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東京都の元「藤田先生を応援する会」有志によるブログ(2004年11月~2022年6月)のアーカイブ+αです。

東京都中央区の「中学校教科書採択」教育委員会の様子

2020年08月23日 | こども危機
 ◆ 中学校教科書採択の夏 (『多面体F』より)

学び舎・歴史の現代の日本と世界の扉「今、世界の子どもたちは」

 酷暑の夏が続いているが、今年は中学校教科書採択の年だ。通常教科書採択は4年に1度実施されるが、ここ数年「特別の教科 道徳」の採択が2年前倒しで行われたり、新学習指導要領への改定(2017年3月)で変則になったが、今年はいつも問題になる社会科の歴史的分野・公民的分野、道徳も含め全教科の採択が、全国の教育委員会で行われた。
 東京都中央区でも教育委員会の採択実務は、4月に教科書審議会(中学校)委員の委嘱や審議会への諮問により始まり、教科書審議会の答申を経て8月12日(水)の教育委員会定例会で採択が行われた。
 教科は国語、社会、数学など10教科、教科書としては社会科以外にも音楽科で音楽一般と器楽、技術・家庭科で技術分野と家庭分野など複数あるものもあるので教科書は16種目を選定する。
 区の教育委員は4人+教育長の5人である。教科書種目ごとに4人の委員が推薦発行者名と一言ずつコメントを述べ、過半数賛成の発行者に決定する。
 ほとんどの種目は4人一致、1人だけ違う意見が出たのは数学と美術、2人違う意見が出たのは保健体育だけだった。
 保健体育は東書2人、大日本図書1人、大修館1人だったので、教育長が加わって東書推薦者が3人となり過半数ということになった。
 そんなわけで、10教科、16種目の教科書を決定するのにわずか50分で終了した。
 用意された傍聴席は40席で傍聴者は20人、わたしがわかる範囲で区民は5-6人、その他の方は発行会社の社員のようだった。
 注目3種目の委員のコメントをいくつか紹介する。いずれも4人の委員が全員一致の推薦だった。なお、手元のわずかなメモを利用しているので、正確には2~3か月後にHPで公表される議事録を参照していただきたい。
 歴史的分野は東京書籍(東書)だったが、
   「写真が大きく学習内容を補完できる」
   「導入部の資料が充実し時代背景を的確に把握しているので生徒が関心をもって学習できる。一方「まとめ」でていねいに知識の確認をし、それを活用し思考する活動に結びつけているので、学力の定着に有効である」
 などのコメントがあった。

