◆ いじめで自死した現実に蓋をしてはならない (レイバーネット日本)
今日の定例会は、公開議題は
議案が「来年度使用の高校教科書の採択について」、
報告が「いじめ問題対策委員会答申について」。
非公開議題は議案が「校長の任命について」と「教員の懲戒処分について」。「教員の懲戒処分について」は報告にもあった。「戒告・減給を超える停職・免職」案件については、議案となる。
◆ 「来年度使用の高校教科書の採択について」
~教育委員は実教出版教科書に対して行ったことを忘れてはならない
高校教科書については毎年、学校側が選定し、その結果を都教委に報告する。都教委はそれを定例会に諮り、教育委員は承認する。今年も、そうであった。
それを傍聴しながら、私は、2013年から教育委員たちが、実教出版「高校日本史A」「高校日本史B」を学校に選定させない圧力をかけてきたことを忘れるわけにはいかない。
2013年6月27日に非公開の委員会を開き、実教出版「高校日本史A」「高校日本史B」は「都教委の考え方と異なる」記述があるから使用は適切ではない(=実質選定させない)という「見解」を出して高校に通知し、ものすごい圧力を加えて選定から外させたことだ。
「日の丸・君が代」について実教の教科書が、「一部の自治体で公務員への強制の動きがある。」と記述したこと都教委には気に喰わなかったのだ。
2016年に「高校日本史A」が、17年に「高校日本史B」が「新訂版」を出し、この記述を削除し、「また教育現場に日の丸掲揚、君が代斉唱を義務づけることに対する反対運動もおきた。」と書き換えることで、「一件落着」した。
しかし、「見解」についての都教委の反省の弁は一切ない。
このとき教育委員で今なお任期中の教育委員は半数の3名いる。また、その後教育委員(教育長)になった3名も、最近のことなのだから、当然そうした経緯は知っているはずだ。
反省の弁がなされるまで、私はこのことにこだわり続ける。こうした委員会を非公開にしたこと自体が、問われなければならないし、私たちは看過してはならない。
◆ 「いじめ問題対策委員会答申について」
~いじめで自死した現実に蓋をしてはならない
いじめで自殺し、都・市教委の対応に遺された保護者が納得していないケースが現実に存在するのに、それには蓋をしていじめ対策を論議する教育委員たちって何?と毎回思う。
2015年9月に小山台高校生がいじめにより自殺した件で、保護者が学校と都教委に開示請求したところ、開示された文書は3枚でどれもが「のり弁」状態。しかも、「いじめがあったと判断することはきわめて困難」といじめ問題対策委員会は報告した。
この報告に納得しなかった保護者は、再調査を求めるとともに、提訴時効を迎えることから、提訴。裁判の中で、今年2月、都が「不存在」としてきた調査資料が60枚あることが発覚したという。
この生徒は入学直後からいじめを受け、いじめアンケートにその旨を記載し、スクールカウンセラーへの相談を希望するなどしていたのに、学校は一切対応しなかったのだ。
八王子市の中学生が家族旅行で部活動を休んだことを理由にいじめを受け、そのことで転校した後もいじめが続き、2017年に自殺した件では、いじめに気づいた保護者が学校に相談した際に、学校側の対応が極めて常軌を逸したものであったことは、当時のニュースでも報道されていた。
相談に行った保護者に学校は、「当校には悪い子は一切いません」。中学生が残した遺書には、部活動でのトラブルを乗り越えられなかった自分を責める言葉が並んでいたという。
生きたいはずの人生を絶たねばならなくなった子どもに対して、教育委員の誰一人もが思いを馳せることはなかったのだろう。思いを馳せていたならば、一言でも触れていたであろうから。
したがって、答申を受けての議論はまさに机上の空論であった。いや、「答申」自体が、この2件に一言も触れない、机上の空論であった。
さて、「答申」は--。「答申」の名称は、「東京都内公立学校におけるいじめ防止に係る取組の推進状況の検証、評価及びいじめ防止等の対策を一層推進するための方策について」。
全学校を対象に調査した結果、いじめの認知件数が上がった。いじめを把握した際に「学校いじめ対策委員会」に報告することがほぼ、全学校で定着した。
しかし、認知件数が0件の学校があることは、自校のいじめの認知に係る取組を見直す必要がある、という。そのうえで、「まず、子供を信頼していることを示そう」などと「提言」する。
これを受けて教育委員が発言。「答申はよくできているが、対処療法でしかない。『保護者・地域社会と手を取り合う』が解決の本質だ。コロナ差別で文科大臣が発言しなければならない現実。いじめを子どもが見ている。子どもから信頼される大人になれるか、だ」(遠藤委員)などともっともらしい発言がなされたが、上記した現実から目を背けた空虚な「答申」と発言に、怒りと無責任さを感じざるをえなかった。
9月第2週は議題がないとのことで、次回定例会は第4週の24日。
『レイバーネット日本』(2020-08-28)
http://www.labornetjp.org/news/2020/0827nezu
今日の定例会は、公開議題は
