(図1下部)
◎ 2024年11月26日(火) 11:30~ 東京地裁第103号法廷
(被告国からの原告側の準備書面(1)の6記載の各求釈明事項に対する回答が確認される予定)
日本学術会議が推薦した会員候補6人の任命を当時の菅義偉首相が拒否した問題から4年余り。首相は岸田文雄氏、石破茂氏と交代したが、任命拒否の理由はいまだ不明なままだ。その独立性が危ぶまれる組織改変の動きと合わせ、問題の経緯と現状をライターの竪場勝司氏が報告する。
★ 「6人欠員」の異常事態続く~裁判と法人化の行方は (週刊金曜日)
竪場勝司(たてばかつじ・ライター)
2020年秋に菅義偉(すがよしひで)首相(当時)が日本学術会議の会員候補6人の任命を拒否してから、4年が過ぎた。
任命拒否の理由はいまだに明らかになっておらず、拒否理由を示す文書の情報公開を求める訴訟の審理が東京地裁で続いている。
この間、政府は日本学術会議を法人化する方針を示し、同会議の関係者は「法人化は学術会議の独立性を損ない、憲法で認められた『学問の自由』を侵害するものだ」と激しく反発している。
任命拒否されたのは、20年10月1日に任期が始まる105人の会員候補者のうち、芦名定道(あしなさだみち・宗教学)、宇野重規(うのしげき・政治思想史)、岡田正則(おかだまさのり・行政法)、小澤隆一(おざわりゅういち・憲法)、加藤陽子(かとうようこ・日本近現代史)、松宮孝明(まつみやたかあき・刑事法)の6氏。
任命権者の内閣総理大臣は学術会議の推薦したとおりに任命するという、長年にわたって続いていた実務を覆す、前代未聞の事態だった。
学術会議は同月2日の総会で、任命拒否の理由の説明と、6人の速やかな任命を求める決議を採択。学会や市民団体など1200を超える団体が次々に抗議声明を出した。 しかし、菅首相は拒否の合理的な理由を説明することができず、後任の岸田文雄氏も「任命手続きは終了している」として6人の任命に応じないまま、首相交代となった。 この結果、法定された210人の定員のうち6人に欠員が生じるという異例の事態が、現在も続いている。
★ 参院で黒塗りの文書公開
20年の臨時国会では、野党の追及が続いた。答弁で加藤勝信官房長官(当時)が、杉田和博(すぎたかずひろ)副長官(同)と内閣府とのやり取りの記録を、内閣府で管理していることを明らかにし、「外すべき者(副長官から)R2.9.24」と記載され、その他の部分は黒塗りの文書(図1上部)が参議院で公開された。こうしたことを手掛かりに、法律家(弁護士・法学者)で情報公開請求をしようという機運が高まり、呼びかけに応じた1162人が請求人に名乗りを上げ、21年4月、政府に対して情報公開請求をした。同時に拒否された当事者6人も、任命に関わる自分の個人情報の開示を請求した。この際、弁護団が結成された。
21年6月末までに請求に対する決定が出そろったが、任命拒否理由がわかる文書については全て「不存在」を理由とする不開示決定で、6人の個人情報請求に対しては「文書があるともないとも言えない」とする「存否応答拒否」の決定もなされた。
請求人らは同年8月、行政不服審査法に基づき、内閣総理大臣に対して「審査請求」(不服申立)を行なった。
内閣総理大臣はこの件を総務省の「情報公開・個人情報保護審査会」(略称「情報審査会」)に諮問。約2年後の23年8月、情報審査会の答申が出た。
答申は、6人に対する「存否応答拒否」の取り消しを求め、多くの黒塗りを開示すべきだとした。内閣府は答申にほぼ沿う内容で「裁決」を出し、重要な黒塗り部分のいくつかが実際に開示された。
その結果、参議院で明らかになつた「外すべき者」文書の四角い黒塗り部分は、任命拒否された6人の氏名が並んでいた(図1下部)ことが明らかになった。
また、答申は長文の「付言」で、内閣官房などが文書を作成・保存しなかったことは「妥当性を問われる」と厳しく指摘した。
★ 安倍政権下で動き始める
学術会議事務局が「R2.6.12」の日付だけを開示し、あとは黒塗りになっていた文書(図2上部)について、答申は「任命権者側から日本学術会議事務局に、令和2(2020)年任命に向けた会員候補者の推薦に係る事項として伝達された内容を記録したもの」と指摘。6人は急遽(きゅうきょ)、その時期における自己情報の開示を請求した。
その結果、「R2.6.12」文書の黒塗り部分には6人の氏名が並び、その上に×印が書かれていたことが判明した(図2下部)。
氏名の並び順は五十音順ではなく、20年9月24日付文書と全く同じで、学術会議の選考委員会が作成した会員候補リストの専門分野順の並び順だった。
この点について、弁護団事務局長の米倉洋子(よねくらようこ)弁護士は「このリストは学術会議の内部だけで使っているもので、政府に提出した正式の推薦書は五十音順になっている」と指摘する。
つまり、内部の選考過程でのみ使われていたリストが、6月に「任命者側」に持ち込まれ、「任命者側」が「外すべき者」を指示していたことになるという。
20年6月12日はまだ安倍晋三政権下で、この時期から任命拒否に向けた動きがあったことが窺(うかが)われる。
行政不服審査請求を経ても、任命拒否の理由を示す行政文書は開示されず、重要な部分の黒塗りも残った。このため、任命拒否された6人と情報公開請求をした法律家のうち166人が原告となり、今年2月、国を相手に、不開示処分の取り消し請求と国家賠償請求を内容とする、二つの行政訴訟を東京地裁に起こした。
これまで3回の弁論が開かれたが、被告側は「内閣総理大臣が直接判断し、その結果を内閣府大臣官房に伝えただけだ」と反論し、内閣官房や内閣府に文書作成義務はない、と主張した。