 時代の章扉は見開きになっていて、その時代を象徴する大きな絵画や写真、たとえば第5章近代の扉は1889年の「憲法発布の詔勅公布」(伊藤芳峡 憲政記念館所蔵)が掲載されている。
 章末は「基本のまとめ」2pと「まとめの活動」2pになっている。
 前者は歴史的語句の説明や穴埋め問題、後者は「時代の特色をまとめさせる」ページだが、情報整理のためピラミッドストラクチャ、マトリックス、ウェビング、ステップチャートなど知識を図解化して編集する「知的道具」の学習ページにもなっている。
 なお「東書以外も同じだが、最近30年のことをもっと詳しくすれば生徒の関心をもっと引くことができる」というコメントがあった。教科書会社も検定する側も実務上の難点が多く、作業が難しそうだが、生徒にとってはもっともな提案だと思った。
 公民的分野は日本文教出版(日文)に決まった。「アクティビティ」というコーナーを高く評価するコメントが多かった。
 教科書の説明によれば「「見方・考え方」などを用いて、学習内容の理解を深める主体的・対話的な問いや活動を示すコーナー」とある。
 たとえば、「ビッグデータと防犯カメラ」という項は犯罪捜査や人と車の流れの把握などのメリットと監視社会やプライバシー権侵害などの問題点を考え、「設置するルールを考える」もの。
 「安過ぎるのもダメなの!?」という項は独占禁止法による不当廉売規制はなぜあるのか、「効率と公正」に着目して理由を考えさせるもの。
 1950年から2065年の人口ピラミッドと年代別人口グラフを見て、変化の原因や2065年の家族・地域の変化を予想させるもの、などだ。
 本文220pの中に39もの『アクティビティ』があるので、5-6pにひとつ出てくる頻度の高さだ。
 委員のコメントは
   「生徒たちによく考えさせようとしている。主体的な学習をできるよう「アクティビティ」を設けている点がよい」
   「実生活と関連付け結びつける「アクティビティ」というコーナーを多く設定しているので、実践的態度を養うことができる」
   「さまざまなチャートが掲載されているので、それを活用し生徒が主体的に学習を整理できる」
   「「アクティビティ」で、生徒がとらえやすい題材を設定している」
   「「アクティビティ」を掲載し内容も充実している。実生活と結びつける活動を設定していることで、生徒が学習したことを自分のこととして考えながら理解の定着を図ることができる」など。
 道徳も東京書籍(東書)だった。
   「全学年にいじめ問題を配置している。いろんな角度からいじめ問題に向き合うようにしている」
   「いじめについて、生命の尊重についてのユニットを意図的に組み込むとともにいじめ問題に直接的に考える題材を掲載しているので、生徒が目的意識をもち学習を進められる。また巻末の振り返りシートは学期ごとに記入し、自分自身の変容を生徒自らがとらえていくために有効である」
   「「Action!」を活用し学習を行い学んだ道徳的価値を理解できるよう構成している点がよい」
   「生徒の考えを結論へ誘導しないようにしている点が評価できる。自由な発想を制限しないようにしている」など。
 もともと道徳が教科化された理由のひとつが、学校の深刻ないじめ問題だったので、「いじめ問題」重視の評価はありうる。
 東書には、1学年に2つ「Action!」という役割演技を取り入れた学習コーナーがある。
 たとえば缶コーヒーがころがってスカートとノートが汚れたとき、相手にどう伝えるか考えるため、3人の登場人物の役をグループ全員が3人の役すべてを演じ、どんな気持ちになったか書き出し発表し、どうすればよかったか考えるもの、あるいは違う意見が出たとき、どのようにして決めればよいか、理由も考えて話し合うものである。
 「結論へ誘導しないようにしている」というのは、各教材の最後を「考えよう」「自分を見つめよう」という2つの設問でしめくくっていることを指す。
 たしかに特定の価値への誘導ではないにせよ、「考えよう」はまだしもだが、「自分を見つめよう」は「生き方」に関し考えさせようとするもので、やはり生徒が教師(評価者)の顔を考えながら記述させる結果に導いているような気がする。
 3種とも4人一致ということもあり、育鵬社、日本教科書その他への言及はなかった
 また、従来の教科書との発行者の変更も書写(学図→光村)、理科(大日本→東書)の2種だけだった。書写の変更は今回から学校図書が撤退した結果である。
 教育委員は弁護士、医師、PTA連合会などの元役員などで、教育に関しては「一般の人」なので、どんな観点から教科書を判断するのか、教育委員が推薦しやすい教科書の共通点について考えてみた。
 今回の指導要領改訂の文科省のポイントは「主体的・対話的で深い学び」(アクティブ・ラーニング)と「カリキュラム・マネジメントの確立」である。
 新学習指導要領に沿った工夫をした教科書が選ばれやすい。東書・歴史で「「課題が明確に設定され、グループで課題を解決しながら生徒の主体的な学びを促す」とのコメントがあったが、これもその一種だ。それはそういうものか、とも思う。
 ただほとんど同じメンバーなのに、かつてはこの区の特性(地域性、教員の年齢構成」など)に最も合う教科書という観点もあったと記憶する。
 写真、イラスト、レイアウト上の工夫などは一目瞭然でわかるので、評価の優点になりやすい。
 たとえば東書・歴史で「ページ下に年表スケールが付いている。またページ数のバックに色アミを敷いて時代ごとに色分けされている点、視覚的にも学習を助ける」とコメントした委員がいた。導入部・本文・まとめといった構成上の工夫も、比較的目につきやすいので、優点になりやすい。
 レイアウト上の工夫とも関連するが、日文・公民の「アクティビティ」、東書・道徳の「Action!」に見られるよう、特色のある「コラム」も優点になりやすい。
 逆に、授業で強調すべき点、生徒への教えやすさ・教えにくさ、生徒の関心の引きやすさ・引きにくさ、といった内容そのものについては、教員(あるいは教員出身者)でないと発見しにくそうだ。そういう点は調査報告書と分担しているということかもしれないが・・・。
 これまで、わたくしが教科書展示会で教科書を見るポイントは、歴史や公民、道徳で、アジア太平洋戦争の原因や一般市民への影響、「敵国」や「占領地」への加害、現行憲法の精神との矛盾など、問題点の指摘だった。これらが教科書採択に当たりメインストリートでないことは確かだ。
 今回、初めて中学の歴史教科書に参入した山川出版社の歴史教科書をみた。
 8世紀の世界、16世紀の世界など「〇世紀の世界」という見開きページが5種類掲載されていた。
 たとえば18世紀の世界は、ヨーロッパやアメリカでは「革命の時代」「市民社会の時代」だったが、一方植民地の時代であり、ムガル朝、オスマン帝国は衰退し始めた」という説明とイラスト入り世界地図があり、山川の高校歴史教科書を見慣れている側からすると「なるほど、さすが」という気がした。
 その他「歴史を考えよう」という見開きコラムには、「世界遺産・富岡製糸場から日本の近代を考える」「江戸図屏風を読み解く」、「歴史へのアプローチ」には「琉球の歴史と文化」「近代日本と女子留学生」という1-2pのコラムがいくつかあった。
 「地域からのアプローチ」は時代ごとに、奈良、福岡、平泉、広島、沖縄など7つの市を選び「地域からのアプローチ」というコラムも付いている。
 学び舎・歴史(「ともに学ぶ人間の歴史」)の日露戦争は「戦場は中国だった」というタイトルになっていた。着眼から優れている。
 最後の第10章現代の日本と世界の扉は「今、世界の子どもたちは」という見開きで、
   アメリカで銃規制を訴えたキューバ系高校生のエマ=ゴンザレス、
   ペルーの学校に行かず働く子ども、
   デンマークで市議になった高校生、
   タイで水の事故を予防する絵本をつくった小学生、
   パキスタンで母を無人機に殺された少女、
   ルワンダの女性差別に反対する「おそうじ男子」
 などを紹介するページにしていた。深く考えられた教科書だった。

 今年の教科書採択では、東京都、横浜市、大田区などで、育鵬社・自由社・日本教科書の歴史、公民、道徳教科書が採択されなかった。各教育委員会の委員の構成が変わったことが大きいのかもしれないが、詳しいことはわからない。
 東京都の中高一貫校は、2005年に設置されて15年になるが全校で一貫して扶桑社、育鵬社の歴史・公民教科書が採択され続けた。石原慎太郎知事の置き土産のようなものだった。
 それが来年はじめて一般の教科書(歴史は10校すべて山川、公民は9校が教出、1校のみ日文、道徳は10校すべて廣済堂あかつき)が使われることになった。
 どうせなら学び舎にしてくれるともっとよかったが、贅沢はいっていられない。

『多面体F』(2020年08月20日)
https://blog.goo.ne.jp/polyhedron-f/e/500386703201af9a0ace4dd646a10dff
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