議案が「来年度使用の高校教科書の採択について」、
報告が「いじめ問題対策委員会答申について」。
非公開議題は議案が「校長の任命について」と「教員の懲戒処分について」。「教員の懲戒処分について」は報告にもあった。「戒告・減給を超える停職・免職」案件については、議案となる。
◆ 「来年度使用の高校教科書の採択について」
~教育委員は実教出版教科書に対して行ったことを忘れてはならない
高校教科書については毎年、学校側が選定し、その結果を都教委に報告する。都教委はそれを定例会に諮り、教育委員は承認する。今年も、そうであった。
それを傍聴しながら、私は、2013年から教育委員たちが、実教出版「高校日本史A」「高校日本史B」を学校に選定させない圧力をかけてきたことを忘れるわけにはいかない。
2013年6月27日に非公開の委員会を開き、実教出版「高校日本史A」「高校日本史B」は「都教委の考え方と異なる」記述があるから使用は適切ではない(=実質選定させない)という「見解」を出して高校に通知し、ものすごい圧力を加えて選定から外させたことだ。
「日の丸・君が代」について実教の教科書が、「一部の自治体で公務員への強制の動きがある。」と記述したこと都教委には気に喰わなかったのだ。
2016年に「高校日本史A」が、17年に「高校日本史B」が「新訂版」を出し、この記述を削除し、「また教育現場に日の丸掲揚、君が代斉唱を義務づけることに対する反対運動もおきた。」と書き換えることで、「一件落着」した。
しかし、「見解」についての都教委の反省の弁は一切ない。
このとき教育委員で今なお任期中の教育委員は半数の3名いる。また、その後教育委員(教育長)になった3名も、最近のことなのだから、当然そうした経緯は知っているはずだ。
反省の弁がなされるまで、私はこのことにこだわり続ける。こうした委員会を非公開にしたこと自体が、問われなければならないし、私たちは看過してはならない。
◆ 「いじめ問題対策委員会答申について」
~いじめで自死した現実に蓋をしてはならない
いじめで自殺し、都・市教委の対応に遺された保護者が納得していないケースが現実に存在するのに、それには蓋をしていじめ対策を論議する教育委員たちって何?と毎回思う。
2015年9月に小山台高校生がいじめにより自殺した件で、保護者が学校と都教委に開示請求したところ、開示された文書は3枚でどれもが「のり弁」状態。しかも、「いじめがあったと判断することはきわめて困難」といじめ問題対策委員会は報告した。
この報告に納得しなかった保護者は、再調査を求めるとともに、提訴時効を迎えることから、提訴。裁判の中で、今年2月、都が「不存在」としてきた調査資料が60枚あることが発覚したという。
この生徒は入学直後からいじめを受け、いじめアンケートにその旨を記載し、スクールカウンセラーへの相談を希望するなどしていたのに、学校は一切対応しなかったのだ。
八王子市の中学生が家族旅行で部活動を休んだことを理由にいじめを受け、そのことで転校した後もいじめが続き、2017年に自殺した件では、いじめに気づいた保護者が学校に相談した際に、学校側の対応が極めて常軌を逸したものであったことは、当時のニュースでも報道されていた。
相談に行った保護者に学校は、「当校には悪い子は一切いません」。中学生が残した遺書には、部活動でのトラブルを乗り越えられなかった自分を責める言葉が並んでいたという。
生きたいはずの人生を絶たねばならなくなった子どもに対して、教育委員の誰一人もが思いを馳せることはなかったのだろう。思いを馳せていたならば、一言でも触れていたであろうから。
したがって、答申を受けての議論はまさに机上の空論であった。いや、「答申」自体が、この2件に一言も触れない、机上の空論であった。
さて、「答申」は--。「答申」の名称は、「東京都内公立学校におけるいじめ防止に係る取組の推進状況の検証、評価及びいじめ防止等の対策を一層推進するための方策について」。
全学校を対象に調査した結果、いじめの認知件数が上がった。いじめを把握した際に「学校いじめ対策委員会」に報告することがほぼ、全学校で定着した。
しかし、認知件数が0件の学校があることは、自校のいじめの認知に係る取組を見直す必要がある、という。そのうえで、「まず、子供を信頼していることを示そう」などと「提言」する。
これを受けて教育委員が発言。「答申はよくできているが、対処療法でしかない。『保護者・地域社会と手を取り合う』が解決の本質だ。コロナ差別で文科大臣が発言しなければならない現実。いじめを子どもが見ている。子どもから信頼される大人になれるか、だ」(遠藤委員)などともっともらしい発言がなされたが、上記した現実から目を背けた空虚な「答申」と発言に、怒りと無責任さを感じざるをえなかった。
9月第2週は議題がないとのことで、次回定例会は第4週の24日。
『レイバーネット日本』(2020-08-28)
http://www.labornetjp.org/news/2020/0827nezu
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