米倉弁護士は今後の裁判について、内閣官房の文書作成義務の有無が一つの争点になるとみている。総理大臣、官房副長官の意思決定において、内閣官房の誰も公文書管理法上の作成義務はないのか、厳しく追及していくという。「最後まで『文書はない』と国側が主張し続けても、作成義務に違反して作らなかったこと自体の『違法性』は、認められるのではないか」。
市民に対しては「学者だけの問題だと考えている人は多いと思うが、そうではない」と言い、「政府に対して忖度(そんたく)せずにきちんとものを言える社会を守るための闘いであり、市民社会の問題、言論・表現の自由の制約に直結する問題だ」と訴えている。
★ 政権側から法人化の提言
日本学術会議は1949年に発足した。科学者の国の内外に対する代表機関であり、主として科学的助言という職務を独立して行なう国の機関だ。任命拒否の発覚後、この学術会議の基本的性格(「あり方」)を疑問視する政権側の動きが活発化していくことになる。
20年10月、自民党内に「政策決定におけるアカデミアの役割に関する検討プロジェクトチーム(PT)」が立ち上がり、20年12月には学術会議の法人化を求める提言が出された。
内閣府の総合科学技術・イノベーション会議(CSTI)での議論などを経て、22年12月、内閣府は学術会議法の改正を前提とした「方針」を示した。
「方針」には会員選考に関与する第三者委員会の設置などが含まれており、学術会議は「到底受け入れられない」として、同月開いた総会で「方針」の再考を求める声明を出した。
政府が学術会議法の改正案を23年の通常国会に提出する方針を示していたため、国内外の学術関係者から法改正への懸念を表明する声明が多数、発せられた。こうした状況を受け、政府は23年4月、改正案の国会提出を見送った。
内閣府は同年8月、「学術会議の在(あ)り方に関する有識者懇談会」を設置し、同年12月には、法人化が望ましいとする同懇談会の「中間報告」が提出された。今年4月には同懇談会の下にワーキング・グループが設置され、議論が続いている。
学術会議の法人化への準備を進める政府の動きに対し、今年7月に六つの市民団体がシンポジウム「日本学術会議の法人化は社会と学問をどう変えるのか」を開いた。
さらに8月には日本弁護士連合会(日弁連)がシンポジウム「日本学術会議の危機を問う」を開催し、任命拒否当事者も登壇した。
★ 軍事研究に慎重さ求めた声明きっかけに「目障りな存在」と見られるように?
元学術会議会員で第一部(人文・社会科学)の部長も務めた東京大学名誉教授の小森田秋夫(こもりだあきお)さんは8月、著書『〈日本学術会議問題〉とは何か』を出版した。小森田さんは学術会議の「あり方」問題について、「長い歴史がある。改めて法人化を主張するには歴史的経緯をちゃんとふまえなくてはいけない」と指摘する。
歴史的経緯とは、以下のことを指す。
①総合科学技術会議(当時)が「日本学術会議の在り方に関する専門調査会」を設けて、2003年2月に意見書をまとめた。「理念的には法人化」としながら、「当面10年間は今の国の機関のま」まで改革をして改めて検討する」と結論。意見書に基づいて2004年に法改正があり、これが今日の学術会議の形を決めた。
②内閣府特命担当大臣のもとに有識者会議を置き、10年間の改革を評価。「今の形を変える積極的な理由は見出しにくい」との結論を2015年に出したーことなどだ。
戦前に日本の科学者が戦争に協力した歴史への反省を踏まえ、学術会議は1950年と67年の2回、「軍事研究は行なわない」旨の声明を出している。
防衛装備庁が始めた「安全保障技術研究推進制度」に関しては、過去2回の声明を「継承」しつつ、研究への参加などに慎重な対応を求める「軍事的安全保障研究に関する声明」を2017年に出した。
任命拒否の発生と踵(きびす)を接するように、学術会議のあり方問題が浮上した理由について、小森田さんは次のように語る。
「それまでは政府にとって、学術会議は周辺的な存在だと思われていたが、17年声明が大きなきっかけになって、学術会議を『目障(めざわ)りな存在』ととらえるようになったのではないか。それだけではなく、イノベーション政策を推進するうえで、学術会議を役に立つものにしたいという動機が、もう一つあったと考えている」
★ 政府案は独立性を脅かす
いま出てきている法人化案についても、学術会議の独立性を脅かすものだと警鐘を鳴らす。
小森田さんはまず財政の問題を挙げ、「(法人化する理由として政府案でうたは)財政基盤の充実が謳われているが、国立大学法人と同じように、国が出す費用はだんだん減らされ、『自力で稼げ』という方向になりかねない」と危惧する。
「自力で稼げ」という方向になれば、本当に審議すべき問題を自分たちで問題設定して、自律的に意見を出していく学術会議の基本姿勢が歪(ゆが)んでいく可能性があるという。
また、外部の有識者からなる「選考助言委員会」「運営助言委員会」「評価委員会」など、ガバナンスのための組織を幾重にも置いて、コントロールしようとしている点も「問題だ」と指摘する。
「法人化は不要で、現在の設置形態のまま学術会議の自主改革に委ねるべきだ」というのが小森田さんの結論だ。
21年4月の総会で採択された方針に基づく科学的助言の質の向上や会員選考の透明性の強化などの具体策を挙げ、「学術会議は(法人化せずとも)着実に自主改革を進めている」と語る。
『週刊金曜日 1496号』(2024年11月8日)
《参考》:『CALL4』
※「学術会議の独立性」を市民で守ろう ~会員任命拒否理由の情報公開訴訟~
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