=たんぽぽ舎【TMM:No5027】「メディア改革」連載第152回=
☆ 自白強要の山本誠滋賀県警刑事を仮名報道
浅野健一(アカデミックジャーナリスト)
2003年に滋賀県東近江市の湖東記念病院で起きた入院患者死亡事件で、懲役12年の刑で服役した後、再審無罪になった西山美香・元看護助手が、国と滋賀県に対し4300万円の損害賠償を求めて起こした国家賠償請求訴訟で、大津地裁民事部合議B係(池田聡介裁判長、田野倉真也・右陪席裁判官、高橋唯・左陪席裁判官)は5月23日、証人尋問を行った。
口頭弁論に出廷したのは、西山さんの取り調べを担当した山本誠・県警捜査一課刑事(当時、その後、長浜警察署刑事課長、東近江署地域課日野警部交番所長などに昇進)。
午前中は、被告側の訴訟代理人の主尋問、原告側の井戸謙一弁護団長らが反対尋問。
午後は、西山さんによる尋問が行われ、その後、双方の代理人による尋問が行われた。
山本氏は証言で、「誘導などは一切ありません」と述べ、自白の強要を否定した。また、取り調べ中にオレンジジュースやケーキを差し入れしたことも否定した。
近畿のテレビ、新聞は出廷した山本氏の実名をまったく報じていない。
西山さんは20年前の2004年5月、山本氏の取り調べ中に虚偽の自白調書をとられた。
同年10月、山本氏は拘置所に勾留されていた西山氏を訪ね、裁判での口裏合わせを依頼した。刑事裁判の初公判4日前だった。
2020年3月の大津地裁(大西直樹裁判長)の再審無罪判決は、「取調官(山本刑事)は西山さんの自分への恋愛感情に乗じて供述をコントロールしようとした」と、自白調書を証拠から排除し、患者は「他の原因で死亡した」と判示していた。
☆ 「公人は仮名、一般市民は実名」の「実名主義」
殺人事件を捜査する警察官は公人中の公人で、冤罪事件の国賠裁判で嘘の自白を誘導したとして公開の裁判で証言したのだから、「事件報道は実名原則」を掲げる報道界は実名報道するのが当然だ。
ところが、テレビ、新聞・通信社は山本氏の実名、肩書を一切報じなかった。キシャクラブで仮名報道すると談合したのだろう。
各社は山本氏を、
「『自白』をめぐって因縁浅からぬ、当時の取り調べ官」(毎日放送)
「女性にウソの自白をさせたとされる警察官」(関西テレビ)
「取り調べを担当した県警の男性警察官」(共同通信)
「有罪立証の決め手となった『自白』を誘導したとされる男性警察官」(読売テレビ)
などと表現した。
西山さんは自ら質問に立ち、約3分間山本氏と相対した。
「いすを蹴ったり机をたたいたり本当にしていないですか」。取り調べでの威圧的言動を問い質すと、山本氏は「していない」。
質問を重ねても否定され、西山さんは法廷の机を強くたたいて、「本当にバンバンたたきませんでしたか」と迫った。それでも山本氏は証言を変えなかった。
井戸弁護士が「今でも西山さんが殺害したと思っているのか」と質問。山本氏は「組織の一員として取り調べたので、答える立場にない」と応じた。
「個人的な認識は」と尋ねても回答を拒む山本氏に対し、西山さんは「答えてください。犯人と思っていると言ったらいいじゃないですか」と言い返した。
井戸氏は、私の取材に「山本氏は刑事裁判では、西山さんの好物であるオレンジジュースを贈ったことを認めているのに、今回、否定した。他にも証言を変えており、裁判官には悪い印象を与えたのではないか」と述べた。
西山さんは「人間として、私に話してほしかった」と振り返った。
☆ 大津地裁は企業メディアの「記者席」独占強行
この日の口頭弁論を前に、私は5月20日、大津地裁へ「記者席」での取材を求める要請書を送った。
しかし、22日午後4時、「認めない」という連絡があった。
民間企業の企業メディアの社員が記者席を独占するのは憲法違反だ。
ブログ「浅野健一のメディア批評」に地裁への要請書全文をアップした。
私は5月23日午前9時10分からの傍聴券の抽選に並んだ。
傍聴抽選券(リストバンド型)の抽選番号は外れだった。
地裁総務課によると、全体の傍聴席は55、傍聴希望者79、当選者32、司法記者クラブの記者席16、特別傍聴席7。
記者席はキシャクラブ各社1席のようだが、法廷前の廊下には、メディアが雇った画家が数人、待機していた。
重大事件の裁判ではどこも同じだが、地裁から記者席を与えられている新聞・通信社、テレビ局の社員記者たちが、一般傍聴席を求めて並ぶ。
横浜市教委の傍聴問題を批判するメディアは、全国の裁判所で日常的に行っている「記者席」独占、社員による記者席に加えての一般傍聴席ゲットを止めるべきだ。
キシャクラブメディアに、横浜市教委を批判する資格はない。
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