は辛い。
いつしか私はいもうとに自分の核の話をすることはほとんどなくなった。
私のそういうところを、いもうとはだいたい分かっていると思う。
それでも、さほど頼りがいはないけれどいないより断然いたほうがいい助っ人として重宝してもらえている。

ところでお年玉のシーズンだが、何をあげようか。
ポチ袋に現金を入れたのではおそらく姪の喜ぶ顔は見られまい。
やはり去年に引き続きアンパンマンだろうか。

同い年の甥は妖怪ウォッチだそうだ。
そいつは何者なのだろう。


雨は止むだろうと自転車で出かけ、止まないうちに帰ってきてしまった。
そんなに強い雨でなくても、20分自転車に乗るとびしょ濡れになる。
でも、このくらいなら傘をさして10分歩くより、濡れて20分自転車に乗りたい。

「雨に濡れたら風邪ひくわよ」とよく聞くけれど、それが原因で風邪をひいたことは今まで一度もない。


ちなみに隷書体パターン。


霙雨思い出鈍るビニル傘